第1話 その出会いは突然に
よろしくです。
『幽霊』、それは肉体から魂が離れた存在。死後、生物が魂だけになった存在。または生前、未練を残した者が未練を叶える為に魂だけになってまで現世に残る現象のこと。
並の人には、普段見ることができないそれら
は、都市伝説として昔から語り継がれてきた。
そう、都市伝説として。幽霊はフィクションな出来事を真実味を帯びさせただけの噂話と言うのが世間の認識。
しょうがないことだ。見えないものは存在していないと同じだからな。
まあ、そんな持論を語っている俺だが、かく言う俺も幽霊なんか一回も見たことがない。都市伝説やら心霊は大好きだが、生まれてこの方、心霊に関わるものを見ることはできていないのだ。
だから俺も最近では幽霊なんかいないのでは? なんて思ってきてしまっている。
幼い頃なんかは、幽霊は存在すると思っていて、夜の道で振り向いたらお化けがいるかもしれない! やら、寝る時は布団をしっかり頭から被らないとお化けと目が合ってしまう! などの俺の勝手な想像で怖がっていた訳だが、今は怖くなんかない。……それは、もう俺が『幽霊』を信じていないからだろう。不可解な幽霊と言う存在を、俺はただの人の想像物として認識してしまっている。
けどもし幽霊が、誰かの創った想像上の存在でなければ? フィクションなんかじゃなく、本当に存在しているノンフィクションな存在だったなら?
もしそうだったのなら、俺は見てみたい。
一度だけでいい。遠目から少し見るだけで良い。
そう、一瞬、それが幽霊だと分かるものが見えるだけでいい。幽霊がいると分かればそれでいいんだ。
まあ、それ以上は関わりたくはないね。
「ちょっとそこの君、いいかい?」
「ん?」
高校からの帰り道を歩きながら本を読んで思いにふけっていると、突然声を掛けられた。
急に声を掛けられると思っていなかった俺は動揺でギクシャクとしながらも顔を上げると、俺の目の前に長身の女性が立っていた。
おそらく二十代半ばあたりの年齢だろうと思われるその女性は、腰のくびれまで伸びた金髪の髪をなびかせながら、俺を見下ろすようにして見ている。身長169センチの俺が見下ろされている感じからしてその身長は恐らく170後半だろう。
日焼けが嫌なのかそれとも何かを隠したいのか、灰色の手袋を履いているが、俺はそんな手袋よりも女性の醸す雰囲気の方に釘付けになっていた。
「道を教えてくれないか?」
「道?」
「そう、道だよ。私はついさっきここに来たばかりでね、道を知らないんだ。涼米屋『りょうめいや』と言う駄菓子屋さんに行きたいんだけど、知ってるかい?」
突然何を言われるのかと身構えていた俺だったが、ただ駄菓子屋への道を聞きたいだけだと分かって緊張を緩める。
緊張がほぐれたからか、少し心に余裕ができた俺は、漠然としか見ていなかった女性を改めてまじまじと見始めた。
ふむ、濃いめの赤紫ベースに所々黒が入った薄手のオーバーサイズシャツ。ブカブカな服を着ているはずなのに、出るところは出ているとパッと見で分かるくらい良いスタイル。
うむ、何ともエッチッチな体型なんだ。
「うん? 聞いてるかい? 君?」
初対面でこんな考えを持つのもアレかと思ったりするが、こう思うことはしょうがない。男の性なのである。決して俺が変態の類とかでは無い。
エッチッチな体型……いや、この女性特有のエロさと、服が醸し出すエッチが混ざっているから、エロチい体型と言うべきか?
「君?」
「ああ、はい、聞いてますよ」
涼米屋。それはここ、柵根町『さくねちょう』に唯一ある駄菓子屋のことだ。人当たりの良い婆ちゃんが一人で営んでいる店で、俺も小学生の頃から行っている、すごく馴染みのある店だ。
ちなみに、高校生の今でもたまに行っていたりする。
俺の視線に何か悟ったのか、少し表情を暗くさせた女性を見て、俺は白を切るようなポーカーフェイスで読んでいた本を閉じ、女性がやって来たであろう方角を指差す。
「涼米屋はあっちの方です」
「……そうか、ありがとう」
自分がやって来た方向に『涼米屋』があったことが恥ずかしかったのか、俯いて俺に表情を見せずに、一言お礼を言った後そそくさと歩いていってしまう。
いや、ただ単に俺の表情がきもかったからかもしれない。
そんな女性の後ろ姿を見ていると、ふと、疑問が思い浮かんだ。
『何故、駄菓子屋に行きたいのか?』と。
ふむ、この女性は『ついここに来たばかり』だと言った。恐らくこの女性は観光、もしくは引っ越して来たばかりなんだろう。
そして『ついさっき』と言うことは柵根町に着いたばかり。この女性は着いて一番に駄菓子屋に行きたがっている。
何故?
俺の地元なのにこんなことを言って何だが、駄菓子屋よりも、もっと良い観光場所は沢山ある。
なのに何故『駄菓子屋』を選んだのか?
ああ、こうやって考えを巡らせてしまうのは自分の悪い癖だ。
そう思いながらも気になってしょうがなくなってしまった俺はつい女性を引き止めようと声を出そうとする。
先に言っておくが、いつもの俺だったらこんな質問で知らない人を引き止めたりなんかしない。大したことでもないことを聞く為に、知らない人の時間を無駄にしたくないから。けれども俺は聞かずにはいられなかった。
それは、俺がそういう気分だったから? 自分の中で生まれた突発的疑問を晴らしたかったから? それもある。だがなによりきっと、この女性が出してる『不思議』と言う雰囲気のせいだ。
ひたすら俺に『怪しい』と訴えかけてくる女性の雰囲気が、俺を好奇心へと駆り立てたんだ。
「……あの!」
「……何だい?」
声を掛けられた女性は少し遅れて反応した。
振り返った女性表情からは感情が読み取れない。が、何故か怒気が含んでいるのは俺の気のせいだろうか。
俺が今からするのはただの質問、ありふれた普通の質問だ。たったそれだけの質問をするだけなのに、俺は何故か酷く緊張してしまい唾を呑みこむ。
「……何で、探してまで駄菓子屋に行こうとしてるんですか?」
声を出し終えた後に、俺の頭の中で色々な考えが浮かぶ。
声を掛けなければよかったという絶対的な後悔や、気になることは聞くべきだと言う不安定な肯定。そして何故俺は質問をした? と言う非難に近い疑問。そこまで考え俺は気付く。
これらは、俺が俺に出していた危険信号だ。
何故かは分からないが、俺の知らない俺が女性を引き止めるなと言って……っ!?
その思った瞬間、女性の、いや周りの雰囲気が一気に変わった。
女性は表情はそのまま、口角を少し上げたかと思うと、俺の元へと近づいてくる。
「うーん、そうだな……」
悩む仕草を見せながら女性は一歩、一歩ずつ歩みを進める。その歩く姿が俺にはスローモーションに見えた。
女性が近づいてくれば来る程雰囲気が強くなってゆく。
一歩、また一歩と近づいて来て、ついには俺の目の前に立った。
女性はゆっくりと手を伸ばし、俺の方へ……。
死ーーー
「私は駄菓子が結構好きだからだよ。」
さっきの表情とは違い、感情の読める人間らしさ溢れる優しい表情で俺の肩に軽く手を置くと、女性はまた歩いてゆく。
「じゃあね、少年」
「……ぁ」
今……俺は死を予感した……?
自分でも何故そう思ったのかは分からないが、あの手で俺の人生が終わってしまう。そんな考えが一瞬俺の頭の中を埋めていたんだ。
去りながら手を振る女性の姿から目を離せられない。
今はもう周りに感じられない圧迫感が俺の中で残っており、それが瞼を閉じることを許してくれない。
異常な速度の鼓動だけが聞こえる。
過ぎ去ったであろう危機は俺をその場から動けなくさせていた。
結局、女性の姿が見えなくなるその瞬間まで、俺は目を離せずにはいられなかった。
「……ぁ……」
そして女性が見えなくなったとほぼ同時に、後ろから可愛らしい少女の声が聞こえたのだった。
「ねえ、大丈夫? おにぃちゃん?」
振り向くとそこには、満面の笑みを浮かべた幼い少女が立っていた。
「さっきのお姉ちゃんすごく怖かったよね。私、見てたけど震えちゃった」
黄色と白のワンピースを着た、明るい紫色の髪の少女は大袈裟に両腕で身体を抱きしめ、フルフルと震えた素振りをする。
そんな明らかに馬鹿にしているような行動に少し苛立ちを覚えるが、相手はまだ幼い女の子だ。こんなことで怒る程俺は短気じゃない。と自分に言い聞かせて、ため息を吐く。
と言うか、ついさっきまでこんな少女いなかったはずだが。
「ねえ、君、いつからそこに居たんだ?」
この少女は、さっき女性と話している時には居なかったはず。それにこんな近くに来られたら俺でも気付く。それなのに全く気付かなかったのには違和感を覚える。
まるで突然現れたように少女はそこに佇んでいたのだ。
「ついさっきだよ? ついさっき」
俺に質問された少女は、誤魔化すように人差し指を口に添え、天を仰ぐような動きを見せる。
「だからそのついさっきって、いつのことーー」
「ねえ、そんなことよりさお兄ちゃん、ちょっとこっち来てよ」
まだ喋っている最中だった俺の言葉を遮り、手招きをしてきた。ニヤニヤと笑う少女はまるで今にもイタズラをしたいと言わんような顔に見える。
この少女、何か企んでいるな。
少女の表情を見てそう思った俺だが、相手は所詮少女だ。まだ小学生になったかどうかの子供の悪巧みなんて知れてる。
そう考えた俺は、少女の口から答えを聞くのを諦め、少女の言う通りに近くへと寄った。
だがそれで満足しないのか、少女はまだ手招きを続ける。
「ほら、もう少し寄ってよ……お兄ちゃんにとっていいことしてあげる」
その表情はとても年相応とは思えない、妖艶な表情をしている。
いいことか……、確かにそれは嬉しいことだが、俺は社会的に終わってしまうだろう。
そんな妄想が一瞬よぎるが、こんな小さい子がそんなこと考えている訳がない。どうせ何か花とかでも上げたいのだろう。
「ほら……お兄ちゃん。こっちに顔を近づけて」
俺は少女の目線までしゃがみ込み、顔を近づける。
もう十分近いであろう距離だが、少女はまだ満足していない。
少女は少し不満げに俺に言う。
「遠いよ、もっと近づけて」
「こ、こうか?」
少女の指示通り、俺は更に近づける。
「遠いってば」
これ以上顔を近づけるとキッスしてしまう、そんな触れるギリギリまでどんどん近づけていく。
おいおい、これ以上は不味いんじゃないか?
俺が法に捕まってしまうぞ。
もうこれ以上顔を近づけない、そんな距離まで来た時、少女の口がニヤリと歪む。その瞬間、俺の片方の視界が闇に覆われた。
「ふふ」
「おわっ!」
俺の片側の目を何かがなぞる様な感触がする。一瞬遅れて俺は、少女が俺の右目を舌で舐めてきたのだと気付いたのだった。
「ちょっ! 急に何をーー」
何をするんだ。 そう言い掛けた時、少女が舐めてきた片方の目、右目に激痛が走った。
「あがぁぁぁ!」
痛い! 何だこれ!? 目を舐められたらこんなに痛いものなのか!?
段々と強くなっていく痛みで、俺はただ右目を手で抑えることしかできず、蹲ってしまう。
「キャハハハハハハハー!」
さっきまでの可憐な少女の声が、不気味な少女の声へと変わった。
涙目になりながらも無事な左目で少女を見上げると、少女は狂った様な目で俺を見下ろしている。
「お兄ちゃん、ダメだよー? 私が子供だからって油断したら」
「っ!?」
ニマニマと、まるで俺を蔑んでいるかの様に笑う。
「相手がたとえ幼気な女の子だったとしても、見知らぬ人にはもっと警戒心を持たなきゃ……ね? お兄ちゃん?」
突然の変貌振りに何も言い返せない俺はただ歯を食い縛り、少女の言葉を聞いているだけだった。
そんなの俺を見て、喋ることが出来ないくらい痛がっていると分かったのか、少女はしゃがみ込み、俺の頬に手を添えた。
「痛い? そんなに痛い?」
『たちの悪い悪意』。そんな言葉が相応しい表情で、分かりきったことを聞いてくる。
「……ぐッ……ぅ!」
「お兄ちゃんが私の言うことを素直に聞くから悪いんだよ? 私に関わったからこうなっちゃったんだよ? お兄ちゃん?」
ケラケラと身体を小刻みに震わせた少女は、俺の耳元でゆっくりと囁く。
「君は、そのまま……素通りするべきだった んだよ?」
そして俺の反応に満足したのか、はたまた気まぐれか、少女は囁くとすぐに大通りの方へと走り去っていった。
「じゃあねぇー」
「……っ!? おい!……ま……て!」
必死に呼び止めようと声を出すが、ただ少女が振り返りクスリと笑うだけで、そのまま俺にヒラヒラと手を振り上機嫌で大通りへと消えていく。
悔しいことに、俺はただ少女に舐められてない、涙目になった左目で少女が去っていく姿を見ることしかできなかった。




