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伝説ではなかった軍人少女、キャンバス上で踊る  作者: あしのクン
売れない画家と伝説ではなかった少女軍人
3/5

伝説ではなかった軍人少女

 隣人は俺をもう一睨みしてから、隣に立つカトリーヌ・アンヌをチラ見し、鼻息を荒くしながら玄関のドアを勢いよく締めて帰っていった。

 長かった。今回の抗議はいつも以上に長かった。

 いつもは五、六分で終わるのに、今回は三十分を優に超えた。


 長時間の抗議はもちろん、烈火のごとく隣人が怒り散らすのも仕方がないか。

 昼間から隣家に轟くほどの絶叫を二度もされ、挙句の果てにはレプリカ版『少女の休息』を家の壁にぶつけられたんだもん。

 そりゃ迷惑だよね、隣人からしてみれば。


 今回は騒ぎを起こした俺に全面的に非があると認める。

 だから、俺は玄関の床に正座をして隣人に頭を何度も下げた。

 誠心誠意を込めて謝罪の言葉を並べた。


 俺が全面的に非を認めて何度も頭を下げ、謝罪の言葉を並べているのが珍しいにもかかわらず、隣人はそれを酌まずに三十分以上に亘って抗議を続けたので、さすがに文句ひとつやふたつ言い返しても人の道を外れないのに、そんな気にならかったのには理由がある。


 カトリーヌ・アンヌの存在である。

 彼女が実体を持って俺の目の前に出てきてくれたおかげで、サイコロの目すべて六のバラ色人生ゲームがスタートした。

 そう思うと、隣人の三十分の抗議に文句を言い返せなかったこともちっぽけなことだ。


「……ふぅ」


 隣人の手から戻ってきたレプリカ版『少女の休息』を、大切なぬいぐるみのように胸の内に抱き締めているカトリーヌ・アンヌが物憂いそうに溜め息を吐いた。

 そりゃ溜め息のひとつやふたつくらい吐きたくなるでしょうとも。

 まったく非がないのに巻き添えを食らって、俺と一緒に隣人からの抗議を受けたんだから。


 でも、安心してほしい。

 俺が君を描いて世に販売し、大金と名声や地位を手に入れたなら、その恩に報いるつもりだからだ。

 同居人として何の不自由もない生活を送らせてみせる。


「さて、と。さあ、カトリーヌ・アンヌ」


 俺は立ち上がり、顔一つ分背の低いカトリーヌ・アンヌに声を掛けた。

 声を掛けられ、華奢な体をピクリとさせたカトリーヌ・アンヌは、俺の顔を見上げて怯えた顔を更に歪ませた。


「どうして顔をニヤニヤさせているんですか? ここはどこですか? あなたは誰ですか? 私はどうしてここにいるんですか? この絵をどこで手に入れたんですか?」


 いかん、いかん。

 サイコロの目すべて六のバラ色人生ゲームがスタートし、気だけではなく頬も緩ませてしまったようだ。

 カトリーヌ・アンヌに警戒心を抱かせて逃げられたら困る。

 大金と名声や地位を手放すわけにはいかない。


 気と頬の緩みを是正すべく、自分の頬を左右から何回も平手打ちした。

 これで気の緩みは消えた。頬の緩みも消え、キリッと引き締まった頬になったはずだ。

 俺はカトリーヌ・アンヌの顔を確認した。


 いや、おかしいだろ、その顔は。

 どうして更に顔を歪ませてるんだよ。

 どうして涙目になってるんだよ。

 そればかりではなく、どうして後ずさりしようとしてんだよ。 

 どうして雨に濡れた段ボール箱の中の子犬のように体を小刻みに震わせてるんだよ。

 おかしいだろ、その反応は。

 それじゃあ俺が弱い者いじめをした極悪人みたいじゃないか。

 痛いのを我慢して自分の頬を何回も平手打ちしたっていうのに。


「どうして急に自分の頬を何度もぶったんですか? なにがあったんですか? 私、あなたが怖いですっ」


 解せん。

 埒が明かん。


「もう、うるさいなあッ」


 俺はカトリーヌ・アンヌを一喝した。


「ひっ」


 すると、カトリーヌ・アンヌは捕食動物から逃げる兎のようにぴょんとその場で飛び上がり、空中で膝を軽く曲げた格好になった。


「俺はお前のために自分の頬を何回も平手打ちしたんだぞ。それを『なにがあったんですか?』とか『私、あなたが怖いです』とかじゃないだよ、まったく」

「ご、ごめんなさいっ」

「わかりゃいいんだよ、わかりゃ。玄関で立ち話というのもなんだから、こっちの部屋に入って」


 俺は玄関と隣接している応接間兼茶の間の襖を開けて先に入り、カトリーヌ・アンヌに手招きした。

 カトリーヌ・アンヌは不審そうに応接間兼茶の間の様子を窺い、先に室内に入った俺を見てから爪先立ちで踏み入れてきた。


 いつでも体を回転させて逃げられるように爪先立ちで入るような、いつ危険が襲ってきてもおかしくない応接間兼茶の間ではない。


 ささくれたところのある色の抜けた畳、買い替えたばかりの炬燵、七、八年使っているノートパソコン、たまに時刻を修正する掛け時計に文房具屋で買ったシンプルな壁掛けカレンダー、景品としてガソリンスタンドで貰ったボックスティッシュ、百均で買った四人分の座布団、たまにしか電源をつけないのでオブジェ化しているテレビ、そろそろ壊れそうで買い替えないとやばそうなエアコンなどが置かれているだけの、ごくごく普通の応接間兼茶の間だ。


 そんな室内をカトリーヌ・アンヌは口を半開きにしながら見渡している。

 気のせいか、室内にある物一つひとつを見る目が輝いているように感じる。

 爪先立ちだったのに、踵まで畳に付けて立っている。

 カトリーヌ・アンヌが生きていた十五世紀には存在しなかった物品ばかりだから、珍しく目に映るんだろうな、きっと。


「水でいい?」

「えっ?」


 カトリーヌ・アンヌの裏返った声が返ってきた。


「飲み物だよ、飲み物」

「あっ、はい。お水でいいです」

「いま水を持ってくるから、炬燵の中に入ってな」


 電源を入れた炬燵を指差した後、隣接する台所に向かう。

 その途中、視界の端っこのほうで、カトリーヌ・アンヌが恐る恐る炬燵布団を上げて中を見、恐る恐る座布団の上に座り、恐る恐る両足を炬燵に入るのが見えた。

 そうだよな、炬燵も十五世紀にはなかったから珍しいよな。


 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを二つのコップに注ぎ、応接間兼茶の間に戻ると、カトリーヌ・アンヌが炬燵から顔だけ出している光景が目に飛び込んできた。

 どうしてコタツムリになってんだよ、こいつは。


「何やってんだよ、お前はッ」

「あなたに炬燵に入れと言われたから、こうしているんですが……炬燵が小さいので足が反対側から出そうなんですが、これでいいんですか?」


 困ったような眼差しを俺に向けるな。


 もうッ。

 いちいち見本を見せなくちゃいけないのかよッ。


「いいわけないだろッ。炬燵に入れって言うのは体を入れろって意味じゃなくて、座るだけでいいんだよ、座るだけでッ。珍しい奴だな、お前はッ」


 見本を見せるべく、手に持っていたコップを炬燵の上に置き、座布団の上の座り、両足を突っ込んだ。

 炬燵に突っ込んだ両足でカトリーヌ・アンヌの体を蹴っ飛ばす形になり、その反動で炬燵が揺れてコップが倒れた。


「痛いじゃないですかっ。蹴とばすことないじゃないですかっ」

「仕方ないだろッ、お前が炬燵に体を突っ込ませてるんだから、両足を突っ込んだら体に当たるに決まってるじゃないかッ。馬鹿言ってんじゃないよ、まったくッ」


 俺はボックスティッシュのティッシュで水浸しになった炬燵のテーブルを拭き、台所に戻って水を注ぎ直し、応接間兼茶の間に戻ってから、


「座りなさいって」


 と、座布団の上に胡坐をかいてから、コタツムリになったままのカトリーヌ・アンヌに促した。


 拗ねた表情をしているカトリーヌ・アンヌは俺を睨みながら炬燵から体を出し、座布団の上に座り、レプリカ版『少女の休息』をぎゅっと抱きしめた。

 隣人には睨まれるし、カトリーヌ・アンヌにも睨まれるし、今日は散々だ。


「溜め息を吐きたいのは私のほうですよっ」

「そう怒鳴らなくてもいいだろッ」

「私に謝罪してくださいっ」

「謝罪ッ?」

「当然じゃないですかっ。私の体を蹴とばしたんですからっ。さあ、はやく謝罪してくださいっ」

「お前が炬燵に体を突っ込ませていたのが悪いんだろッ」

「言い訳なんて聞きたくありませんっ。さあ、はやく謝罪をっ」


 カトリーヌ・アンヌが拳で炬燵のテーブルを叩いた。

 その反動でコップが倒れなかったものの、カトリーヌ・アンヌも謝罪要求を撤回しそうにない強気の態度を示しているので、俺の言い分に根負けして倒れそうにない。


 仕方がない。

 この場を丸く収めないと、本題に入れそうにない。

 どうして俺が一日に二回も頭を下げないといけないんだ。

 今日は厄日か?


「申し訳ございませんでしたッ」


 炬燵のテーブルに額を付けて数十秒。

 顔を上げると、カトリーヌ・アンヌが勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 畜生、この野郎。


「これでいいかッ」

「これからは言い訳をせずに素直に謝罪してくださいね」

「……調子に乗りやがって」

「はい? 何か言いましたか? 声が小さすぎて聞こえませんでしたけれど」


 こいつ、地獄耳か。


「いや、なんも」


 カトリーヌ・アンヌは捕らえた敵将をどう扱おうかと思案するような眼差しを俺に向けていたが、ぎゅっと抱きしめていたレプリカ版『少女の休息』を突き出すと、


「答えてください。この絵をどこで手に入れたんですか? ここはどこですか? あなたは誰ですか? どうして私はここにいるんですか?」


 俺が切り出そうとしていた本題を先に切り出してきた。


 よろしい。

 書籍『実体を持って絵画から現れた人物と楽しく暮らそう 初心者向けの家庭編』を何度も読み返し、一人二役のシミュレーションの繰り返してきた成果をお見舞いしてやる。


「待てッ」


 俺は制するように両手を広げ、その書籍の手順通りにカトリーヌ・アンヌとの質疑応答に入ろうとした。

 しかし、なぜか思い出せない。

 なんだっけなぁ。


「どうしたんですか? 早く答えてください」


 カトリーヌ・アンヌに急かされても、書籍に何が書かれていたかすら思い出せない。

 その書籍を手荒く本棚に戻したことによる呪いにでも掛かったのか?

 あっ、そうか。

 今日は珍しく一日に二回も頭を下げたから、記憶がすっぽり抜け落ちたに違いない。


「ちょっと待て」


 俺は応接間兼茶の間に隣接している寝室の本棚からその書籍を持って来て、颯爽とページを捲った。


≪相手は新しい環境に緊張気味です。その緊張をほぐすホットな挨拶をしましょう。その次にあなたから自己紹介しましょう。年齢や職業、家族構成などを伝え、趣味など付け加えるといいでしょう≫


 そうだった、そうだった。

 まずはホットな挨拶から。


 俺は正座に座り直して、体の正面をカトリーヌ・アンヌに向けた。

 その途端、カトリーヌ・アンヌが後ろに身を引いたのが気に喰わんが、相手は緊張しての所作なのだろうから見逃すことにする。


 歴史上類を見ないホットな挨拶をお見舞いしてやる。

 ストレートに、だ。


「ホーットッ!」

「は……はい?」


 カトリーヌ・アンヌが顔を引き攣らせた。

 完璧なホットな挨拶をお見舞いされ、驚いたのだろう。

 次は自己紹介だったな。


「俺の名前は天島あまじま さとるです。先週、三十六歳になったばかりです。本職は歴史に名を残す画家、歴史に名を残す画家、歴史に名を残す画家です」

「どうして三回も繰り返したんですか? 私の質問に答えてくれないんですか?」

「副業として飲食店の朝清掃のバイト、駐車場の夜間管理のバイトをしています」

「私の質問を聞いてくれていましたか?」

「家族構成については両親は他界し、兄弟姉妹もいませんので、天涯孤独を誇りとする歴史に名を残す画家です。趣味は金儲け、地獄の沙汰も金次第、俺が歴史に名を残す画家です」

「歴史に名を残す画家と繰り返さないでください。それに趣味が金儲けなんて悪趣味です」


 完璧な自己紹介だ。

 俺が歴史に名を残す画家だということをカトリーヌ・アンヌに理解された。


 次は、


≪次に相手に自己紹介してもらいましょう。あなたが歴史書やWebなどで相手の生涯を知っているのなら、名前を聞かせていただくだけでいいでしょう。その際、日常生活での呼び方(名前、ニックネームなど)を決めておくのもいいでしょう』


 俺はカトリーヌ・アンヌの生涯の詳細を知らない。

 何故なら実在を証明する史料が殆どないからだ。

 十五世紀のヨーロッパで戦場を駆け巡り、母国を勝利に導いた軍人少女としか知らん。


 これまで一部の歴史学者たちが独自の研究を基にカトリーヌ・アンヌの実在の可能性と生涯について発表はしているが、どれも穴だらけでほかの歴史学者たちから支持を得ることはなかった。


 だが、こうして実体を持って俺の目の前に現れたのだから、カトリーヌ・アンヌは伝説上の人物でなく、実在した人物だったってことになる。

 伝説と呼ばれている人物が実在を持って現れた事例は今でもないからね。


 実際に実在していたカトリーヌ・アンヌの生涯の詳細は、カトリーヌ・アンヌ本人と付き合いのあった当時の人たちしか知らない。

 カトリーヌ・アンヌに彼女自身の生涯を教えてもらおう。

 これからカトリーヌ・アンヌを世話していく俺には教えてもらう権利がある。

 しかし、その話が長くなりそうなので、カトリーヌ・アンヌに自己紹介をしてもらい、日常生活の呼び方を決めてしまってからにするか。


「あなたのお名前を聞かせてください」

「えっ? 私の名前ですか?」


 カトリーヌ・アンヌが今度は前屈みになり、近づけた顔を傾けた。


「私の名前をあなたはご存じのはずですよね。さっきの場所で私の名前を叫びましたよね。それなのに、私の名前を聞くんですか?」

「家の外でね。でも、しょうがないだろう、これを読んでみろ。自己紹介をしてもらえって書かれているじゃないか」


 俺は書籍を開いたままの状態でカトリーヌ・アンヌの顔を覆うように近づかせ、その箇所を読ませた。


 というか、今更だけど日本語を読めるのかな、カトリーヌ・アンヌ。

 不思議に思わなかったことが不思議だけれど、普通に日本語で会話しているもんな。

 日本語を会話しているから、日本語を読むのも問題ないだろう。

 日本語が読めず書けずで教えなきゃいけないとなると、面倒だ。

 学校の先生の真似事をしなくちゃいけなくなる。


「読んだ?」

「読みましたよ。次に相手に自己紹介をしてもらいましょうって、どうして私の名前を知っている人に名前を教えなくちゃいけないのか、理解できません」


 おっ、日本語を読めているな。

 日本語を書けるかどうかはあとで確認しよう。


「本をどけてくださいっ。邪魔ですっ」


 声が怒っている。

 ゆっくりと書籍を離すと、首を傾げたままのカトリーヌ・アンヌが眉間に皺を寄せ、俺を睨んでいた。


「なに怒ってるの?」

「カトリーヌ・アンヌですっ」

「なにが?」

「何がじゃないですよっ。私の名前はカトリーヌ・アンヌだと言っているんですっ」

「知ってるよ、そんなこと」

「はいっ?」


 掴み掛らんと言わんばかりに上体を起こしてきたカトリーヌ・アンヌの頭を上から押さえ付けた。

 掌にカトリーヌ・アンヌの頭髪の柔らかさが伝わってきた。

 この頭髪の柔らかさのように性格が柔らかかったら、すぐに怒ったり、掴みかかろうとしてきたりはしなかっただろうな。


 で、次は、と。


「日常生活での呼び方はどうする。俺のこと、天島さんと呼ぶ? 悟さんと呼ぶ? それとも歴史に名を残す画家と呼ぶ?」

「悟と呼ばせていただきます」

「呼び捨て?」

「呼び捨てで呼ばせていただきます」


 初対面から一、二時間しか経ってないのに、いきなり名字ではなく下の名前で呼ぶとか、敬称をつけずに呼び捨てにするとか、なかなか肝の据わった奴じゃないか。


「俺はなんて呼べばいい? カトリーヌ? アンヌ?」

「カトリーヌでお願いします」

「名字で呼べばいいわけね」

「カトリーヌは名字ではなく、下の名前です。私の名字はアンヌです。間違わないでください」


 カトリーヌ・アンヌ改めカトリーヌは頭を押さえ付けていた俺の手を跳ねのけ、座布団に座り直した。

 押さえ付けていた手を優しくどかすのではなくて跳ねのけるなんて、こりゃまた肝の据わった人間のやることじゃないか。


「日本人と西洋人は名字と名前が逆だもんな」

「日本人? 西洋人? それは何を意味する言葉ですか?」


 理解できない日本語があるようだ。


 俺は日本人と西洋人の違いをまず答え、ついでにカトリーヌから受けていた質問、つまり、ここはどこで、レプリカ版『少女の休息』をどこで手に入れ、カトリーヌがなぜここにいるのか、という質問にも答える。

 ここは十五世紀から六世紀ほど未来の二十一世紀の日本、レプリカ版『少女の休息』はWebサイトから購入、そのレプリカ版『少女の休息』からカトリーヌが実体を持って現れてここにいる。

 そのほか詳しいことは役所に届けを出した時か、役所の実施する健康診断や適性検査を受けた時に説明などがあると思うから、それまで待つように。


 立てた人差し指をくるくる回し、天井を見上げながら答えていたら、急にカトリーヌに両肩を掴まれて揺さぶられた。


「そんな馬鹿な話を信じられますかっ。正直に答えなさいっ」


 例え肝の据わった奴でも、初対面から一、二時間くらいしか経っていない俺の肩を激しく揺さぶる乱暴は許せんッ。


「嘘なんか吐いてねえよッ。正直に答えてんだよ、こっちはッ。ここは二十一世紀の日本だッ。この絵は俺がWebサイトから購入したんだッ。カトリーヌはその絵から実体を持って現れたんだッ」


 俺は両肩を掴んで揺さぶり続けるカトリーヌを払い除け、炬燵のテーブルに置かれたレプリカ版『少女の休息』を指差した。

 カトリーヌは乱れた黒色に近いブラウン色の頭髪をそのままにし、俺の指差す方向に視線を向けた。


 家の外で遠くから救急車のサイレンが聞こえ、サイレンが俺の家の前の道路を通り過ぎ、トップラー効果で音を変えながら遠ざかって聞こえなくなってからまもなく、カトリーヌがレプリカ版『少女の休息』を手に持ち、赤ん坊を抱くように胸の中で抱き締めた。


「その絵、カトリーヌにとってそんなに大切な絵なのか?」


 レプリカ版『少女の休息』を抱き締める姿を幾度か目撃してきたので、そこまで抱き締める理由が知りたくて訊いてみた。


 カトリーヌは唇を開こうとして閉じ、俺をチラ見し、深く息を吸い、祈るように目を閉じ、その目を開け、唇を動かした。


「この絵は私の父が描いてくれた大切な絵なんです」



(次話に続く)

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