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第一話 孤高の美と邪悪なる策略

 江戸の奥地にひっそりと佇む小城(こじょう)、アゴ(じょ)――ここでは、顔の各部位に奇妙な美の価値が見出され、特に「アゴの長さ」が最高の美徳とされる。 朝霧に包まれた村の境内では、先代から受け継がれた特製の櫛で丹念にアゴを磨く姿が日常となり、年に一度の「アゴ祭り」は、村人の誇りと畏怖を呼び起こす行事であった。


 この奇妙な伝統の中、ひときわ異彩を放っている。その名は――安護納言(あごなごん)。彼女は女性でありながら、本来男性官位を示す”納言”に恥じぬ堂々とした姿で、村の美の象徴と言える存在になっている。 しかし、安護納言はただ美しいだけではなかった。


「ふん、痴れ者(しれもの)どもめが。私のアゴの長さこそ、この村の美の基準。私に逆らう者は、いずれこの鋭利なアゴの下で粉々にされる運命にあるわ!」


 幼少の頃、母から「真の美は外見にならず、心の奥に宿るもの」と説かれていたが、彼女は美しさを権威と支配者の象徴として、村の全てを思いのままとする冷徹な人間へと成長したのである。


 今朝もまた、広場には色とりどりの提灯が灯り、華やかな装束に身を包んだ村人たちが、アゴの美しさを競うために人を集めていた。

「今年は、隣村(となりむら)から呼び寄せた美人の娘たちを『偽りの美』として堕れるのよ。あの小娘達が見せる下劣な媚態(びたい)など、私の前では無惨な小道具にすぎぬ。」その筆は容赦なく、冷酷な計画を記す。密偵の耳女(みお)に密命を送り、隣接する眉美村(まゆびそん)鼻韻村(びいんそん)から、かつてないほどの謀略を考えるための情報を収集させる。昨日の 酒宴(しゅえん)の席では、自分の傲慢な笑いと共に、家臣たちに宣言した。


「聞け、快楽者ども。我が策略が完了すれば、この世に蔓延(はびこ)る偽りの美意識など、我がアゴの神秘的な輝きに比べれば、ただの塵に帰す。今日、私を(あだ)なす者は、醜態を晒す羽目になるであろう!」

群衆の歓声の中で、彼女の存在感は、まるで闇夜に輝く月のように、冷たくも美しく、そしてその眼差しは残酷な未来を予感させた。


 アゴ祭りが始まると、ひと際目を引く人物がいた。 それは鼻韻村からやって来た花乃。花乃は、鼻が大きい美女として知られ、どこか妖艶(ようえん)な魅力を持ちながらも、伝統に囚われぬ自由な美意識を体現していた。花乃の存在は、安護納言の邪悪な策略への一筋の反抗心として、また、彼女自身の内面の温かさや優しさを示すものとして、やがて物語の中で大きな意味を持つに至る。


 祭りも終盤に差し掛かり、安護納言は高飛車な笑みを浮かべながら、村人たちに向かって己の勝利宣言をした。

「見よ、これこそが美の真理! アゴの短き美しさなど、ただの虚飾にすぎぬ。我がアゴがこの世で一番長く美しいのじゃ」


その声は威厳を放ち、城内の空気を一層凍らせた。 彼女の謀略は既に始まっており、仕組まれた裏切り、そして隣村の美の価値観を陥れるための細やかな手配が密かに進んでいた。

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