第16話 地元の優しげなお婆ちゃん
祭持さんと別れて、競斗さんを探すこと数分。走っている俺の前方に、突如見知った顔の人が見えた。
「あれは……」
白いエプロンを着て、猫背で両手を後ろに回して歩いている小さな後ろ姿。その人は、俺が小さい頃からよく知っている人物だ。
「登美さん……?」
登美『とみ』さん。苗字は分からないが、俺を含め、街の皆が登美さんと呼んでいる。この街に唯一残っている駄菓子屋、『涼米屋』を営んでいるお婆ちゃんだ。誰に対しても人当たりが良く、老若男女問わずとても人気のある人物なのだ。
だけど、変だな。俺の記憶だと、年齢的な問題からなのかは分からないが、いつもは駄菓子屋、もとい自宅にいて、出かけることなどはほとんどしない人物なんだが……。
登美さんが外に出ているなんて珍しいな。そんなことを考えていると、走ってきた俺に気がついたのか、登美さんは歩みを止めて、昔から変わらない柔らかい笑顔で振り返るのだった。
「おや? 蓮君じゃないか。そんな走ってどうしたんだい?」
声を掛けられた俺は走るのをやめ、登美さんの前で止まる。
「ああ、いや……ちょっと、人を探しているんだ」
「そうかい、人を探しているのかい。誰を探しているんだい?」
「競斗さん……ええと、競斗芽井だよ」
「ああー、芽井ちゃんか。あの子、最近、涼米屋に来ることがなかったもんだから、元気にしてるか気になっていたんよ。蓮君、あの子は元気にしているのかい?」
「あー、いや……うん、元気だよ」
競斗さんは元気なのか……そう聞かれて、つい言い淀んでしまう。
霊異者に取り憑かれて毎晩同じ夢を見ている競斗さんは、元気……では絶対ないだろう。
自分自身に起こっている理解ができない現象に一人怯え、それを誰かに悟られまいと隠す毎日。それはとても辛い筈だ。だから絶対に今の競斗さんは元気な訳がない。
だが、登美さんに「競斗さんは元気じゃないです」と言っても、ただ余計な心配させてしまうだけだ。
優しい登美さんのことだ。競斗さんが今、何かしら危ない状態にあると知ったらすごくショックを受けてしまうだろう。
「俺は競斗さんとそんなに仲が良い訳じゃないから、はっきりしたことは分からないけど、元気だと思うよ」
「そうかい、それは良かった」
登美さんは俺の言葉をそのまま鵜呑みにして、安心したように微笑む。そんな登美さんを見て俺は罪悪感で胸が苦しくなるが、これは登美さんの為だと自分に言い聞かせ、罪悪感を心の奥底へと押し込んだ。
「と、ところで登美さんは、どこかの帰りなのか?」
「いやいや、ただ散歩してただけだよ。なにか今日は外出したい気分になってね。夕日色に染まる綺麗な街中の景色を見ながら歩いていたんだよ」
そう言われ、俺は辺りを見渡す。
確かに、綺麗ではあるな。毎日、目にしているせいか、この街並みが当たり前になってしまい、特別感情を抱くことがなかった。だが、こうして改めて見ると、本当に綺麗な街なのだと実感するな。
「わしは、この街とこの街に住む人が好きなのだ。伝統ある古い建物から、新しい建物……それらが並ぶ道。新たに生まれてくる赤ん坊から、育って逞しくなる大人達。皆、みんな……わしは心から愛している」
そう言い目を細める登美さんは、俺の目にはまるで、娘や、息子、あるいは孫を見ている母親のように映って見えたのだった。
俺も登美さんには小さい頃からよくしてもらったっけ。友達と一緒に少ないお小遣いの小銭を握りしめて駄菓子を買って食べて……たまにおまけをくれたこともあったな。
懐かしい記憶に思いを馳せて夕日を眺めていると、ふいに疑問が湧いてきた。
「あれ?登美さんが散歩しているってことは、今日は駄菓子屋をやっていないのか?」
「ん?ああ……今ね、私の孫に店番をやらせてるんだよ」
「へえ、登美さんに孫がいたんだ。初耳だな」
そもそも娘さんがいたのか。てっきり独り身とばかりに思っていた。
「まあ、この間からね」
「この間から?」
登美さんは、何を言ってんだ?この間からって、この間というのがどのくらい前からか知らないけど、この間っていうくらいだったら、年齢が低すぎて店番なんて任せれないだろ。ついに記憶があやふやになってきてしまっているのだろうか。
「ところで……蓮くんは、どっちなんだい?」
突然、話題を変え、話を振ってくる登美さん。その登美さんの表情は笑顔だが、さっきと違って感情がよく分からなかった。
「え?どっち?今家に帰っているか、どこか向かっているかってことか?」
「・・・・。」
え、なんだ?
突然……登美さんが突然、連続的におかしな発言をし始めた為、俺は、登美さんは本当に大丈夫なのかとつい思ってしまう。
これは、年なのだろうか?幼い頃から良くしてもらった俺としてはとんでもなく悲しいが、登美さんは年のせいでボケてきているのかも知れない。
「ま、まあ、どっち……かと言うと、俺は今、競斗さんを探しているんだ。だから家ではなく、どこか……競斗さんの場所に向かっているんだ……って、そうだ、登美さん。競斗さんを見かけなかったか?」
「ん?うーん、芽井ちゃんか……わしは見てないけど、この辺りで見たと言うのは耳にしたよ」
しばらく会っていないのに、競斗さんのその情報は誰から聞いたんだよ。
違和感がありすぎる登美さんの発言だが、やはりそれは年齢的なことで仕方がないのだろうと思った俺は、深く聞くことなく頷いた。
「そうか、ありがとう登美さん」
俺は、軽く頭を下げて、競斗さんの捜索を再び開始する為に走り出すのだった。
「じゃあ俺は急いでいるからもう行くよ」
「ああ、気をつけるんだよ」
「じゃあね、登美さん!」
曲がり角付近で俺は手を振り、登美さんと別れるのだった。




