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第2話 数学の時間にて


俺はどうしようかと頭を悩ませていた。これは非常に由々しき問題だ。

数学の教材が一つも無い!


先程隣の誰かさんが、チャイムが鳴る直前で教えてきやがったせいで、俺は数学の教材をロッカーの中にしまったままなのだ。

ちなみにその誰かさんは、現在周りに気づかれないように、笑いを堪えている。くそがよお!


今までも教材をロッカーに置いたままにしたことはあったが、先生にバレないようにコソッとロッカーから取り出していた。


今回もそうすれば良いじゃんって?

……俺は前で授業を行っている教師を見やる。

生徒から、山内先生と呼ばれている女教師で、いつも身につけている眼鏡が特徴。巷の噂によれば、誰もその眼鏡を外した姿を見た事がないという。

また、学校一厳しい先生としても有名で、今までに泣かせてきた生徒の数は数え切れないほどいるとか。


そんな鬼教師の前で、こっそり席を離れたのがバレてみろ、その瞬間俺も数ある屍の仲間入りだ。


まあこんな状況なので、無闇に教科書を取りに行けないのだ。

だが、いつまでもこのままでいる訳にはいかない。このままでは、教科書を持っていないことが鬼教師にバレ、俺は地獄行きだ。


俺がどうしようかと頭をフル回転させていると、隣の席から紙が渡される。

それは上月からのものだ。数学の授業では私語=死なので、こうして俺に伝えたいことを紙にして渡してくる。

こんなときに小言かよ、と思いながらその紙を開けると、そこには信じられない文字があった。


『教科書代わりに取ってあげましょうか?』


俺は恐怖で手を震わす。

嘘だ、上月がこんな親切を俺に働くなんて、ありえない、あるはずがない。

明日は空から肉じゃがでも降って来るんじゃないだろうか。そうだったらいいなあ(小並感)。


俺がそうやって、目の前で起こっている現実を信じられないでいると、隣のそいつは不満気な瞳でこちらを見てくる。

まるで、『悪い?私が親切にしちゃ』と言っているかのようだ。

確かに、俺のロッカーは上月の真後ろなので、座りながらでも取れる。音を立てずに教材を取り出すことなんて造作もないだろう。


俺は常備してある小型の紙を筆箱から取り出し、それにメッセージを書いて隣に渡す。書いた内容はこうだ。


『嫌に親切だな、裏があるのか?』


そう、俺はこのハイスペックの脳を活かして、考えに考え抜いた結果、ある一つの可能性に辿り着いた。


──────まさか、この恩を使って俺に貸しを作ることで、今まで以上に俺をいじめようと思っているのか?


この可能性しかない、そう確信した俺は、先程の内容を紙に書いて伝えた。

決してこいつに頼み込むのが嫌とかそういう理由ではない。

強いて言うなら、俺にも尊厳というものがあり、それを簡単に捨てるほど愚かではないと言うだけの話だ。


俺が渡したその紙の中身を確認したそいつは、はぁ、とわざとらしいため息をつき、紙に何かを書いて、俺の机に置く。


『あっそ、あなたがそう思うなら、私は手を貸さないでおいてあげる』


こいつ!俺が猫の手も借りたい状況なのをわかった上でやってやがる。

まるで、『頼みたいならそれ相応の態度を示す事ね』と言われているようだ。


これは究極の選択だ。おそらく、授業の進行度的に、タイムリミットまであと2分もないだろう。

教科書がないことを先生にバレたら終わりだ……かといって、今隣でニヤニヤと俺を見ているこいつに頭を下げるのは絶対に嫌だ。


くそ、迷っている時間は無い。

選べ、高城昇。尊厳か、死か──────


『すみませんでした貸してくださいお願いします』


俺は背に腹は代えられないと、断腸の思いでこいつに頭を下げる。


くっそ、元はと言えば俺が悪いとは言え、こいつに頭を下げることになるとは。先祖まで語り継ぐ汚点だ。


そいつはその紙の内容と、俺が小さく下げている頭に満足したのか、俺のロッカーに手を伸ばそうとするが、


「そこ、さっきから何をやっている!」


見つかった。俺らは揃って硬直して、固まっていた。不味いと思い、何か言葉を出そうとするが、上手く出てこない。すると、先生が俺の机の上を見て、


「……おい高城、お前教科書はどうした?」


オワタ。どうやら人生終了のお知らせのようだ。今の心情を顔にするとこんな感じ、\(^ω^)/


「先生、少しよろしいでしょうか。」


俺が絶望して脳内で顔芸してると、そんな声が教室に響き渡る。その人物は、いつも俺に小言を言ってくる奴だった。


「なんだ上月」


その言葉を聞いた上月は、一度深く息を吐いてから、言葉を紡ぐ。


「私が無理を言って、高城君に教科書を貸して貰っていたんです。なので、教科書を忘れたのは彼じゃなく私です」


……なんで庇ってきやがったこいつ。教科書がないのは、元々俺が忘れたのが悪いのであって、お前が庇う必要はないだろ。


「……ほう、つまりお前は教科書を忘れ、それを隠した上に、隣の高城に迷惑をかけたと、そういう事でいいんだな?」


山内先生は一瞬こちらを一瞥した後、上月へとその鋭い視線を戻す。

……ここで動けなきゃ、俺はとんだクズ野郎に成り下がるというわけか。


正直、山内先生にキレられるのは考えただけで震えが止まらなくなるが、ここで黙って見てるのはなんか違う。


「あ〜もういいや」


俺は敢えてだるそうに、そう言いながら立ち上がる。

クラス中の奴が、突然の出来事に目を点にしているのが見えた。

隣の奴に至っては意味がわからないといった様子で困惑している。『なんで?』そんな言葉が顔に書いてある。

山内先生だけは驚いた様子がなく、分かっていたかのように俺の目を見据える。


俺の身体をその鋭い目線が貫いているのを感じながら、緊張を表に出さないように、その目を真っ直ぐ見つめて堂々と言葉を吐き出す。


「庇って貰うように言ったけど、なんか面倒臭いことになったし白状しまーす、教科書を忘れたので隣の人に見せて貰って良いですかー?」


俺は軽く、悪気が無さそうな声音で言う。

しばらくクラスは静寂に包まれていたが、その静寂を刃物のような鋭い声が破る。


「そうか、高城は後で職員室へ来い。いいな?」


「はーい」


俺がそう答えるのを確認すると、先生は見に纏わせた怒りのオーラを一時霧散させて、


「それじゃあ授業に戻る」


そう言って、授業を再開した。

俺は周囲からの視線をヒシヒシと感じながら、席に座りため息をつく。何とかなったな。

俺の信用は山内先生にとって、上月とは雲泥の差だったらしい。思ったよりすぐに俺の言葉を信じてくれた。


隣の席を見ると、困惑半分、不機嫌半分といった表情を浮かべた上月が俺を見ていた。

俺はそんな隣の席の住人を見て、紙に伝えたいことを書いてから、そいつに渡す。

そいつは、俺に差し出されたその紙の内容を確認したあと、同じように紙に書いて俺に渡す。


『んなわけないでしょバーカ』


紙には軽口が書いてあった。どうやら俺の書いたことはちゃんと伝わったらしい。

隣を見ると、顔を綻ばせている上月と目が合う。


なんかいつもより可愛いんだが。


そうして俺は謎の敗北感に苛まれたのだった。



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