第7話 この人より『清楚』って言葉が似合う人いないと思う
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あ〜やっと終わった〜。
嫌いな授業って本当に時間が長く感じるよね。最後の20分は体感2時間くらいに感じた。
帰りのホームルームも終わり、今俺は机に突っ伏して力尽きていた。
授業中は寝れるのに終わった途端眠気吹き飛ぶの、あれなんなんだろうねほんと。
おかげでまだ学校で寝れたことが一度もないんだが。
「お前また喧嘩したのかー?」
「あ?またからかいに来たのかお前」
「からかわないから一旦顔上げろ、机に寝たまま会話をしようとするんじゃねえ」
俺は仕方なく机から顔を上げる。
……なんかこいつにも俺の睡眠を邪魔されてる気がする。
「じゃあなんの用だよ」
「今日部活休みだから一緒に帰ろうぜ」
「無理」
「早えよ即答で断んなよ……じゃあ早く準備してくれ」
瞬とは冗談を言い合う仲(主に俺)なので、大体のことは冗談として受け取る。
けど今回は……
「今日は用があるからガチで無理ぽ」
「げ、まじかガチのヤツか……せっかく一緒に帰れるチャンスだったのに残念だな」
「そうかそれは残念だったなバイバイまた明日」
「おい早く帰らせようとするんじゃねえ、もうちょい粘っても良いだろうが」
「粘り気っていうの? あのベトベト感嫌なんだよねえ」
「遠回しに断ろうとするなコラ」
そう言って瞬は前の席に腰掛ける。
「しかし昇が用事なんて珍しいな」
「俺をなんだと思ってやがる」
「年がら年中暇を持て余した暇人」
「思ったよりだいぶ酷かった」
嘘だろ、俺まだ2ヶ月くらいの相手にその評価下されてるの? どんだけ暇そうに見えてるんだよ……
「で、一体なんの用があるんだ?」
「残念ながらプライバシーの権利により、企業秘密でございます」
「つまり秘密ってことな」
「そういう表現のしかたもあるかもな」
「この表現が一般的なんだが」
おかしいな……人に言いたくないことがあるときはこうやって断ると教わったんだが。
俺が人に言えない用事だと分かった瞬は、先程腰掛けた椅子から立ち上がり、荷物を持つ。
「じゃあ今日は一人寂しく帰るかあ、あー寂しいなあ誰か来てくれないかなあ。チラチラ」
「うわ、自分でチラチラとか言ってるよこの人……」
「俺のボケへの当たりが強すぎるだろ」
瞬はそう言って、笑いながら『また明日な』と言いながら教室を去っていく。
……ふぅ、うるさいのが去ったか。
一緒に帰れないのは心が痛むが、あいつにバレるのは少しまずい。
あいつは俺が本気で嫌がるようなことは絶対にしないが、それはそれとして確実に弄ってくる。
上月の用事もちょっとした事だと思うから、瞬に話さなくても別に大丈夫だろ。
ちなみにあいつは既に教室を出て、図書室にいるらしい。
一応、念の為に10分後に教室を出るように伝えられた。
今はホームルームが終わってから5分経過してるので、あと5分はこの教室に居なければいけない。
あと5分か〜何かするには足りないけど、ただ待つにしても絶妙に長い時間なんだよな……
「ごめんなさい高城君、ちょっと良いですか?」
俺がこの空き時間をどう過ごすか考えていると、横から女子らしき声が聞こえてきた。
俺がそちらを見やると、長い銀髪が特徴の柔らかい雰囲気の女子が俺を見つめていた。
この人はルックスや雰囲気が可愛い上にこの学校じゃあまり見ない銀髪であり、フィクションの世界でしか見ないほど口調が非常に丁寧という、属性が大食い企画で見る丼くらいてんこ盛りで、クラス内で結構目立ってたから覚えてる。
確か名前は…………名前は…………まあ名前は後で聞けばいいよな、うん。
俺は一旦心の中で目の前の人物に謝っておく。
「ん、なんだ?」
俺がそう言うと、周りを気にした様子で一度見渡してから、声を抑えて言う。
「高城君は、上月さんと付き合ってるんですか?」
……いきなり凄いこと聞いてくるなこの子。よく見ると手が震えているし、かなり緊張しているのがこっちにも伝わってくる。
……にしても、何でみんな揃ってそんな勘違いをするのだろうか。この世の未解決問題の一つである。
「違うよ、俺はあいつのこと嫌いだからな」
するとそいつは一瞬、パァッと向日葵のように明るく嬉しそうな顔を浮かべてから、すぐに驚いたように目を見開き、
「え、そうなんですか! いつも仲良くしているので、既に付き合っているのだと……」
「それは全くもって勘違いだ。俺とあいつは犬猿の仲だからな。世界で一番仲が悪いと言っても良い」
「ふふ、そこまで言うのですか?」
「何を言っているんだ、これでもかなり控えめな表現で実際はそんなもんじゃない」
「では、実際の大きさで表すとどれくらいなんですか?」
「それはもう混ぜたら危険の洗剤くらいには仲が悪い、というか相性が悪いね」
俺がそう言うとその子は上品に笑い、
「ふふ、高城君って面白い人ですね」
え、この子面白いの基準低くない?
もし仮に隣人に同じこと言っても、あいつはもはや反応すらしないに決まってる。
……なんかそう思ったら天使みたいに思えてきた。これから天使と呼ばせて頂こう。
ていうか本当に天使なんじゃないか? ほら、なんか後ろに白い羽が見えるし。
「これで面白いと思えるならきっといつか笑い死ぬと思うけど」
「……高城君って変な所で自己評価が低いですよね」
天使はジト目で俺を見つめてくる。
「嘘つけ、俺ほど自己評価が高い人間もそうそういないと思うぞ」
それを聞いた天使はまたクスリと笑って、
「高城君は元々凄い人なので、それでも足りないくらいだと思いますよ」
「……その高評価はありがたく受け取っておく」
と、そこで教室にある時計を見ると約束の時間を指していた。
もう行かなきゃな。
俺はカバンを持って椅子から立ちあがる。
「じゃ、俺は用事があるからもう行く」
「っ……あの!」
俺がそのまま教室を後にしようとすると、後ろから辛うじて声が聞こえてきた。
頑張って張り上げたようだが、その声はとても小さく、周囲の喧騒にかき消されそうなほど脆かった。
「ん、どうしたんだ?」
「……えっと、あの……」
咄嗟に呼び止めたのか、言うべき言葉が出てこないようにしどろもどろになっている。
俺はゆっくりと近づいて身を屈ませてから、
「一回落ち着いて。俺も急ぎじゃないし、ゆっくりで良い」
なるべく安心させるように、笑顔を浮かべてそう言った。
目の前の子は一度目を閉じ、大きく深呼吸をしてから、覚悟を決めたような顔で俺に向かって、
「あの、良かったら私とお友達になってくれませんか?」
俺は予想外の言葉に思わず目を瞬かせる。
お友達? 俺と?
そりゃあ大歓迎であるが、流石にこうなるとちょっと思うことがある。
──────もしかしてこの子俺のこと好きなんじゃ?
だって思うじゃん、今まで話したこともない人からいきなりお友達になりましょうだよ? ちょっとくらい希望を持っても良くない? え、後で後悔する? 知らん知らん。
とりあえず普通に嬉しい申し出なので、快く承諾しよう。
「もちろん良いよ。というかむしろ大歓迎! 俺も君と友達になりたい」
「いいんですか!」
今度は先程の倍の笑みを浮かべて、心から嬉しそうな表情をする。
危ねぇー、良かった喜んでくれて。
「あの、せっかくお友達になったので、その……連絡先を……」
グイグイ来るなあ、これが本当に仲良くしたいだけなのかどうかは残念ながら俺には分からないところだ。
「いいね、連絡先交換しようぜー」
俺は敢えて軽い口調で言う。
「……はい!」
本当に笑顔が似合う子だなあ。正直こうして見るとめっちゃ可愛い。
「あ、でもその前に一つ良い?」
「……?なんでしょうか」
この子が覚悟を決めてくれたのなら、俺も勇気を持って告白するべきだろう。
俺は大きく深呼吸をして、言葉を紡ぐ。
「本当にごめん! クラスの人の名前覚えてなくて……一回君の名前を聞いても良い?」
「え?」
その子は驚いたように口を小さく開けたまま動かない。
やがて少し頬を膨らませたような仕草を見せて、
「同じクラスになってもう2ヶ月も経つのに、名前を覚えてくれていなかったんですか?」
「本当に申し訳ありません、誠に申し訳ありません」
これに関しては全面的に俺が悪いので平謝りするしかない。
2ヶ月経って同じクラスの、それも割と有名な人ほ名前すら認識してないのだ。
お友達になりたい奴から、『名前なんだっけ?』と言われるのは正直俺でも心にくる。
俺が必死に謝っていると、
「大丈夫ですよ。これから仲良くなりましょう」
俺が顔を上げると、その子は慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。この子天使じゃない、女神や。
俺は心の中で両手を掲げ、祈りを捧げる。
ありがたやーありがたやー。
「本当にありがとう。その代わりと言ってはなんだけど、これから目一杯友達として仲良くしよう」
「はい! まずは友達として、仲良くしていきましょう!」
なんかこの子が光り輝いているように見える。
なんて優しい子なんだろう。俺の中の唯一神が決まった瞬間である。
「知っているかもしれないけど、俺の名前は高城昇」
「私は如月結です」
「じゃあこれから如月って呼べば良いよな?」
「……名前で呼んでくれないんですか?」
如月は上目遣いでそう言ってくる。この世の可愛いの頂点が今決まった気がした。
めっっっちゃ断りにくい。だがしかし、名前呼びはどうしても俺にはキツいものがあるのだ。
「ちょっと俺にはハードルが高いかなあ」
すると如月はしょんぼりした様子で俯き、
「残念です……まあ名前で呼び合うのはお互い慣れてきた頃にしましょうか」
呼び合うのは確定なんだ……
というか今更だけど、何でこんなに俺に対する好感度高いんだ? 俺如月に何かしたっけ?
俺がうーんと頭を唸っていると、如月が心配そうな表情を浮かべて、
「あ、すみません! こんなに呼び止めてしまって。時間は大丈夫でしょうか」
「え? ……あ」
時計を見るともう2分はオーバーしていた。本来ならもう集合場所に着いている頃だ。
俺は焦りを見せないように、
「そうだな俺はもう行くわ。 じゃあ如月また明日な!」
如月は一瞬キョトンとした様子で固まった後、満面の笑みを浮かべて、
「はい! また明日会いましょう」
その笑顔を確認した俺は、踵を返して教室を後にするのだった。
あれ、なんか忘れてるような……