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伝説の少女軍人の絵画

新作となります。宜しくお願い致します。

 俺が生まれるずっと前から続いている現象は数知れない。

 そんな現象の中には、物理学者とか宇宙学者とか大学教授とかでも現在解明中、または未解明のまま手つかずにされた現象がある。

 しかも、そういった現象は必ずしも遠い場所で起きているわけではない。

 身近で起きている場合もある。

 ただ、身近で起きていても日常に馴染み過ぎて、未解明の異常性を感じない現象だってある。


 その代表例として俺が挙げたいのは、絵画に描かれた人物が実体を持って現実世界に現れる現象だ。

 実はこの現象の起きた理由や原因は今に至るまで未解明のままだ。

 これを解明できたらノーベル賞間違いなし、と言われるほどだったが、つい数年前に世界各国の物理学者とか宇宙学者とか大学教授とかが発足させた多国間の研究チームが解散し、この現象を解明しようとする個人や組織は皆無になってしまった。


 これでこの現象は半永久的に未解明となった。

 でもね、解明されなくてもなんも問題なし。全く問題なし。

 だって、俺もみんなもその現象が日常に馴染み過ぎて、未解明の異常性をまったく感じないんだもん。


 そりゃね、絵画に描かれた人物が実体を持って現実世界に現れ始めた当時は世界中が大パニックに陥ったのは当然だろうよ。

 当時の世界各地のパニックぶりを実によくまとめた本を古本屋で見つけて読み、人々が右往左往する姿がありありと目に浮かんだ。

 そりゃ右往左往するよ。有り得ないことが起こったんだもん。

 次から次へと絵画に描かれた人物がキャンバスから出てきたんだよ?

 全世界の各家庭のテレビ画面から次から次へと貞子が出てきたら、世界中が大パニックに陥り、人々が右往左往するのと一緒。


 世界中をパニックに陥れ、人々を右往左往させた異常性半端ない現象が、なぜ今では日常に馴染み過ぎて異常性を感じさせない現象になったのかといえば、ひとえに絵画から実体を持って現れた人物たちを俺たちと同じ存在として受け入れる雰囲気を醸成し続けてきたから、の一言に尽きる。


 その理屈はこうだ。


『彼らは過去の人物だ。しかし今、目の前に立つ彼らは我々と同じ実体を持ち、何より尊い命を肉体に宿している。過去と今の時間の違いは大きいけれども、我々と彼らの違いはそれだけだ。そして、我々は時間で区切られた二グループでの共存共栄を選択するのではなく、時間の区切りを取り除いた一つの運命共同体になることを選択すべきである』


 ちなみにこの理屈、俺の言葉じゃなくて古本屋で買った別の本からの引用だ。

 それはともかく、その理屈を単純化して説明すると、彼らは俺たちと同じ人間だ、同じ人間なんだから肩を組み合って生きていこうじゃないか、人類皆兄弟だからそれでいいじゃないか、時間の区切りなんて取っ払ってしまえ、というわけ。

 ひとつの運命共同体なんて、素晴らしきヒューマニズムの結晶体じゃないか。


 この素晴らしきヒューマニズムの結晶体というべきひとつの運命共同体の考え方が全世界に紆余曲折しながら浸透し、今日こんにちではキャンパスから出てきた彼らと家庭で、学校で、職場で、老人ホームで、コンビニとかで、Web上でコミュニケーションを取ることに何ら違和感のない状況にまでなった。

 その状況は、日常に馴染み過ぎて未解決の異常性を感じさせない状況になった、とも言い換えられる。

 まさにヒューマニズムの結晶体が実を結んだ結果だ。


 ただね、その実が結ばれるまでと結ばれたあとの今でもいろいろと起き続けている。


 彼らがキャンバスから出てきた後の騒動が面白い。

 名高い盗賊は即盗みを働いて御用となり、今では元盗賊の防犯評論家として活躍中。

ハーレム好きの貴族は複数の女性と関係を持ち、それをゴシップ誌にすっぱ抜かれて記事され、そのゴシップ誌の出版社に対して訴訟を起こして裁判中。

 両手で顔を挟むようにして叫んでいる人物はなぜかYouTuberとなり、視聴者から悩みを聞く動画チャンネルを開設したものの、オチは常に無音の叫び声で視聴者の悩みを増大中、などなど、彼らのキャンバスから出てきた後の騒動を挙げると枚挙にいとまがない。


 無論、民衆思いの政治家が卓越した政治手腕で改革を推し進めて経済の立て直しに成功したりとか、若くして亡くなった音楽家が新曲を発表して音楽に新しい風を吹き込んだりとか、椅子に座って考え込んでいる道化師がエンターテイナーとしてマルチに活躍して絶賛されていたりとか、各界で功績を残したり、貢献している事実も無数にある。


 彼らは俺たちと何ら変わりなく同じように騒動を起こしたり、功績を残したり、貢献したりしている。

 それが彼らのことだからといって、特別なこととして取り上げられていることはない。

 ひとつの運命共同体の実現、実を結んだヒューマニズムの結晶体、人類皆兄弟。


 絵画から彼らが実体を持って出てくる現象も、彼らと生活していく状況も日常に馴染み過ぎて異常性を感じさせない日々は、二十年以上前の俺が高校生の頃にはすでにあった。


 放課後、美術室で美術部の部活をしている最中、二学年下の後輩に『キャンバスから出てきた伝説と言われる人物をモデルにして描いたら、いくらで売れるかなぁ』と冗談を飛ばしたことを覚えている。

実際に彼らをモデルにして肖像画を描き、個展を開いた画家がいたので当たり障りのない冗談を飛ばしたつもりだったが、なぜか後輩は困ったような表情で『伝説上の人物はキャンバスから出てきた例は皆無ですよ』と釘を刺されたことも覚えている。


 伝説上の人物と評価されている人物がキャンバスから実体を持って現れた例は、今でも確認されていない。

 それだけに伝説上の人物がキャンバスから実体を持って現れたら、世界規模の大騒ぎになること間違いなく、俺の画家仲間の間ではその人物をモデルにして絵を描いて販売したら高額で売れる、との意見があちらこちらから聞こえてくる。


 だから、俺は愚かだと言われようが、それに掛けたい。

 伝説の存在と評価される人物がキャンバスから実体を持って現れる可能性に。

 その人物をモデルにして絵を描いて販売し、大金を手に入れる可能性に。

 そして、画家として歴史に名を残す大きな野望に。




 三十六歳の誕生日を迎えた夜、俺はWebから伝説の軍人少女と言われているカトリーヌ・アンヌを描いたレプリカ版『少女の休息』の購入手続きを完了させた。



(次章に続く)

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