第1話 隣の小うるさい人何とかしてくれません?
「ペンを回さない」
そう言ってくるのは隣の席に座っている美少女。
「………」
俺は右手から左手に持ち替えて、死角に持っていこうとする。
「見えないようにやってもダメよ」
「……ちっ」
一々うるさいなあ。
「うるさく言わないと貴方止めないでしょ?」
エスパーかよこいつ。
「お前がそんな毎日毎日言わなければすぐにでも止めてやるよ」
「少しはその心意気を見せてくれたら言わないでおいてあげる」
「………」
「………」
俺たちは睨み合う。
話すだけ無駄だと感じた俺は、溜息をついたあと意識を前方に向ける。
「溜息をつくと幸せが逃げるわよ」
俺はそんなことを言ってくる隣のそいつにイライラしつつ、無視して授業に耳を傾ける。
高校生において、”席”というのはとても大事なものである。俺たちは一日約300分もの時間をその席で過ごさなければいけない。
当然授業では周りの人と話し合う(強制)ことも多く、その中でも隣の人というのは特に重要だ。
授業ではペアワークという名の強制コミニュケーションイベントを行うことがあり、先生によっては5分に1回くらいのペースでペアワークをさせられたりする。
もし隣の人が話しやすい人だったり、好きな人ならば、その時間は至福なものになるだろう。
しかし、そのとき隣の人が苦手だったり、あるいは嫌いだったりすると最悪だ。隣の人と会話したくないのにしなければいけない。
仮に何も話さずにその場をやり過ごそうとしても大体の先生は「ほら、そこの2人黙ってないで話して!」などと意味のわからない供述をする。全く持って不愉快だ。
そんなこんなで、俺たち高校生にとって席配置、特に隣の人というのは本当に、とても重要なものなのだ。
席の位置だけなら最高だった。
窓側の一番後ろ。いわゆる、主人公席と呼ばれる場所に俺は座ることができた。
しかしだ。この俺高城昇はそんな隣の席に史上最悪の人間を座らせてしまった。
名前は上月凛。成績優秀かつスポーツ万能で見た目もアイドル並に可愛いと、この世の全てを手に入れたようなステータスの持ち主だ。
内面もクール系ではあるが人当たりは良い方なので、孤立しているとかは無くむしろ友達は多い。
そのためクラス内を越えて、学年内でも男女問わず人気が高く、席替えでも密かに隣の席を狙ってたやつが多くいた。
俺も最初こそ、そんな人気者が隣の席でテンションが高かった。たが蓋を開けて見ればこれである。
口を開けば俺への注意やお小言ばかりで、どんなに細かいことでもドラマの探偵ばりに見破って追求してくる。もはや小姑の域を超えており、俺はいつしか心の中で大姑と呼ぶようになった。
俺は人一倍他人にあれこれ言われるのが嫌いである。そのため、隣の席になって1時間授業を受けた後にはもうこいつのことは嫌いになっていた。
正直もう顔も見たくないが、隣の席である以上こいつと1ヶ月は関わらなければいけない。
前回の席替えから2週間が経過したため、今かちょうど折り返しぐらいだ。
「……」
俺が黙って授業を受け始めると、そいつも言うことが無くなったのか、黙って授業を聞く。
ちなみに、こいつがお小言を俺に言うってことは、俺のことを常に見ているということでは無いか、という疑問があるだろう。しかし答えはNOだ。
こいつは視野が異常に広いため、俺が隣の席で何かやっていると、視界に入って嫌でも気になるらしい。
普段は前を向いて授業を受けており、俺に何か言うときだけこちらを見てくる、厄介な性質をお持ちになっている。
「……」
「……」
それから俺たちは黙々と授業を受ける。ちなみに今は月曜日の2時間目で、教科は歴史。
授業中にベアワークを行わない数少ない授業のため、俺は歴史の授業が2番目に好きだ。
担当の小林先生が話すだけで、こちらが内職していようと何も言って来ないし、そもそも気づいているかも怪しい。
授業が眠いが、基本何しても大丈夫なため、1周回って生徒に好かれている。
俺はペアワークをしないので大好き。全部この先生がやってくれれば良いのに。
ちなみに1番目は体育な。 そもそも隣の席という概念がないから、もし誰かと組むことになっても好きな人と組める。神である。
俺がそんな考え事をしていると、ふと隣の席から視線を感じ、そちらを見やる。
「……」
「……」
互いに目が合う。
「ちゃんと授業を聞いたら?」
「お前が言うな」
即答である。
◇
そうして、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「じゃあ、今日はここまで。このまま休み時間にして結構。」
そう言って小林先生は教室を後にする。俺は大きなあくびをして、机に突っ伏する。授業は好きだが、眠いものは眠いのだ。
休み時間はこいつも関わって来ず、仲の良い友達と話している。この休み時間が俺の安住のときなり。
「おーい、また寝てんのかー?」
俺が安らぎのときを満喫していると近くから声が聞こえてくる。きっと俺以外の誰かに話しかけているのだろう。そう思い、俺はそのまま眠気に身を委ねようとする。
「おい何寝たフリしてんだこら」
俺の肩がツンツンとされる。仕方なく、本当に仕方なく俺は顔を上げて、愛想良く対応してやる。
「……どちら様でしょうか」
「なんでも敬語つければ良いってもんじゃない」
くそ、バレたか。俺は取り繕うのを止める。
「はあ、俺に何の用だおら」
「0か100しかねえのか」
「いちいち気にするな。それで何のようなんだ?」
そいつはため息をついてから、俺の耳元に口を近づけ、
「お前、上月さんと上手くやってんのか?」
またこれか。はぁ、と内心ため息をつく。
「前に行ったろ、俺はあの女が大嫌いなんだ。いい加減、その無駄な探りを止めてくれないか」
俺がそう言うと、そいつは納得がいかなそうに、
「絶対お似合いだと思うんだけどなあ」
「やめろありえない、絶対にありえない」
そいつは不満気な顔を残しながら、
「ちぇ、なんだい。俺のセンサーに狂いはないのに」
「なんのセンサーだよそれ」
「昇の彼女認定センサー」
「そんなもんぶっ壊して東京湾に沈めとけ」
こいつは恋バナが好きなのだ。かく言う俺も嫌いではないのだが。上月?あいつは例外。
「というか、そういう瞬はどうなんだよ」
俺は瞬の耳元で囁く。
「俺はいいんだよ、この学校にはいなかった。それだけだ。」
「はあ、勿体ねぇ。お前顔はいいんだから、作ろうと思えば作れるのに」
「顔はとは失礼だな、顔以外も良いとこあるだろ?」
「失礼、か・お・は、良いもんな」
「何も変わってねえじゃねえか」
瞬は怒ったように見せて、ツッコミを入れる。
上田瞬。俺とは高校からの付き合いであるが、クラスで最初に隣の席になった人物であり、コミュ障の俺を救ってくれた真のコミュ強である。
俺が作成した、隣の席に置いておきたい人物堂々のナンバーワン。最下位は──(以下省略)
そんなこんなで、今一番仲が良いと言っても過言ではないこいつだが、実はスペックが良い。
まずルックス、完璧です。先程紹介したあの女と良い勝負ができる。
次にスポーツ、完璧です。サッカー部のエースという、絵に描いたような地位であり、県選抜に毎年のように選ばれるらしい。
しかも、その中でもトップクラスに上手いんだとか。(サッカー部情報)
今度サイン貰おうかなあ。
次に勉強、ゴミです。うん、控えめに言ってゴミ。
この高校はサッカーのスポーツ推薦があり、それでこいつも入ってきたらしいのだが、まあ学力は俺たち一般とは雲泥の差があると言って良い。
今度こいつに、勉強を教えることになったんだけどちょー心配。
ただ、瞬は決してIQが低いとかではなく、どちらかと言うと、高い方に感じる。
まあ、勉強にリソースを全く割かないせいで、学力は下の下と言ったところだが。
とまあこんな感じで、顔以外は流石に冗談であり、むしろ勉強以外は大体できる。
こいつも立派な超人だ。
「ほら、チャイム鳴るんだから帰った帰った」
こうやって軽口を言い合えるほどには仲が良くなっているので、こいつのコミュ力には恐れ入る。
「後で絶対聞いてやるからな、覚えとけよ」
何をだよ。あれか?俺が隣の席を重視する理由か?
話せば長い理由になるんだが──────
「もう次の授業始まるわよ」
そう言って、俺の思考を遮ったのは超人的なウザさを兼ね備えた、例のあいつだ。
どうやら、瞬と入れ替わりで戻って来たらしい。
「んなもん、一々言われなくても分かってるよ」
一々癪に障る言い方をしてくるそいつに、俺は言い返す。
「あらそう?それにしては次の授業の準備をしていないみたいだけど」
「…………あ」
キーンコーンカーンコーン。
そのタイミングで3時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。
ちくしょう、こいつ分かっててやりやがったな!
そうして、俺と隣の席の住人との戦いは続く。
……誰か、この隣の小うるさい人何とかしてくれません?