第23話 戦略的行動
『……返して!』
吹っ飛んだ俺の視界の先に、ドス黒いピンク色のオーラを漂わす競斗さんが立っている。
さっきまでの正気だった競斗さんの面影は無く、今はこの世の全てを呪っている、そんな表情をしている。
その表情でこっちを見てくるようだから、俺はつい震え上がってしまい、全身に悪寒が走る。
な、何ビビってんだ俺は。さっき怖がらずに助けるって決めたばかりじゃないか。
震えながらも、恐怖で竦んでしまった体の震えを抑える為、俺は拳にできる限りの力を込めると、力強く足裏をしっかり地面につけ、立ち上がった。
ど、どうする、俺!?
とりあえず立ち上がったは良いものの、これからどうするかは一切考えてなどいない。言い訳がましいが、ついさっきは助ける一心で走っていた為、それ以降のことは考えていなかったのだ。
俺はこれからどう動こうかと考えを巡らせようとしたが、当然、競斗さんがそんな時間をくれることはなく、こちらへと飛び出してくるのだった。
「はっやっ!?」
こんな距離があるのに、一瞬で詰めてくる。
一歩、たった一歩飛んだだけなのに、もう俺と競斗さんの距離は三分の二も縮んでいた。
そして競斗さんはもう一歩踏み出すと、足を上に上げ、勢いよく踵を振りかざしてくる。俺はそんな足蹴りを咄嗟に横に飛ぶことでなんとか回避した。
だが、一瞬で距離を詰められるとは思っていなかった俺は受け身することが出来ず、硬いコンクリートに肘を勢いよく擦り付けてしまう。が、今は痛がっている暇はない。
あたふたとしながらも起き上がると、さっきまで俺が立っていた方を見る。
俺が居たところはコンクリートの地面が抉れ破片が散らばっており、その中心には競斗さんが足を振り下ろした状態で佇んでいた。
危なっ!もし避けていなかったら俺死んでただろ!
人間離れした馬鹿力を目の当たりにして、俺の頭から血の気が引いていく。
「はっ、どうなってんだよ」
競斗さんは胸こそ出てるが、決してふくよかな体型ではない。むしろ痩せてる方である。そんな競斗さんの細い足が振り下ろされただけで地面が抉れるなんて現実離れにもほどがあるだろ。
あれか?競斗さんから漂っているオーラが競斗さんの体を強くしているのか?漫画でよく見る設定。気やらオーラやらを纏うと強化される、そういう系なのか?
そんな風に今の状況には相応しくないことを考えている俺の先で、競斗さんがワナワナと震えながら叫んだ。
「ぁぁぁ! 避けるなぁぁ!」
「いや! 避けるに決まってるだろ!」
避けなかったら、俺は死んでしまうだろうがっ!
俺がツッコミを入れると、俺の声に反応して、競斗さんは首だけをこっちに回して睨んでくる。その顔は無表情だったが、目が笑っていない。
「ひっ!」
ホラーかよ。いや、ホラーだけども。
恐怖やら何やらで自分でもよく分からないことを心の中でツッコミを入れた俺はとりあえず距離を取り始める。その後、その場に立ち止まっていると相手の的になるだけだと判断し、少しでも生存確率を上げる為に走り始める。
そんな俺を見て、競斗さんは怒り狂ったように叫ぶのだった。
「ぁぁ……逃げるなぁぁぁ!」
「に、逃げてない!戦略的移動だよ!馬鹿っ!」
戦略的とは言ったものの、特に何も考えていないけどなっ!
競斗さんの怒号が恐すぎて、その恐怖を誤魔化す為に軽口を叩いている俺に向かって一直線に飛んでくる。俺は横に前転をすることでなんとか回避するのだった。
「っ、危な!」
俺はすぐに立ち上がり、また走り出す。そんな俺に向かって、競斗さんは少し溜めを作った後に飛び蹴りで飛んでくる。その飛び蹴りを電柱を使うことによってなんとか回避し、そのまま減速せずに曲がって右に続いている道路を進むのだった。
雨の中、全力で疾走する。腕を振り、足を上げ、水たまりを飛ばしながら走る。たまに競斗さんの攻撃が当たらないようにする為、不規則に左、右へと進行方向を変えながら走った。
そうして走り回っていて、一つ、分かったことがあった。それはどうやら競斗さんは直線上にしか速く飛べないらしい。正確には競斗さんは溜めを作ることによって何らかの力が働き、突っ込むことができる。それはとてつもなく速い動きで破壊力も半端ないのだが、唯一の欠点として進路変更できない。
まあ、その欠点のおかげでこうして俺でもなんとか避けることができているが、それも時間の問題だろう。
このままだとジリ貧だ。ただ逃げ続けるだけじゃ、俺の体力が底をついてしまったらこの鬼ごっこは終わってしまう。その時には競斗さんと言う鬼に殺されてしまう。
何か、何か打開策は無いのか!? 競斗さんを戦闘不能にまでは出来なくてもいい! 競斗さんの動きを止めることができる方法は何かないのか!?
刻一刻と迫る体力切れというタイムリミットに焦りを感じながらも走っていると、ふと、街灯の下で佇んでいる看板が目に入った。その看板には『この先工事中』と書かれている。
「工事……中」
その看板を見た時、ふと数日前に見たある場所を思い出した。その日の気分で、いつもは通らない道を通った時に見たその光景を。そしてこの看板はその場所を指しているのだろう。
「そうだ、あそこなら!」
あそこなら競斗さんの動きを止めれるかも知れない!
「ぁぁぁぁぁ!」
数日前のことを思い出していたせいで、すぐ後ろまで競斗さんが迫ってきているのに気付くことができなかった俺のすぐ後ろで、風切り音が聞こえる。見ると、競斗さんが拳を振りかざしてきていた。
「ぁぁぁぁ!」
「っ!? 危なっ!?」
もはや偶然だろう。咄嗟に頭を下げたことによって、寸前のところで躱し、俺はその看板が指している左側の道路へと入っていく。
危ねえ! 危うく当たるところだった!
その後も、距離を詰められているせいで何度も競斗さんの拳が俺の背中に当たりそうになるが、運が良かったのか、ほんの少し掠るだけで何とか避けるのだった。
そのまま俺は走り続け、工事現場という目的地に向かう。ここからその場所まで決して遠くはないが、捕まったら終わりだという緊張感と危機感のせいで時間が長く感じる。そんな時、ふと後ろにいた競斗さんの声が聞こえなくなっているのに気がついた。
「……ぅん?」
不思議に思い、後ろを見るとさっきまで追ってきていた競斗さんの姿が見えなくなっていた。
変だな。右に曲がるまでは競斗さんはいたのにどこに行ったんだ? いや、ただ距離を離せただけか?
そんな疑問が頭に浮かぶが、もしここで立ち止まったりして距離を詰められたら敵わんと思った俺は走り続けた。
そうしてそのまま競斗さんに追いつかれることなく目的地の工事現場がある道へと入っていくことに成功したのだった。




