Episode:118
走竜が走り始めた。
地を蹴る音が規則正しく響く。その中へ時々、砲撃の轟音が混じる。
ただあたしは、ちょっと心地よかった。同じ走竜の上、後ろに乗ったイマドがあたしの身体に手を回す格好になってる。
――これで行き先が、どこか遊ぶ場所なら良かったのに。
でもこれから行く先は、戦場。この世でいちばん地獄に近い場所だった。
揺れる走竜の上で考える。
イマドの能力は正直、喉から手が出るほど欲しい。どこにでもある魔法具や魔力石がそのまま武器になるなんて、反則と言ってもいいくらいだ。
けどそれをやったら、イマドは文字通り危険に晒される。そして万一、予想を超えたら……。
「あのね、イマド」
意を決して言ったのに、後ろから返ってきたのは笑い声だった。
「おまえ、幾らなんでも俺のこと甘く見過ぎだって」
「え、そう……?」
そんなつもりは無かったのだけど。
振り向いた先、肩越しに見えるイマドがまた笑った。
「だからさ、俺、走竜操れっだろ? まぁそんだけじゃねーけど。んで、森の中ってのはいろいろ生き物居っから」
「あ……!」
言わんとしてることに気づく。
言い伝えじゃ古代人は、走竜はじめいろんな動物を意思の力で操ってたっていう。
その血がなぜか濃く出てるイマドも、似たような感じだ。走竜は手綱がなくたって構わないくらいだし、他の動物たちとも意思の疎通が出来るらしい。
それが、生き物だらけの森へ行ったら。
「ま、あんまやりたくねーんだけどな。けど放っといたら、あいつらも被害出るだろうし」
「そうだね……」
それ以外何も言えなくて黙ったまま走竜に揺られてるうち、道が二つに分かれているところへ来た。
「あたしはこっから北だ」
お姉さんがそう言って、走竜を北へ向けた。ピンと伸びた背筋が格好いい。
そして、静かに言う。
「一緒に来ても構わないんだぞ。あんたたちに出ろなんて誰も言ってないし、あたし以外誰も知らないんだ」
けどあたしもイマドも首を振った。出来ることがあるのに見捨てて行くのは……自分のほうが辛い。
お姉さんがため息をついた。
「……ムリはするなよ。ダメならダメで仕方ないんだ。それより、生きて帰ってこい」
「分かってるって」
イマドの答えに、なんとも言えない表情をお姉さんが見せる。
「――すまん、大人のあたしが何も出来なくて」
「俺らも農場のことできねーよ」
軽口にお姉さんは眉根を寄せた後、また一つため息をついて手を振った。
「肉とチーズ、用意して待ってる」
最後にそう言って、走竜と共にお姉さんは走り去った。