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第22話 怯えてばかりではいられない

 「くそ……何でこんな時にあの時のことが頭に浮かぶんだよ」


 今まで大して思い出しもしなかった記憶。大切な記憶だが、粗末に扱い、頭の片隅に何となくとしか置いていなかったその過去の記憶は、今この瞬間、ここぞとばかりに鮮明になる。


 ただ、席替えで隣の席になった人から嫌がられなかった。というだけの記憶。


 他の人とって、俺のこの記憶は大した出来事ではないのだろう。そもそも嫌がられることなんて滅多にないのだろうから。


 だけど、俺には違う。俺にとってこの記憶はとても印象深く大切な記憶だ。競斗さんのおかげでどれだけ俺の心が救われただろう。どれだけ嬉しかっただろう。


 なんで、なんで俺は今までこの記憶を蔑ろにしていたのだろう。約束したじゃないか。競斗さんは俺の隣の席ということを嫌がることなく、更には喜んでくれた唯一の人物じゃないか! 今ここで帰ったら……俺は、俺は!


 「くそっ!」


 俺は走り出す。近くにいるであろう競斗さんを探す為、あの日の約束を守る為に俺は雨の中を走る。走りながら無造作にポケットに手を入れると、忍ばしていたスマホを取り出し、画面をつけた。


 あんなことが起こったんだ、スマホが壊れていると思っていたが奇跡的に画面が、恐らく保護フィルムが割れているだけで済んでいる。


 スマホが無事だったことに安堵し、俺は電話のアイコンをタップすると、一番上に登録されている人物へと電話をかけた。

 

 「奥崎君。どうだい? 競斗さんは見つけたかい?」


 少し間が空いた後に電話越しに聞こえてきた祭持さんの声に俺は強く頷き、返事をする。


 「ああ、見つけた。俺の方に競斗さんがいる」


 「と言うことは、今、君の前に競斗さんがいるということかい?」


 「いや、少し前に競斗さんを見つけたけど、今は見失った。だけど、そう時間は経っていない。まだ近くにいる筈だ。」


 そう、まだ近くにいる。競斗さんはそう遠くには行っていないはずだ。


 「分かった。とりあえず君と合流しよう。その後、競斗さんを再度見つけるとしようか」


 祭持さんの言葉を聞きながらも俺は走り続ける。大きな道路を走りながらも細道を見て回る。


 「ああ」


 「それで? 今君はどこにいるんだい?」


 「俺は……」


 祭持さんと電話越しで話しながら走り続け、ちょうど自分の場所を祭持さんに知らせようとしたその時、俺の視界は左側に続く脇道にいる一人の人物を捉えるのだった。


 「いた!」


 暗がりの道路の真ん中に一人の女性。土砂降りの中、競斗さんは何やら頭を抱えるような姿勢で立ち尽くしていた。


 「祭持さん、競斗さんを見つけた!」


 俺はそのまま脇道へと入り、競斗さんの元へと向かう。


 ちょうどその時、立ち止まっていた競斗さんは突然何かを振り払うような仕草をし始めた。


 その様子は普通の人から見たら変だと思われるだろうが、取り憑かれている状態の競斗さんを知っている俺には、今の競斗さんは正気に戻っているとそう感じた。だが、様子がおかしいの確かだ。


 「い、いやっ!」


 「おい、競斗さん!」

 

 呼んでも反応してくれない。悲鳴を上げ、頭を抱えている。


 まだ、取り憑かれていない!?いや、さっきの競斗さんは確かに取り憑かれていた。と言うことは一時的に正気に戻っているのか!?くそっ!まだ競斗さんとの距離は遠い!


 俺は水たまりを踏みつけ、腕を振る。途中、スマホから祭持さんが何か言っているが、肝心のスマホは勢いよく振っている腕の先の手の中にある為、俺には聞こえない。


 「競斗さん……競斗さん!」


 何度か呼ぶも、やはり俺の声に反応しない。それでも諦めずに俺の声が届くことを信じて叫び続ける。


 「競斗さん……競斗さん!競斗!競斗芽井!」


 俺がフルネームで呼んだ時、競斗さんの動きが止まった。頭を抱えるようにして持ち上げていた腕が下がり、ゆっくりと、走っている俺の方を振り返った。


 競斗さんは雨やら涙やらでずぶ濡れになっており、焦点の合っていない辛そうな泣き顔で言葉を搾り出すのだった。


 「誰か……助けて……」


 「っ!」


 あんな表情、俺は今まで見たことがない。見ているこっちが泣きそうになるくらいすごく辛そうな顔。


 いつも明るい笑顔を振り撒いていた競斗さんを、たまに自身なさげな表情をしていた競斗さんを知っている俺は胸が張り裂けそうになる。


 絶対に助ける!


 そう心の中で叫んだ瞬間、石に躓いてしまい、前へと体が倒れそうになってしまうが、俺は気力でなんとか踏ん張り、転ぶことを阻止する。


 「ぅんぉお!」


 転びそうになったが為に踏みとどまってしまい、今までの走っていた勢いが無くなってしまったが、それでも俺は走り続ける。そうしてようやく俺と競斗さんの距離が十メートルを切ったのだった。


 改めて競斗さんを見る。競斗さんは体をこっちに向けているが、その目はどこを見ているのか分からない朧げな目。恐らく競斗さんには俺が見えてないのだろう。


 不安そうに俺の方を、正確には俺の方向を漠然と向いている。そんな競斗さんの名前を、俺は声帯が千切れそうになる程に叫んだ。


 「芽井!」


 「ぇ?……奥崎……君?」


 俺の声が届いたのだろうか。競斗さんは力無く震える手で俺の方へと手を伸ばす。ゆっくりと、それでも確かに俺へと伸ばされたその手を掴むために俺も手を伸ばした。


 あと、もう少し!

 

 互いが互いに手を伸ばし、その間にはもうほぼ隙間はない。二人の指先が触れ合おうとしたまさにその瞬間、俺は競斗さんの内側から放出させられたオーラによって、勢いよく吹き飛ばされてしまうのだった。


 「ガハッ!」


 突然、自分が吹き飛ぶだなんて思っていなかった俺は、吹き飛ばされている最中に手に持っていたスマホを手放してしまい、俺のスマホは地面へと投げ捨てられてしまう。


 「……奥崎君? 奥崎君、聞こえているかい!?」


 地面に落ちたスマホ越しに、祭持さんが何か言っているが、少し遠くに吹き飛ばされてしまった俺に伝わることはない。


 吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた痛みに悶えながらも顔を上げると、そこにはドス黒いピンク色のオーラを身に纏わせた競斗さんが立っていた……さっき俺が、意識を失う前に相対していたあの競斗さんが。


 「……マジかよ」


 また同じことを繰り返すのだろうか。あの耐え難い痛みと震える程の恐怖を。あまりの絶望的な状況に苦笑いが零れる。


 「ハ、ハハハ……」


 競斗さんは……競斗さんではない誰かは、そんな俺を睨みつけ、競斗さんの口で声を発するのだった。


 『…‥返して!』

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