Episode:60
「坊やじゃ知らないだろうけど、この山道抜けりゃ、ほんとにすぐノネ湖なんだよ。だから休むんだったら、そこへ行ってからのほうがいいね。軍の連中もそこへは滅多に来ない」
どうやらノネ湖周辺ってのは、秘境に近い扱いされてるっぽい。世界最大級で、水も澄んでんので有名だけど、行くにはちょっと遠いからだろう。
「ずっと昔はね、夏になるとレデの人間があそこまで、塩なんかを届けたんだよ」
「へぇ……」
遊牧民が交易もしてたなんて、初耳だ。
俺が不思議そうにしてんのに気づいたんだろう、おばさんが話し始める。
「あたしらにとっちゃ、山の上だって夏は放牧地さ。ただね、行きゃそこの村と、いろいろ関わりが出るだろう? だから、塩を持っていって安く売ったんだよ」
たしかに山の上じゃ、岩塩が取れねぇとこじゃ、塩の確保は大問題だ。だからそれを安く売ってくれるってんなら、少々のことにゃ目をつぶる。
「んでもって、代金にゃ山の上で割と簡単に手に入る、宝石の原石や薬草をもらってたんだ。どこから手に入れたかは内緒にする、って条件でね」
「なるほど……」
上手いこと考えたな、と思う。
辺境じゃ、お金ってのは案外手元にないもんだ。特に昔じゃ自給自足だから、余計にそんなもの持ってない。
けど薬草だの原石だのってのは、辺境ならそんな貴重品じゃない。それが塩に代わるうえ、出所も伏せといてもらえるなら、相手も願ったり叶ったりってやつだ。
「どこから買ったか内緒ってのは、採れる場所知れたらヤバいからですよね?」
「もちろんさ。どっちも町へ持ってきゃ高価なもんだ。それが採れる場所が分かっちまったら、たちまちでっかい国が軍連れて、奪いに来るからね」
要はそこだ。
戦争なんてだいたいは、何か欲しいものがあるヤツが居るから起こる。そいつが直接攻め込まなくても、周りが「このままじゃやられる」と思えば、先手打って攻撃に出る。
――何でそんなに、いろいろ欲しいんだろな。
俺みたいに親も家もなくて、シエラで面倒見てもらえて万々歳なヤツには、その辺がさっぱり分かんねぇ。
そんなこと思ってる俺をよそに、おばさんがため息ついた。
「ただその約束が、レデを滅ぼしちまったんだよね……」
「そうなんです?」
これも初耳だ。
「ほら、レデってのはあちこち移動するだろ? だからね、国とか持ってる連中からは、胡散臭く思われてる。それが高価な宝石だの薬草だの持ってて、しかもどこで手に入れたか言わなかったら、どうなると思う?」
「あー、そういうことですか」
そういう時たいていの人は、どっか取れる場所を隠してるか――盗んでると思う。
加えて普段から胡散臭く思われてる、流浪の民だ。どこの権力者だって、締め上げんのをためらったりしないだろう。むしろヘタすりゃ、人気取りに使えるくらいだ。




