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第3話 なんかイベント多くない?



俺は今、職員室から教室に戻ろうと、廊下を歩いている。

現在昼休みなのだが、結局俺は山内先生にたっぷりと叱られ、気づけばその昼休みも終わりが近づいていた。


授業中のあの人は最初から全て分かっていたようだった。

だから俺が自分から自白したことを、少し考慮に入れてくれないなあと、そんな淡い希望を抱いて職員室に向かったのだが……まあ、うん、そんな現実は甘くないよねって。

あの人、無言の圧がすごいんだよな。ほんと、何回涙が溢れ出しそうになったか。


俺がそうやって生を実感していると、


「わっ」


「うおわああ!」


俺は急に声をかけられ、驚きのあまり変な声を上げてしまう。


「あはは、驚きすぎでしょ!」


「お前が気配消して忍び寄るからだろ!」


俺を驚かせてきたそいつは大笑いする。悪魔かな?まじで心臓に悪いからやめて欲しい。あの瞬間俺の心臓ギュンってなったんだが。


「まったく、何しに来たんだ陽菜乃(ひなの)


俺が陽菜乃と読んだそいつはひとしきり笑ったあと、目元を拭ってから言う。


「いや〜職員室から出て行くのが見えたから、気になって追いかけたんだけど、声かけても全然気づかないから……」


そいつは俺を見て、笑いが込み上げて来る様子で、


「試しに驚かせて見たら、思った以上に驚いて……っくふふ」


「お前、まじで死ぬかと思ったんだからな」


俺がそう言うと、笑いが堪えきれなくなったのかまた大笑いをする。

俺は目の前のこいつにため息をつく。


(しずく) 陽菜乃(ひなの)。金髪ポニーテールが特徴の俺と同じ高校1年生。美少女である。

金髪と聞くとギャルを思い浮かぶが、こいつの外見は髪色以外は落ち着いており、ピアス等の装飾品を身に着けてもいない。


しかし内面はゴリゴリの陽キャであり、コミュ力も高いので人望が厚い。

彼女の周りにはいつも多くの人間が集まっている。要はカーストトップに居座っている人間なのだ。


ちなみに、陽菜乃は背が低い上にいつもテンションが高く、ぴょんぴょんと可愛く跳ねている印象を周りの人から持たれており、男女問わずマスコット的な人気を博している。


俺とは違うクラスであり、本来なら関わることは無いのだが……


「まあまあ、同じ委員会のよしみで許してよ」


「末代まで呪ってやる」


「そんなに!?」


そう、こいつと俺は同じ委員会なのだ。

過去に委員会の集まりがあったんだが、そのときに色々あり仲良くなって、それ以来こうやって見かけると声を掛け合うようになった。


「陽菜乃はなんでここにいるんだ?」


「私は部活関係で先生に用事があってねー」


「あーなるほどな」


陽菜乃は軽音楽部に所属しており、最近バンドを組んだそうだ。確かベースと言っていたが、どれくらい上手いかは知らん。今度見に行きたいなあ。


「ていうか、昇こそどうしたの?部活は入っていなんでしょ?」


ちなみに呼び方については、初めて会った委員会で自己紹介したときに『昇って呼んで良い?』と早くも名前呼びをしてきた。

俺はこれが陽キャかと戦慄し、その姿が酷く輝いて見えていたのを覚えている。


俺もそのときに『名前で呼んで良いよ(きらーん)』と言われたが、展開が急すぎて返答に困った末に『ありがと』とよく分からない返事をしてしまった。

俺はこの出来事を黒歴史リストに入れて生涯封印しようとしたが、容量が満タンだったのであえなくその案は没となった。


「俺は山内先生に怒られてきた」


「え!あの山内先生に!?」


陽菜乃はとても驚いた様子を見せる。

山内先生は、鬼教師の名で轟いているからまあ無理もない。

授業を担当していないクラスの人間も、その名を聞くと恐れ戦くらしい。魔王かな?もはや教師という枠組みを超えた別のカテゴリーに入っているだろ。


「いやー教科書忘れたのを隠し通そうとしたら見つかって……」


「あーそれはあの人めちゃくちゃ怒ったでしょ」


「もうね、無言。ずっと黙ってて、30秒に1回位のペースで喋るの。正直恐怖でしか無かった。無言の圧力というものが、どんなものかを身に染みて体感したね。」


「うわ〜想像しただけで鳥肌が立ってきたよ」


そんな話をしていると、陽菜乃のクラスに辿り着く。

俺のクラスは7組、陽菜乃のクラスは1組なので一番遠い位置関係となっている。


「じゃじゃ、またねー!」


そう言って陽菜乃は元気よく手を振り、教室の中へ入っていく。うわ、すぐに友達に囲まれてるよ……陽キャ怖い……



そうして、俺も自分のクラスに向かって廊下を歩いていると、廊下で誰かを待っているように佇んでいる隣の席のあいつがいた。

……本当に黙っていればめっちゃ綺麗だし可愛いのに、俺に対する小言の多さと厄介さが天元突破してんだよなあ。


「少し良いかしら」


……誰かあいつから声をかけられたようだ。誰なのか俺には全く分からないが、まあどんまい!

俺は無関係の赤の他人なので、このまま早歩きでさっさと去ろうそうしよう。


「ちょっと無視しないでよ」


どうやら気づかれたらしい。何故だ、俺の考えた完璧な作戦だったと言うのに。

俺は仕方なくそいつに応対する。


「ゴメンゴメンキヅカナカッタヨー」


「……その白々しい棒読みやめてくれるかしら」


「ソンナコトナイヨーフツウダヨー」


「……」


そいつは俺に冷たい瞳を向ける。


「ドウシテソンナメヲスルンダヨー」


「……」


そいつは気味の悪い笑みで近づいてくる。

あれなんか拳を振り上げてる気が……


「……まあ冗談はこのくらいにしといてやろう」


「そう……命拾いしたわね」


その拳で俺に何する気だったんだよこいつ。

学校を卒業する前に、先にこいつの手でこの世から卒業させられるんじゃないか?


「で、俺に何のようなんだ?俺は今、ものすごく腹が減ってるから手短にな」


「……まあそんな長い時間を取らせるつもりじゃないわ」


「……」


「……何よ」


「いや、やけに大人しいなと思って」


「……っ別にいいでしょ、そんな日もあるのよ」


そいつは間が悪そうに視線を彷徨わせる。

おかしい、いつもは出会った瞬間に睨んできて、目と目が合った瞬間に小言を言ってくる、あのボールを投げてゲットだぜ! で有名なあの世界のトレーナーもびっくりな闘争本能を持ちなこいつが、未だに何も言ってこないなんて……。


……あーさてはこいつ、さっきの事に負い目を感じてるのか?

さっき手紙で気にするなという旨を伝えて、こいつもそれを理解したと思ってたんだけど……

つーかこいつなんも悪くないし。


「さっきのことなら俺が悪いんだから、お前が謝る必要はないだろ」


「っそれでもよ、私が余計な事をしたせいであなたが怒られたんだから……だから、ごめんなさい」


どうしても一度謝らないと気が済まないようだ。

こいつ、自分にかなり厳しいとこあるからな……


「……分かったよ、その謝罪は受け取って置こう」


これは俺の持論だが、謝罪や感謝は素直に受け取っておくべきだと思う。

本人がしたいなら無理に止める必要はないし、素直に受け取っておけば、お互いに気持ち良くその場を終えることができる。

そこで意地を張るのは、お互いに気まずくなるだけだ。


「じゃあ貸一でいいよな?」


俺はそいつが口を開く前に続ける。


「……それとこれとは別の話じゃない?」


「いいや同じだね。謝ったってことは『あなたに一生服従します』って言ってるのと同じだ」

「そんな訳ないでしょ」


秒でそいつに否定された。おかしいな、謝罪って奴隷宣言って意味じゃなかったっけ。


「……まあ、とりあえず今度ジュース奢ってくれるということで」


俺はそう言って会話を切り、教室へ戻ろうとする。


「……そんなことで良いの?」


俺は思わず2度見した。

え? 今こいつなんて言った?

俺は『奢るわけないでしょ』を想像してたのに、まさか『もっと高いレベルの要求を呑んでもいいわよ』が飛んでくるとは……。

まじで本当に今日こいつどうしたんだ?いつもの100倍くらい俺に甘いんだけど。糖分取り過ぎて俺死んじゃうよ?


そう思いながらそいつを見てると、俺はあることに気づいた。

なんか目に煽りを感じる……ていうかこいつちょっと顔がニヤけてんじゃねえか!

俺には分かった。これは俺を小馬鹿にしている笑みだ。

どうやら甘々フェーズはいつの間にか終わって、今度こそいつもの調子に戻ったようだ。


それを理解した俺は、挑発に乗る以外の選択肢を即座にポイ捨て、戦闘モードに切り替える。


「ほう?もっと凄い要求でも良いんだな?」


「っ……全然良いわよ。あなたに貸しを作るのも嫌だしね」


おいこいつ、後に引けなくなってんじゃねえか。良いのかお前はそれで……。案外こいつ、いつか悪い奴に騙されるんじゃないか?

まあだからと言って、ここで手を緩めるなんてそんなバケツプリン見たいな甘さはあいにく持ち合わせていない。


「言ったな、後悔すんなよ?」


俺はそいつに圧をかけて詰め寄る。

さあ選べ、プライドを捨ててここで止めるか、このまま意地を張り通すか。


「ええもちろん。貴方なんかにそんな命令ができたらの話だけどね」


「よし決めた、どんな謝り方をしても絶対に許さないからな! あーあ、もしお前が怖気付いて謝ったら、宇宙一寛大な心で許してやったのに 」


「ふん、私が怖気付くわけないじゃない。あなたごときに」


「へぇーそっかそっか、なるほどね〜。じゃあ俺があんな要求やこんな要求しても大丈夫ってことだよな?」


「っ……あ、当たり前じゃない。どんな要求でも私は受けて立つわ!」


「よし言ったな!お前が泣いて許しを乞うても絶対にやらせるからな!」


そのタイミングで丁度よくチャイムが鳴った。

4時間目が開始する5分前だ。


ふと周りを見やると、多くの人間が俺たちの周りに集まっているのに気づいた。


「またあの2人喧嘩してるの?」


「なんか上月さんが高城君の言うことなんでも聞くらしいよ」


「いいなあ、俺もお願いしたらやってくれないなあ」


「やめとけ、あれはあいつだからできるんだ」


ザワザワと、俺たちのことを話しているのが聞こえてくる。

なるほど、廊下であれだけ騒いでたらそりゃ目立つわな……ていうかそれにしても多くね? なんかざっと見た感じでも30人以上いるんだが。

え、俺たちこんな人いる中で言い合いしてたの?めっちゃ恥ずかしいんだけど。

俺は冷えてきた頭で現状を認識したことで、内心恥ずかしさで悶え苦しんでいたが、そこでピカーんと、俺の頭の上にあるLED電球が光った。


待てよ……? これは逆にチャンスじゃないか?

こんな大勢のギャラリーがいるんだ。『やっぱできませんでした』となればこいつらが黙っていない。

野次馬なんて、面白いものが見たくて集まっている連中なんだから、きっとあいつらは命令を遂行しない限り、1ヶ月くらいは話題にしてくる。

つまりここにいる30人以上の人間が証人となって、この騒動を最後まで見届けようとしている。


「じゃ、そろそろ授業始まるし戻ろうぜ!」


「っ……そうね」


俺は勝ちを確信し、テンションが最高潮となった。

今なら隣のこいつにどんなことを言われたって、何も痛くない気がする。気分はさなさがらスター。どちらの意味かはご想像にお任せする。


俺は頭の中で無敵BGMを流しながら必要な教材を用意して、上機嫌に自分の席へ座った。

対する隣の住人はと言うと、自分の過ちを理解したのか、顔色があまり優れていない様子だ。

まあ流石に今日はここまでに──────


「あれれ〜どうしたのかな〜?なんでそんな浮かない顔してるの〜?」


するわけないよなあ!こんな絶好の機会を逃すなんて馬鹿のすること。俺はここで今までの鬱憤を晴らすのだ!


「……っ〜〜〜!」


隣のそいつは、悔しそうに歯噛みする。心無しか涙目になっているようだ。


今日はイベントが多くいつもより疲れたが、こいつの顔を見ると、それを全て吹き飛ばす爽快感が得られる。色々あったけど最高だったな今日。ガハハ!


そうしてその授業の間は、珍しく俺がそいつに攻撃を浴びせ続け、俺は上機嫌のまま授業を終えるのだった。



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