第4話 やり過ぎ注意
◇
あ〜楽しかった。
4時間目の物理が終わる。俺は今まで言われてきた小言の分を全て返すかのように、隣の住人をいじめ倒した。
ちなみに物理もペアワークがなく、俺の好きな授業3位に入っている。歴史との差は授業の質である。
この人頭頂部だけが禿げているのが特徴な、ご高齢の先生なんだが、ボケてるのか同じこと何回も言うんだよな……。
基本話してるだけだから過ごしやすくはあるんだが、授業を聞いている人は殆どいないほどには、授業自体の面白さは全くない。
この人は騒がしくても気にしないタイプの先生であり、授業中はときどき、陽キャたちが普通に話してたりする。
「結局何やるか決まらなかったなー」
「……あなたに決める気があったとは思えなかったけど」
「気のせいだよ?俺めっちゃ決める気あったよ?」
ないです。ただ反応を見て遊んでました。
……だって面白いんだもん。俺が『逆立ちで帰らせるか』って呟いたら、横で驚くほど絶望に満ちた表情をしているもんだから、なんか止められなくなったよね。
正直途中で可哀想に思えて、止めることも検討したが、よく考えたらこいつが言い出したことだし、そもそもその時点で俺の口はブレーキが効かなくなっていた。
今なら交通事故を起こした人が『ブレーキが効かなかったんだ』という供述をする気持ちが分かる気がする。
「……はぁ」
そいつはため息をついて席を立ち、教室を出ていった。
まあ流石にやり過ぎたから、後で謝ろう。
これであいつに対する命令権が無くなってしまうが仕方ない。どうしても止められなかったんです……
「お前えげつないな」
そう言って、瞬は俺に話しかけてくる。
「まあ、やりすぎたとは思ってる」
「あの上月が涙目になってたもんな。男子が密かにお前のこと拝んでたぞ」
「やべえ奴らだな」
「お前が言うな」
「何を言っている、俺はちょっと意地悪をし過ぎただけだ」
「あの上月をあそこまで弄べるのもお前くらいだろ。やっぱり……」
「断固反対」
「……まだなんも言ってねえじゃん」
「お前の考えてることなんて手に取るように分かるからな。どうせ『やっぱお似合いだろお前ら付き合っちゃえよ』とか言うつもりだったろ?」
「でもお前ら相性バッチリじゃん」
瞬はいつも恋バナするときと同じように、顔を近づけて周りに聞こえないように囁く。
俺も同じように囁き声で、
「は?お前、一回転生して眼科行ってこいよ」
「なんで一回殺すんだよ……というか、お前がその気じゃなくても、上月さんはお前といる時が一番感情表現が豊かに見えるぞ」
「そうかあ?」
俺は一度思い返してみる。……確かに俺に小言を言うとき、いつも少し笑ってたような気がする。
だとしたら、俺を馬鹿にして笑ってるんじゃないだろうか。『こんなこともできないの?』というあいつの声が聞こえてくる。
「確かによく笑ってたかもな、俺を馬鹿にして」
「相変わらず変なときにネガティブな奴だなあ」
「俺は至って正常だが?」
別に普通に考えた結果だと思うが。
まあ、自分のことは自分じゃよく分からないとも言うし、他の人からも同じようなことを言われた記憶があるので、きっと瞬が正しいのだろう。
これでもポジティブを心掛けてるつもりなんだけど……
「よく言うぜ、さっきあのアイドル様をいじめてたくせに」
「……というか、お似合い度で言えばお前の方が高いんじゃないか?」
「俺と上月が?なんでまた」
「どっちも学校が誇る美男美女で中身以外は完璧。これ以上無いほど共通点に溢れてるじゃないか」
「中身以外は余計だっつうの……俺と上月は合わねえよ」
「なんでそう思うんだ?共通点も多いのに」
「……共通点のあるなしで人との相性は決まんねえの」
瞬はどこか遠くを見つめて言う。やべ、地雷踏んだか。こいつ意外と多いからな……
俺は流れを変えようと、一旦次の授業で使う教材を取り出すため、自分のロッカーへと向かう。
「……」
「……あ」
そこで、丁度教室に戻ってきたそいつが目の前に現れる。
おっと気のせいか?なんかいつもより数段怖い顔してるように見えるんだが……。
やっぱり早めに謝っておくべきか。
俺がそいつに謝ろうと口を開く前に、目の前のそいつは言った。
「今日の放課後、少し良いかしら」
ちょっと今のこいつと放課後も一緒にいるのは精神的に厳しい。適当に断っておこう。
「いや〜ちょっと家でゲームするのにめっちゃ忙し……あーうそうそめっちゃ暇!めっちゃ空いてるよ!」
うわなんかめっちゃ圧力あるんだけど。思わず咄嗟に、俺の中の防衛本能も肯定に舵を切ってしまった。
山内先生程ではないが、凄まじい無言の圧力が身体中に伝わって来る。
やっぱさっきの怒ってますよねー。
「……」
そいつは無言で席に座った。
んーこれはまずい。どれくらいまずいかと言ったら、間違えて下着のまま外に出たときくらいまずい。
まじであの時は焦った、誰もいなくて良かったほんとに。いたらもう近所の人に顔見せできなくなるところだった。
……とにかく今は謝罪をしなければ。
「あのーさっきのは──」
「言いたいことがあるなら後で言ってくれないかしら」
「……はい」
おい、まずいとか言ってた奴誰だよ。これアウトよりのアウトじゃねえか。
てかどうするこれ……とりあえず一旦放課後を待つしかないか。今の状態のこいつに話しかけるとか、あまりにも自殺行為だしな。
……つーかあいつ(瞬)いつの間にかいなくなってやがる。
なんか最近の車並に危険察知能力あるんだよなあいつ。
俺は次の教科に使うものを取り、席に着く。
───そうして、5時間目の開始を告げるチャイムが鳴る。
今日最後の授業は英語コミュニケーション。『コミュニケーション』と名前に付いているように、他と比べてもペアワークが特段多い教科だ。
俺が嫌いな教科第2位であり、ペアワークが比較的少ない月曜日の日程を俺が好きになれない理由が、この教科に詰まっている。
……あれ、これから俺この教科こいつと受けるの?
次はなんやかんややってなかったペアワーク回です。