第24話 超常の者にどう立ち向かうか
「はぁ、はぁ……はぁ。帰宅部に全力ダッシュはちょい、き、きついな」
息切れで肩を上下に動かしながら工事現場へと足を進める。
暗がりの細道。電灯が一つだけあるが、切れかかっているのか、頼りなく点滅を繰り返している。
「消えかかった街灯が一つしかないのかよ。まあ、薄暗くてよく周りが見えないからかえって好都合だな」
俺が考えている作戦は暗がりの方が成功しやすい。
俺は一人ニヤリと笑うと足元に落ちていた鉄パイプを拾い上げる。恐らく工事で使っているものなのだろう。近くにも俺が持った鉄パイプと同じものが数本転がっている。
少し細めの鉄パイプだが、決してこの鉄パイプで競斗さんを殺す訳ではない。競斗さんを行動不能にする為に使うだけだから、少し心許ないが問題はないだろう……多分。
そう自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、確信を持たせるように俺は口に出す。
「これで俺も少しは戦えるだろ」
そう呟いてすぐに、突如、凄まじい衝撃音と共に頭上から競斗さんが降ってきた。周りに落ちていた鉄パイプやらは競斗さんが着地した衝撃で吹き飛ばされ、それらは全て道路の端へと追いやられる。
途中見えなくなったと思ったら、跳んでいたのかよ。
競斗さんの足元にできたコンクリートのヒビ割れを見ながら、その馬鹿げた身体能力に冷や汗を掻いて唾を飲み込むと、俺は鉄パイプを両手で構えた。そんな俺を競斗さんは睨んだ目つきで俺を見据える。
「「・・・・」」
ああ、雨の音がよく聞こえる。俺も競斗さんも声を出すことはなく、雨の音と二人の息遣いだけが世界を支配する。
競斗さんの獣のような荒い息が緊張感を高め、自分の心臓の鼓動が、己の息が、危機感を更に募らせる。
俺はいつ競斗さんが飛びかかってきても反応できるように、頬に滴る雨粒を気にすることなく鉄パイプを構え続ける。
「来るならこい!」
「……ぁぁ…‥あぁぁぁ!」
俺の声が合図になったのだろう。競斗さんは怒りに満ちた叫び声を上げながら、腕を大きく振り上げて飛びかかってきた。そんな競斗さんに向けて俺は鉄パイプを勢いよく振るうのだった。
「うおぉぉぉぉ!」
正直、そこそこ効くと思っていた。気絶させることはできなくても怯ませることくらいはできるだろうと。さっき、コンクリートは砕かれてしまっていたが鉄は流石に無理だろう、硬さが違う。そう思っていた。
だがそれは大きな間違い。
競斗さんは鉄パイプを両手で掴むと、そのまま引きちぎってしまったのだった。
「いっ!?」
は!?力強すぎだろ!?
その細い腕のどこにそんな力があるのか。競斗さんは千切った鉄パイプを投げ捨てると、俺の腹に蹴りを一発ぶち込んできた。
「がっ!」
俺は千切れた鉄パイプを手放すと同時に吹っ飛ばされ、壁に衝突する。そのまま地面に落ち、壁にぶつかった衝撃で呼吸ができなった苦しさからその場で悶えるのだった。
「が、があぁ」
ち、ちくしょう。
やらかした。誤算だった。まさか競斗さんに鉄を簡単にひき千切る程の力があるなんて。
そんな俺の前まで競斗さんは近づいてくる。
「……返して!返して!返せ!」
「オゴォ!?ガハァ!アガッ!」
競斗さんは蹲る俺に蹴りを入れてくる。何度も何度も、何度も。骨が、内臓が悲鳴を上げ、俺という人間に死が段々と近づいてくる。
「……返せぇ!」
競斗さんは一際力強く足を後ろに下げると、大きく振り上げ、そのまま俺の腹につま先をねじ込ませるのだった。
「ガハっ!」
俺は無様に宙を舞い、そのまま地面へと叩きつけられる。
痛い、痛い苦しい。もういっそ死んだ方が楽なのではないか。そう思ってしまうくらいの激痛が全身を支配している。痛みが強すぎて目には涙が滲み、体は小刻みに痙攣してしまっている。だけど……
だけど、俺はまだ諦めてなどいない。
歯を食い縛り、地面に足の裏をつける。壁に寄りかかりながらも立ち上がり、俺は自分を奮い立たせる為、血だらけの顔に笑みを浮かべる。
「この場所まで蹴って移動させてくれるなんて……嬉しい……誤算だ、な」
俺は痛みに耐えながらも足を引きずり、ある場所を目指す。後ろから競斗さんがゆっくりと近づいてくる音を聞きながらも俺は歩く。
もう少し、もう少しだ。
そして競斗さんが俺に追いつく前に、なんとか目的の場所へと辿り着くのだった。
満身創痍の状態で、俺は『この先危険』と書かれた看板の前に立つ。正確にはその看板に寄りかかっているのだが、そんなことは些細なことだ。
俺は顔を上げると、こっちを鋭く見ている競斗さんに向かって手招きをした。なるべくうざったらしく腹が立つ顔つきというおまけ付きで。
「おい……こいよ。霊異者の野郎」
「うるさい……」
「ん?どうした?もしかして怖いのか? ん?」
「だ、黙れぇぇぇぇ!」
俺の挑発が効いたのか、競斗さんは鬼のような形相で俺の方へと飛んでくる。正直怖すぎて俺がすごくビビってしまったが、そんな競斗さんを俺はギリギリまで避けることなく引きつけた後、寸でのところで躱すのだった。
俺が避けたことによって、競斗さんは俺の後ろにあった看板にぶつかる。そしてそのまま看板の後ろにできていた穴へと落ちていくのだった。
よし!上手くいった!
数日前、俺がこの道を通った時、ここは工事中だった。どういう工事なのかは分からないが、従業員が複数人掛かりで大きな穴を掘っていたのだ。それも五メートル以上も深さがある穴が。
今は暗くてどれくらいの深さなのか分からないが、その深さは数日前と同じ、あるいはもっと深いだろう。
そんな穴に落ちてしまった競斗さんは、例え人並外れた身体能力を持っていたとしても上がっては来れないだろう。と言うか、上がってこられては困る。
「はぁ、はぁ……こんなに深いと上がってこれない……だろう」
一応、数秒待ってみるも、穴からは音が何も聞こえてこない。
安心から脱力した俺は、体を投げ出した状態のまま、一人笑みを浮かべる。ついさっきまではすごく痛みがあったが、今はそんなに痛みはない。自分が思っているほどの大怪我ではないのだろう。
全て終わった。
俺は仰向けになると、大の字で地面に寝っ転がる。
俺にできることはやっただろう。後は……
「後は祭持さんを待てば……」
「返して……」
待てば解決だ。そう言おうとした時、穴から声が響いた。その後、穴から手が出てくるのだった。
「っ!?」
ギチギチと音を立てながら、ゆっくりと這い上がってくる。もう片方の手も穴から飛び出し、ついには競斗さんの上半身が露になった。そう、競斗さんが穴から上がってきたのだった。
底まで落ちていなかったのか、はたまた底から這い上がってきたのか。今になってはどっちでも良いことだが、俺の『競斗さんを穴に落とす』という作戦は見事に失敗してしまった。
「は、はは……何で上がってこれるんだよ」




