Episode:90
――今まで、何を見てたんだろう?
心底そう思う。
たいてい前線に居たから、見てる暇がなかったのは確かだ。だいいちそんなものをのんびり見ていたら、命が無い。でもそのせいで、いろんなものに気づかないまま通り過ぎてしまったらしい。
あたしの雰囲気を感じ取ったのか、イマドが訊いてきた。
「――どした?」
「うん、綺麗だなって」
本当はもっと、違うことを言うべきだったんだと思う。けど言葉が見つからなくて、言えたのはそれだけだった。
なのにイマドには、分かってしまったみたいだ。
「せっかくだから、ゆっくり見てけよ」
「……うん」
イマドの言うとおり今くらいは全部忘れて、この景色を覚えて持って帰ろう、そう思う。
そこへ横から、声が割り込んだ。
「なーに言ってんだい、来年も来りゃいいのさ。毎年だっていいんだぞ」
「あ、はい、そうですね」
お姉さんにそう答えながら、でもあたしは内心、違うことを考えてた。
次は……あるかどうか、分からない。
たぶんそんなことを考えるのは、あたしだけだろう。
あたしが育ったのは、朝笑って分かれた人が夕方には死体で帰ってくる世界。来年はもちろん、明日さえも分からない世界。
だからどうしても、「来年」に期待できなかった。
「ん? どしたんだい? なんか面白いもんでもあったかな?」
どう答えようか迷うあたしの代わりに、イマドが答える。
「つか、飽きたんだろ。思ってたより距離なげーから」
「あぁ、たしかにね」
なんでそれで納得するのか分からないけど、お姉さんがうなずいた。さすがイマド、性格を熟知してるらしい。
「悪いね、森の近くまで行くんだ、今日は。なんせ大物狩るんでね」
「そうなんですか?」
猟とはたしかに言ってたけど、そんな大物が相手だとは思わなかった。
「森に居る、野生のシュヴァイン狩るんだよ。あいつらすぐ増えて農場荒らすんだ」
シュヴァインって言ったら潰れた鼻が特徴の、食肉用の家畜だ。けどその原種に当たる野生種が、農場荒らすなんて知らなかった。
「そんなに、すごいんですか?」
「凄いよ。連中何でも食う上に、身体がデカいからね。踏み倒すわ食い荒らすわ散々さ」
このお姉さん、農場経営――嫁いだんだろか――なだけあって、台詞には実感がこもってる。




