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第25話 ピンチ

 「は、はは……何で上がってこれるんだよ」

 

 もう乾いた笑いしか出てこない。


 競斗さんが穴から出る為に地面に足を掛ける中、俺はなんとか上半身だけでも起き上がらせるが、既に体力も気力も底をついてしまっている。


 かろうじて動くことはできるだろうが、競斗さんから逃げるだけの力はもう残っていない。


 できることはしたが、結果、万事休すという言葉が相応しい状況になってしまった現状に、俺はむしろ清々しく感じていた。


 そんな俺を目掛けて飛び出してくる。頭を掴もうと手の平を大きく広げて空中を飛ぶ。


 そんな光景を目の当たりにし、俺はゆっくりと目を閉じるのだった。


 もう万策尽きた。これ以上は……


 閉じゆく視界の中、競斗さんの手がどんどん視界を染めていく。そしてそのまま俺の頭が競斗さんの手によって掴まれようとしたその瞬間、俺の耳が誰かの声を捉えたのだった。


 「はい、止まって」

 

 その言葉で競斗さんの体が空中で一瞬硬直する。恐らく体の自由が奪われてしまったのだろう。体を動かすことができない競斗さんは、そのまま俺を通り過ぎて地面へと突っ込んでいく。


 「よく耐えたね。後は私がどうにかしよう」


 真後ろから声が聞こえたかと思えば、突如雨が止んだ。いや、違う。上を見ると俺の頭上には傘が指されていた。そのおかげで雨が遮断されていたのだ。そしてその傘を手に持っている人物は祭持さんだった。


 微笑む祭持さんに俺は安心からため息を吐くと、すぐに呆れた顔をし、軽口をたたく。


 「祭持さん、電話してからもう五分は経ってるよ」


 「仕方ないじゃないか。君が私に場所を教える前にスマホを手放してしまったから見つけるのに時間がかかってしまったんだよ。むしろ君の場所も分かっていないのに五分で駆けつけることのできた私に感謝するべきだと思うよ?」


 祭持さんは、君は何を言ってるんだと言いたげに眉を顰めるが、すぐに気を取り直し、転がっていった競斗さんの方を向く。それに続いて俺も後ろを振り返ると、競斗さんが怒りの形相でこちらを見つめ、小刻みに震えながら地面に横たわっていたのだった。


 「か……がえじでぇ!」


 小刻みに震えているのは、祭持さんの何かしらの力で無理やり動きを封じられているからだろう。それでも必死に動こうとうめき声を上げている。


 そんな競斗さんを見て、祭持さんは指を顎に乗せると興味深そうに口を歪ました。


 「へえ、なんだか珍しい状態になってるね。乗っ取られている割合が半々っていったところかな……まあ、どうやら競斗芽井本人の人格は眠っているみたいだけども」


 何を見てそう判断したのか俺には分からない。だが、祭持さんには競斗さんの状態がそうなっていることが分かったみたいだ。そしてそのままゆっくりと競斗さんの元へと近づいていく……もちろん傘は持ったままで。


 「その中途半端さは優しさからかい?それともただ単に時間が足りなかった、乗っ取れるほど充分に力が溜まるのが待てなかったのか……どっちなのだい?」

 

 「・・・・返せぇ」


 傘が無くなったおかげで俺はまた雨を全身に浴びることになりながらも、祭持さんと競斗さんを見続ける。


 「優しさ、あるいは辛抱できなかった……はたまた甘えか?いや、それとも力の過信かな?まあ、なんだって良いか。何はともあれ、競斗芽井が完全に乗っ取られていなかったのは好都合だね」


 「返せぇ!」


 近づいてくる祭持さんを、競斗さんは息を荒げて警戒心を露わにして睨みつける。


 「何を返して欲しいのか。それは私には全く分からないけれども、これだけは言える。あなたの返して欲しいものを、私は返してあげれない」


 「ググギッ!」


 その言葉を聞いた競斗さんは、信じないと言わんばかりに自分を抑えている力に抵抗する為の力を上げる。そこに追い打ちを掛けるように、祭持さんはゆっくりと語りかけるのだった。


 「本当にごめんね?私ではあなたの想いは晴らせてあげられないのだよ。申し訳ないけど」

 

 「ギ……グギギギ!」


 「ん?」


 突然、競斗さんが纏っていたドス黒いピンクのオーラが一気に膨張した。


 さっきの何倍も膨れ上がっており、微かに色が濃くなったようにも思える。


 どれほどの力を込めているのだろうか。競斗さんの額に青筋が浮かび上がっており、砕けてしまうのではないかという程に歯を食いしばっている。そして徐々に、少しずつだが体が動いている。

 

 「グギ……グギギッ! ガアァァッ!」

 

 そしてついに祭持さんの力を無理やり解いてしまったのか、吹っ切れたように体の自由を取り戻したのだった。


 「なっ!?」


 無理やり祭持さんの力から抜け出したのか!?


 衝撃的過ぎて声が出てしまう。


 競斗さんは、そのまま祭持さん目掛けて飛び出していくのだった。


 「グガァァァァ!」


 「祭持さん、危ない!」


 俺はつい手を伸ばしてしまう。けれどもその心配はいらなかった。当の本人である祭持さんは、飛びかかってくる競斗さんを極めて冷静に対処をするのだった。


 「あなたはもう、帰りなさい」


 飛び込んできた競斗さんの額に、祭持さんは優しく人差し指を触れる。すると競斗さんが纏っていたドス黒いピンク色のオーラは爆散し、競斗さんは白目を剥いて倒れるのだった。


 「ぁ……」


 祭持さんは、何事もなかったように澄ました顔で気絶した競斗さんを抱え上げると、俺の元へと向かってくる。


 あまりにも冷静な祭持さんに、俺は若干の戸惑いを隠せずにいるが、祭持さんが来てくれなかったら今頃死んでいただろう。


 頭を下げると、祭持さんに感謝の言葉を伝えた。


 「本当に助かったよ、祭持さん。もう少しで死ぬところだった」


 その言葉を聞いて、祭持さんは何故かじっくりと俺を見ると、眉を顰めた。


 「……へえ、そうかい。その割には服がボロボロになっているだけで、君の体には傷ひとつないけどね」


 俺はどこを見てそんなことを言えるんだ? 全身ボロボロだろ。


 そう思いながらも自分の体を確認すると、祭持さんの言う通り、服こそボロボロで袖なんかは破れているものの、俺の肌にはかすり傷一つついていない。


 「え?」


 どういうことだ?俺は確かに傷を負っていた。それも瀕死に近い重症を。


 「何を驚いているんだい? まるで傷が治ったと言いたげな顔だね」

 

 傷が……治った?


 祭持さんにそう言われ、あの少女の言葉を思い出す。


 『優しい私がお兄ちゃんに一つ良いものをあげる』


 「まさか……あげるっていうのはこういうことだったのか?」


 俺が気絶する前に少女が俺にくれた何か。


 もし、傷が癒えるというものであれば、初めて乗っ取られた競斗さんに遭遇した時に負った怪我が、気絶から目を覚ました時に何事もなかったかのように傷がなかったことにも納得がいく。


 俺の体は傷を負ってもすぐ癒えてしまう。そんな体になってしまったのだろうか。


 「こういうこと……それはなんのことだい?」


 一人、自分の体に起きた変化を考えていると、祭持さんが目を細めて首を傾げる。


 「ぁ……いや、なんでも、ない」


 なんだか人には見えないものが見えるようになって、怪我は早く治るようになってしまった。段々と人をやめているようにしか思えず、そんな後ろめたさから、俺はつい言葉を濁してしまう。


 「そうか……まあ、なんだ。とりあえず、この子を家まで送り届けようか」


 深くは聞きまいと、そう決めたのか、祭持さんは深掘りすることなく、競斗さんを送り届ける為に歩き出すのだった。


 「ほら行くよ。奥崎君」

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