第12話 異変……それは終わりが近いことを意味する。
行き止まりの壁が見えない程、長い長い廊下。人、二人が横に並ぶことができるかできないかくらいの狭い廊下に、私は気が付くと立っていた。私は自分の服装、パジャマ姿の自分を確認し、「ここ、どこ?」と呟いた。
右も左も分からない私は、とりあえず壁に触れてみることにする。黒く、若干ドス黒い赤と茶色が混じっているその壁に手を添えてみるも、何の材料で出来ているかは私には分からない。パッと見、硬いように見えるけど強く押すと少しだけブニッとへこむのだ。扉もそう。開けようと強くドアノブを捻り、更に無理矢理開けようと強く握ると少し弾力がある。まるで硬いグミのような感触に。少し暖かいこの物体は気味が悪い。何度も開けようと力を入れるけど、開く気配は全く無い。
そんなことをしていると、唐突に後ろから気配を感じた私は、勢いよく振り向いた。もちろんそこには誰もいない……いないのに、後ろには何も、誰もいない筈なのに、何故か恐怖や切迫感に襲われる。まるで見えない誰かが迫ってきているから逃げろと私の勘が言っているみたい。
私はそうして、その衝動に身を任せて走り出す。
「はぁ……はぁ……はぁ」
区別の付かない扉達を全速力で通り過ぎ、後ろから迫ってくる何かから必死に逃げる。何分も、何時間も。私は息を切らし、汗を流しながら走り続けるのだった。
ひたすらに腕を動かし、足を前に出す。息切れする肺に、昂る心臓の音を聞きながら走り続けると、徐々に後ろから迫ってくる気配が遠くなっていった。そうして、余裕が持てるくらい切迫感が薄まってきたその時、奥の方に少女が見えたのだった。
シワだらけで伸び切った紫と黄色のTシャツ。何か茶色い液体がこべりついたヨレヨレの紺色のスカート。そして女の子の手には、首から下がない男の子の人形の頭が、鷲掴みにされていた。
少女は俯き、震えている。怖いのだろうか。薄暗く、気味の悪いこの場所は、小さな子供にはさぞ辛いだろう。
私は女の子に寄り添おうと傍に寄る。
「大丈夫?」
可哀想に……そう思いながら、少女の頭を撫でようと手を伸ばす……が、私はその手を途中で止めてしまう。
私は見たんだ……少女が堪えるように笑っているのを。少女が震えていたのは恐怖からではない。込み上げてくる笑いを必死に堪える為に体に力を入れていたんだ。暗くて表情は読めないけど、口角が吊り上がっていることだけはよく見えた。
「……ふっ……ふふ……ふひっ」
少女の手に力が込められる。雑に握られている人形の頭がギシギシと悲鳴を上げ始める。その異常とも呼べる光景に、私は思わず尻餅をついてしまう。
「ひっ!」
おかしい……この子は絶対に何かおかしい!
と、とりあえず、ここから逃げなきゃ!
私はそう思い、慌てて起きあがろうとした……が、その時、横から何かが迫ってくるのに気が付いた。その何かを見ようと、横へと顔を振り向いたと同時に、私は、横からきた何かと衝突し意識が刈り取られてしまうのだった。
「…………え?」
気が付くと私は、まだ薄暗い外を見下ろしていた。その景色は見覚えのある景色だった。それはその筈、その景色は自分の部屋から見える外の景色なのだから。その為、私はすぐに自分がどこにいるのかが分かった。そう、私は自分の部屋の窓の前に立っていた。
「痛っ!」
カチャンッ!
不意に右手に強い痛みが走り、右手から何かを落としてしまう。床を見ると、私がいつも使っているシャーペンが落ちている。続いて、右手を見ると手のひらに真っ赤な跡がついていた。多分、シャーペンの跡なのだろう。棒状の何かを強く掴んだ跡が付いており、その下には爪の跡が付いている。跡から見るに私はシャーペンを強く握っていたみたい。それも異常なまでに強く、自分の爪が手のひらに食い込むくらいに……
「ど、どうなってるの……?」
自分の体に起きた不可解な異変に、私はただただ困惑するだけしか出来なかった。
次の日、寝るには快適な気温だったからなのか、爽々しい朝を迎えることができた俺は、寝起きでパジャマ姿のまま庭に出ていき大きく腕を広げた。
「ふぅー、良い朝だ」
ああ、鳥の鳴き声が色鮮やかな音色に聞こえる。虫の美声が俺の耳をくすぐっている。
俺は雲一つない晴天を見上げると、一人、満面の笑みを溢す。
ああ、なんて素晴らしい朝なんだ。まるで世界が俺を包んでくれているよう……
「キモいぞ、早く学校に行け」
朝の気持ちよさに浸っていると、今の雰囲気には相応しくない声が聞こえる。ため息を吐き、ゆっくりと声がした方を見ると、洗面所の窓から歯磨きを咥えた姉ちゃんが汚物を見るような目で俺を見ていたのだった。
「……うるせえよ」
くそ。せっかく気持ち良い朝だったのに台無しじゃねえか。顔を歪ませた俺は、家の中へと戻っていくのだった。




