Episode:54
「西地区が大変なことになってるのは、お嬢様もご存知ですよね?」
「……うん」
直接見たわけじゃないけど、軍による誘拐が多発してるって点からも、強盗と一緒に暮らしてるようなもんだろう。
「西地区は実は、もともとあの町に居た人が強制的に移されて、押し込まれてるんです。で、“二級市民”って言われて、いろんなところで区分けされるんですよ」
「そんなことまで……」
ジマリが続ける。
「ホント、ひどいもんです。医者に診てもらうには証明書が要りようで、その証明書ときたらちっとも出ない。占領してる連中に金払えば出ますけど、その金がバカ高いし。それどころか東地区へだって、そう簡単には出られないんです。まぁこれは抜け道あるんで、イザってときは何とかなりますけど」
他にも占領政府の批判をしちゃいけないのはもちろん、食料や医薬品でも運び込むのに賄賂が要るとか、アパートを借りるのにさえ占領政府の許可が要るとか、学校で強制的に「自分たちが悪かった」と覚えさせられるとか、逆に理系は教えないとか……ともかく呆れた数の話が出てきた。
「戻りたくないの、当たり前ですよ。俺は運良くお嬢様のとこに拾われたんで、免れましたけど。けどもし西地区に住んでたら、やっぱり死んだって戻りません」
占領されるってことは、奴隷になるのに等しい。
たまに何か勘違いして、上だけ変わって自分の生活は同じと思ってる人がいるけど、そんなことは絶対にない。なにしろ、相手から見たら敵国の人間だ。虐待されることはあっても、同じに扱ってもらえるわけがなかった。
そこからやっと抜けられたんだから、戻りたくないのは当然だ。
「――ロジーヌさん」
意を決して話しかける。
「戻りたくないのは、分かりました。ですから予定通り行動します。ただ……」
そこであたしは言葉を切った。できたら言いたくない、けど、どうしても言わなければいけない言葉。
「ただその場合、命の保障が出来ません。おそらく大丈夫だと思いますけど……万が一具合が悪くなったとき、治療が出来ません」
はっとバティス君が息を呑んだ。言葉の意味を悟ったんだろう。
けどロジーヌさんの意思は、変わらなかった。
「構わないよ。戻って同じ目に遭うなら、進んだほうが……マシさ。それに最悪でも」
おばさんの視線が、バティス君に注がれる。
「――この子は、たどり着ける。そうだろ?」
「はい」
あたしは頷いた。それだけなら、保証できる。
「なら、十分だ。バティス、お前もいいね?」
「……うん」
泣きそうな顔で、それでも気丈に、バティス君も頷いた。




