第6話 ペアワーク2
そう、俺とこいつはこんなんでも成績上位者なのだ。具体的に言えば前回のテストでは俺が5位で、こいつは一位。というか唯一の満点である。
2位が85点だったので大差をつけてのトップだ。
この学校は偏差値が高く、それに伴って定期テストもかなりの難易度となっているため、平均点は40点ちょっとだったはずだ。
定期テストに向けて勉強していない人は、余裕で赤点を取ることになり、今回のテストでは学年の3分の1がボーダーの30点を下回ったとか。
「そろそろみんな読み終えたかしら〜?」
教壇の前に戻った先生が生徒に問いかける。
結局英文全然読まずに終わったな……まあ、ただ面倒くさいだけだから良いんだけど。
それはそうと……
俺はそいつの近くに顔を近づけて、ヒソヒソ声で喋りかける。
「とりあえず怒ってないならいつも通りにしてくれ」
「……そうね、分かったわ」
まじで今日のこいつはやりずらかったからな。これでこの後の授業はだいぶマシになるはずだ。
俺は近づけた顔を戻し前を向く。
「ふぅぅいぃぃぃ」
しまった、気が抜けて変な声が出てきた。
一旦解決したと思うと、安堵感が一気に込み上げてくる。
まだ授業は残っているが、今までの絶望感に比べれば楽勝すぎる。
「まだ授業中よ。そんな気の抜ける声出さないで」
……前言撤回。ウザさに関して言えばこっちの方が圧倒的に上だわ。
というかやっぱこいつの切り替えの早さおかしいだろ……もういつも通りのこいつに戻ってるし。
「これが無くなれば普通に良い奴なんだけどなあ……」
「なんか言った?」
「いつものウザさが戻ってきて良かったなって言っただけだ」
「あらそう、なら残りの授業もしっかり噛み締めるといいわよ」
「わー、夏の暖房くらい役に立つアドバイスをどうもありがとー」
「どういたしまして、あなたもせめて冬の冷房くらいには役に立てるようにした方が良いわよ」
そんな会話を繰り広げ、俺たちは先生の授業に耳を傾ける。
「まず、最初の文は──────」
どうやら今読んだ英文の解説に入ったらしい。
先生がそうやって解説している間に、俺は先程読みきれ無かった英文に目を通す。
ふむふむなるほど……へぇ〜こういう内容だったのか。
どうやらインターネットの危険性について記されているみたいだ。
なんかこういうのってちゃんと内容が理解できれば案外面白いんだよな。まあ何度も読むと流石に飽きるんだけど。
学校の授業だと同じ内容を5回くらい読まされる。
理解できていない人も何度も読めば理解できるようになるからなんだろうが、普通に面倒くさい。特にペアワークでやらせてくるところとか。
「じゃあこの部分をペアで話し合って〜」
ほら来た、噂をすればなんとやら。
通算5回目のペアワーク。ちなみにこれでも少ない方で、多いときは1時間で15回くらいやらせてくる。
これは4分に1回ペアワークをやっていることになり、授業の半分は隣の人とのコミュニケーションに費やしている。
これで隣の人と仲良くなれるね!HAHAHA
もうね、この回数を計測しているときもはや笑いそうになったもんね。
先生はとりあえず話し合えば何とかなると思っているのだろうか、だとしても1つの授業で15回は頭おかしいと思う。
しかもペアワークの時間も絶妙に長く、大体45秒くらい時間が余るんだよな。
話すことなくなったのに何か話さなきゃいけない気がして、毎回残りの時間は殆どのペアが気まずい雰囲気で過ごしている。
……気づけよ! なんで誰も話さなくなったのにタイマー止めないんだよ! その耳は飾りなのか? 聞こえてたとしたら臨機応変に対応しろや!
ふぅ〜……危ない危ない。ちょっと取り乱してしまった。あの先生を思い出すと最近胃がムカムカしてくるんだよな。考えないようにしようそうしよう。
「あなた先生の話聞いてるの?」
考え事をしてると隣から声が聞こえてきた。
「聞いてる聞いてる。めっちゃ聞いてるよ」
「そう、だったら少しはこっちに身体を傾けたらどうかしら」
こちらを向いて鋭い目線を俺に送りながら、そいつは言う。
「……だって面倒くさいし」
「面倒臭くてもやるの。先生に言われたんだから」
「自由権を持って却下します」
「公共の福祉で無効よ」
「くっ……権利というのはこんなにも脆いものなのか……」
「あなたが使い所を間違えてるだけでしょ……」
「権利というのはこういう時に使うものだろ」
「あなたのワガママに使われる権利も可哀想ね」
「なんだとコラ。……というか俺とお前が話し合う必要ないだろ」
何度も言うが俺とこいつは英語がかなりできる方なのだ。
さっき先生に言われたところだって、もうお互い完璧に理解できている。
ゆえに俺はペアワークの撤廃を求む。そうだデモを起こそう、ペアワークはんたーい。
「はぁ……分かったわ」
「ふっ……やっとこの高尚な考えを理解したか」
「……そうね、あなたが自分の答えに自信が無いということはよく分かったわ」
「上等だオラ、答え合わせと行こうじゃねえか」
こいつに英語で勝てる気はしないと言ったが、売られた喧嘩は買って倍にして売りつけるのが俺である。
例え見え透いた挑発だとしても、煽られたまま黙っている訳にはいかないのだ。
「……最初からそうすればいいのに」
「なんか言ったか?」
「いえなんでも。それよりこの英文の文法だったわよね、答えをすり合わせましょうか」
俺たちは先生に言われた部分の文法を、細かいところまで完璧に解剖する。
ていうかこれ──────
「……やっぱり意味ないでしょこのペアワーク。ただ同じことを言いあっただけで、もはやリピートアフターミーしてるだけだって。俺たちはそれぞれでやっとけば良いんじゃないのか?」
「……意味ならあるわよ」
「例えば?」
「……」
そいつは沈黙する。
「やっばないじゃん」
「っ……それでもペアなんだから話し合うくらいした方が良いでしょ」
「なんでだよ、ペアだからって意味がなければやらなくても良いだろ」
「あーもうごちゃごちゃうるさいわね。 そんなのちょっとやって直ぐに終われば良いじゃない」
「だってそれ終わった後なんか気まずいだろ」
「なんでそんなこと一々気にするのよ……別に終わったら終わったで別のこと話せばいいじゃない 」
「なんで終わった後も話さなきゃいけないんだよ! 終わったらそれぞれ自習でもなんでもしてれば良いだろ」
「……これからあなた『なんで』禁止ね、二度と使わないで。あと『だって』も禁止」
「ちょっと待てお前だって使ってただろ! 俺だけ禁止にすんじゃねえ」
「あなたは使いすぎなのよ。なんでもかんでも疑問で返す人は嫌われるわよ」
「別にお前にしか使わないから安心しろ。これからも一生言ってやるからな覚悟しやがれこの野郎」
「……」
俺がそう言うと、突然隣人は黙りこくってそっぽを向く。
「おいどうした急に、急にお腹でも痛くなったか?」
「……発言には、気をつけなさい」
そいつはそっぼを向いたまま、少し震えた声でそう言う。
え、こいつ本当にお腹痛いのか? また顔赤いし。いやでも痛そうには見えないんだよな。
「ほんとに大丈夫かー?」
そいつは俺の言葉に答えず黙って前を向く。
その顔色は悪い様には見えない。体調不良じゃないのか?
なんなんだ一体……さっきまであれだけ喧嘩腰だったのに急に大人しくなるとか。
その様子を見ていると、自然とさっきまで湧いていた感情が霧散していく。
……こいつ見てたらなんか俺も冷静になってきたな。
頭が冷えると、さっきまで気にも止めてなかった周囲の様子が認識できるようになった。
皆こっちを見ていた。
うわーまたやった。最悪だあとでめっちゃ弄られるやつだこれ。
そう、俺とこいつがこの英語の時間に言い合いすることはこれで4度目くらいであり、この回数まで行くと、周囲の人間は愚か先生さえまたやってるよみたいな目で見てくるようになる。
「あらあら、また二人で喧嘩しちゃって〜」
教室にくすくす笑う声が響き渡る。
普通の先生は怒るか止めるかするはずだが、この先生は全く普通ではないので、ただ傍観して眺めた上で弄ってくる。本当に意味が分からない。
ちょっとくらい止めろよ、あんた仮にも教師やってんなら、せめて見てないで自分の授業進めやがれ。おかげで皆こっち見てくんだよ、まあ俺たちのせいなんだけどさあ!
4回目ともなると、クラスメイトにこの後詰められるところまで予測できる。速攻で教室出て行ってやる。
周りをよく見ると、瞬もにやけ顔でこっちを見ていた。
……なんかウザイから後で肩パンしておこう。
ふと隣を見ると、そいつと目が合った。そしてすぐに逸らされた。
「はぁ〜」
俺は小さく深いため息をついた。
今日はこれに限らずイベントが多すぎる。数学に始まり今の英語の時間と、いつもの日常は何処へやら、ずっとなんか起きてる気がする。
……なんかそう考えると眠くなってきたな。
そういえば今は5時間目か。いつもならとっくに睡魔に襲われてるが、色々あって眠気がくる暇もなかったからな……その分が溜まっていたのか、とても眠い。
よし、もうこのまま寝よ。どうせ今変に注目浴びてるし、このままこの後の授業受けるのも面倒くさい。
このまま寝ても、この先生は結果さえ出していれば良い主義なので許してくれる。
ていうかまじで眠すぎる……
そう思った俺は机に突っ伏して、睡眠の体制に入る。
「……」
あーやばい、ほんとにねむい。
「……」
もう……ねる……おやすみ………………ブフォ!
俺が夢の世界へレッツゴーする直前に、突然腕の下から強い衝撃がきた。
咄嗟に隣人を見ると、そいつがとても不機嫌そうなオーラを醸し出した状態で、両足をこちらに向けているのに気づいた。
どうやら机を下から思いっきり蹴り上げたようだ。
……忘れていた、そうだ隣にはこいつがいた。
今までも睡眠を試みたことは何度もあったが、ただの一度も成功しなかった。
その理由は、ひとえにこいつが俺の睡眠を妨害してくるからだ。
こいつは俺が睡魔に負けたのを見るや否やあらゆる方法で俺を起こしてくる。
芯を出したシャーペンで腕を刺してきたり、時には耳元で爆発の音源を流してきたこともあった。
俺がこいつが嫌いな理由は睡眠を妨害してくるからというのもある。
今日は色々あったのと、極限の睡魔で忘れていたが、こいつがいる限り俺は授業中に眠ることはできないのだ。
「私の隣で授業中堂々と眠るとはいい度胸ね」
「この野郎……やりやがったな……」
くっそ、今完全に寝る直前だったのに! あのまま寝れたら、そのまま放課後に誰も居ない教室で起きて『やべ、寝すぎた』の流れだったじゃん!
「授業中に寝る方がいけないでしょ」
「それはそうだけどね!」
授業中に居眠りする俺が悪いのだが、それでも寝たかったのだ。あのまま睡魔に引きずり込まれたかったなあ。
「どっちにしろもう目は覚めたみたいだから良かったわ」
「おうそうだなお前のおかげでおめめパッチリだよ。お前のおかげでな」
皮肉たっぷりの言葉をそいつに送る。
「そう、感謝してくれても良いのよ?」
どうやら俺の皮肉は届いていないらしく、そいつは勝ち誇った顔を浮かべる
「アリガトー、感謝の印として明日寝てる時に足の指がつる呪いかけとくね」
俺が心の中で祈っていると、
「相変わらず仲良いなあ」
クラスの何処かからかそんな声が聞こえてくる。
俺とこいつが喧嘩していると、だんだんと周りから仲が良いと言われるようになってしまったのだ。
俺としては全くもって心外である。喧嘩するほど仲が良いというが、俺とこいつほどの例外は中々ないと思う。
「……」
そいつはこちらを見てほんの僅かに笑みを浮かべている。
どうやら俺の睡眠を妨害できたことにご満悦らしい。
こいつの言っていることは正論なのだが、時々それを俺の嫌がることをするために使うのがタチが悪い。
先生、嫌いな人間をいじめるの良くないと思います!
ちなみに今前に立っている先生は、以前にも似たようなことがあった時に『青春だわあ』と言っていた。
脳みそ腐ってんのか。
俺は隣で愉悦に浸ってるそいつを見ていつも思う、こいつ絶対Sの才能あると思う。人いじめるの好きだってこの人。
「は〜いじゃあ続きやってくわよ〜」
俺は隣のそいつを睨みつけてから授業に戻る。
……というかあと20分もあるの? 俺の体感では5時間は経ってるはずなんだが。
俺は目の前の現実に打ちひしがれ、残りの授業を受けるのだった。