第19話 あの少女、再び
見た目は競斗さんと変わらないのに、不気味なオーラと生気のない瞳のせいか、得体の知れない恐怖が込み上げてくる。
「あ……ぁ……」
その後、競斗さんはゆっくりと俺の方へと近づいてくる。痛みやら恐怖やらで身動きが取れない俺は、一歩、また一歩と近づいてくる競斗さんをただ見続けることしかできない。
痛い痛い、怖い。
体中、叫びたくなるくらいの痛みと血の気が引くような大量の血。近付いてくる競斗さんの不気味さとこれから訪れるであろう俺の死を想像してしまい、頭の中が真っ白になる。
頭から血の気が引き、文字一つ考えれなくなる。そんな俺の前に来て、競斗さんは立ち止まった。
「ガハッ!」
競斗さんに勢いよく蹴られ、横に吹っ飛ぶ。
首がもげそうになり、頭は凹んでしまったのではないかと思うほど強い衝撃が来て意識が飛びそうになるが、コンクリートの壁にぶつかった痛みで強制的に意識を戻される。
「ッッ!」
痛い、いたい、イダイッ!
どこもかしこもが痛みで悲鳴を上げており、痛すぎて叫ぶことすらできない。
そしてまた、俺の方へと歩いてくる。
に、逃げなきゃ……
そう思い、起きようとガクガクと震える体を必死に動かそうと自分を奮い立たせるも、俺の体は言うことを聞いてくれない。
死にたくない、死にたくない!
その思い一心で、ブルブル震える手でなんとか立とうとし、上体を起こすことができたその時には、競斗さんは既に目の前まで来ていた。
俺は恐る恐る見上げると、競斗さんは怒り狂ったような表情で俺を見下ろしていたのだった。
「許……さない」
拳を強く握り、下唇を噛み締めている。どれだけの怒りの感情が立ち込めればそんな表情になるのか。俺は恐怖で顔が青ざめる。
「……ぁぁ、ブグェッ!」
競斗さんが斜め横から蹴り上げると、また俺は吹っ飛んだ。今度は、頭が勢いよく吹き飛ぶような感覚に陥り、頭と首が千切れそうにギチギチと鳴っているのがよく聞こえた。
痛い痛い、痛イ! 熱いぃぃ!!
コンクリートの壁に沿って横へと飛んでいく俺の背中は、ザラザラとした感触の壁に擦れて抉れ、熱を持つ。
そして俺は無様な姿で吹き飛び電柱にぶつかると、まるで投げ捨てられた人形のように地面にうつ伏せの状態で落ちるのだった。
「じ……じぬ……ッ!」
駄目だ、本当に死ぬ!
うつぶせのまま、声を出す。
「い……やだ、嫌だ!」
痛みやら、口の中の大量の血やらで呂律が回らない口で、それでも俺は必死に言葉を絞り出す。
「じ、じにだぐ……ないっ!」
誰か!何か!今の状況をどうにかできる何かはないのか!
無造作に手探りで地面に何かないかと探す。
必死に、無様に……そうして俺の手は誰かの小さな靴を捉えたのだった。
「ふふっ、すっごく辛そうだね。そんな血で赤くなっちゃって……あーあ、私がせっかく渡したプレゼントも意味がなくなっちゃうじゃん」
そ、その声はっ!
幼く、人を馬鹿にしているような聞き覚えのある声。四日前に、俺を霊異者の世界へと引きずり込んだ張本人。
俺は、残された力でなんとか顔を横向きにすると目線だけを上に向けた。そうして俺の目は、楽しそうに顔を歪ますあの少女を捉えたのだった。
「痛い?痛いよねぇ。このままじゃ死んじゃうよ?どうする?どうするの?ねぇ……お兄ちゃん?」
楽しそうに、嬉しそうにニマニマと笑う少女。機嫌が良いのか、フーン、フーンと口ずさみながらリズミカルに首を揺らしている。
クソッ!この状態で、どうしろ……ってんだよ!
ニヤニヤと、この状況がまるで楽しいとばかりに笑う少女を俺は睨んだ。
そもそも俺がこんな目にあったのはこいつのせいだ。こいつが俺の片目を変にしなければ霊異者を見ることもなかったし、競斗さんが危ない状況だと知ることも、今この瞬間、死にそうになることもなかった。
くそ、くそくそくそっ!
怒りが湧いてくる。
あんなに怖くて震えていたのに、今は目の前の少女に対しての怒りで体が震える。血だらけの拳を強く握り締め、充血した目で少女を睨む。
「……えの……せいだ」
「ん? 何、お兄ちゃん?」
「……まえ、お前のせいだって言ってん……だよ!今、俺は死にそうなのも!よく分からない化け物どもが見えるのも!全部全部お前のせいだって!」
「ええーー?私のせいかぁー、フフッ!」
俺の必死の言葉に驚きも、傷つきもしない。むしろ自分のせいでこうなったことを喜んでいるように見える。
「そっか、そっかぁー。お兄ちゃんがこんな酷い目に遭うのは、私がお兄ちゃんに関わっちゃったからぁ?」
楽しそうに、幸せそうに笑い、うっとりと頬を赤らめ、吐息を溢している。
「はぁー……さいっこうぅ」
「……が……しいんだよ」
何が、可笑しいんだよ!何が!そんなに嬉しいんだよ!
恍惚に歪ませる少女は両手で頬を掴んでいる。嬉しそうに体をよじりながら、「えへへっ」なんて言って笑ってみせる。
今すぐ殴ってやりたい……その幸せそうに歪ませている表情を、顔面を!グッチャグチャに変形させてやりたい!
だが、既にズタボロになってしまった体が俺の言うことを聞くことはない。
「ウフッ!ウフフフフッ! ああ、楽しいなぁ、幸せだなぁ!…………でもぉ、お兄ちゃんは辛そうだねー?」
終始笑っていた少女。だが突然、心配そうな顔で首を傾げ始める。倒れ込む俺の顔の前で少女はしゃがみ、顔を覗いてくるのだった。そんな仕草も心配も、俺は腹が立ってしょうがない。
そんな俺の心情なんか伝わる訳もなく、少女は惨めな何かを見る目で俺に言うのだった。
「ねえ、私がお兄ちゃんを助けてあげる」
口角を上げ、作り笑いのように感情のない笑顔を貼り付け、少女は俺の頭を撫でてくる。
「……れが、……かに」
誰がお前なんかに。そう喋ろうと口に出そうとしたが、唐突に意識が遠のき始める。恐らく血を流しすぎたのだろう。
ヤ……バイ、意識……が。
「んー、何言っているのか分かんないけど、助けて欲しいってことだよね?」
もう喋る気力のなく暗闇へと沈んでいくだけの俺は、薄れていく意識の中、ただただ少女の言葉を聞くことしかできなかった。
「やっぱり、やっぱりそうだよね?ああ、可哀想で可愛いお兄ちゃん。優しい私がお兄ちゃんに一つ良いものをあげる」
な、にを…………っっ!?
ドクンッ!
『あげる』。そう少女が言った途端、俺の体の内から爆発に似た熱が飛び出す。
「アッ、ガッ!」
そのとても熱い『何か』は、次第に俺の体の隅々へと回っていき、やがて俺の全身へと行き渡ると全身、火炙りのような感覚に陥る。
「がっ、あがぁァァァ!」
「それじゃあ、またね。お兄ちゃん」
少女がその言葉を言い終わるとほぼ同時に、俺の中で暴れていた何かは収まった。その安心からか、俺は意識を手放してしまうのだった。




