芋臭い娘が突撃してきました!!
なんだか、その叩き方に鬼気迫る物があった。
私がサッとミゲルに目配せすると、ミゲルは流石に察しの良さで小走りで店の鍵を開けた。
「は、はい、今開けます……」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、一人の若い女がもんどり打って店内にまろび込んだ。
いや――正確に言うと、店内に飛び込もうとして、ミゲルの足に足をひっかけ、盛大に転んだ。
「ぷギャ!」
――しかも、きったない悲鳴とともに。
あだだだ……としばらく鼻面を手のひらで押さえている娘に、ミゲルはうんざりしたように言った。
「あの、御用は何でしょう? ウチはもう閉店したんですが……」
その途端だった。
若い女がぱっと顔を上げ、ミゲルの顔を見上げた。
なんだか、私の目から見ても気の抜けた顔に見えた。
この王都には珍しい、如何にもやぼったい田舎娘でござい、というような、少しそばかすの浮いた顔。
顔立ちそのものは整っている方だと思うが、馬鹿でかいレンズの眼鏡と、もっさりとした癖のある黒髪のせいで台無し感が否めない、年頃十七~八と見える女。
それなりに知性がありそうとも、同時にどこか抜けていそうとも言える顔で、着ている服も今の王都の流行からはかけ離れた格好だった。
若い女はミゲルの氷の目線を受け止め、しばらくあたふたと店内を見渡した。
見渡してから――ぱくぱくと酸欠の金魚のように口を開け示し、なにかもにょもにょと口を動かし、私の顔を見て、ニコルの顔を見て、そしてもう一度ミゲルの顔を見て――そして、最後に叫んだ。
「あの――魔女さんってどの方ですか!?」
――嘘だろお前。
私はすんでのところでそう声を上げるところだった。
如何に息子どもが美形であっても、この中にメスは彼女を除いて一人しかいない。
しかし――彼女には一瞬、私のことが認識できなかったようなのだ。
「あ、店主で魔女は私ですが」
思わず私が声を上げると、ガバッと少女は私の方を向いた。
「あっ、あのっ、私、下町で医師をしております、テオドア・ファロンの孫娘で、ノーラと申しますッ! あの、あなたが《樒の魔女》、アシュタヤ様ですか!?」
言葉の端々に必死さの滲む声だった。
医師? その孫娘が、息せき切って何の用だろう。
私がちょっと眉を上げると、ゴクリ、と唾を飲んで娘が言った。
「あのっ、さっき、火熱の患者が出まして――! 王都では、その、初めてのことで、祖父がその、久しぶりの大流行だから手持ちの薬がないと――!」
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさい……!」
私は思わずお客様相手にぞんざいな口調で言った。
私はノーラと名乗った少女の傍らにしゃがみ込むと、肩に手を置いた。
「落ち着いて、状況を説明しなさい。今、火熱――って言ったわよね?」
私が言うと、ノーラはぶんぶんと首肯した。
「そうです、その火熱ですッ! 高熱が出て、全身に発疹ができて、あの、全身が痛んだり、咳が止まらなくなるどの症状がある伝染病で――!」
「ああ、わかったわかった。それは知ってる」
放っておけば一週間しか生きられなさそうな勢いで喋りかねない娘を制す。
火熱、という言葉に反応したのはミゲルだった。
「火熱――? そんなものが流行っているなどとは聞いてないですね」
「確かにそうだけど、アレは一度患者が出ると爆発的に流行るから」
火熱か――その名前を聞くのは久しぶりだ。
大昔、満足な医療など受けることが叶わない農村や僻地では、その土地に年古く住み、薬草や霊薬の知識がある魔女が癒し手の役割を担っている場合が多かった。
そういうわけで、魔女は誰でもそのへんの医師と同等、もしくはそれ以上の医学的・薬学的知識を持っているのが普通なのだ。
だが、その魔女である私の中でも、火熱はとりわけ厄介な方に入る病気として記憶されているものだった。
「火熱は人から人へ感染する感染力の強い感冒で、一度罹患したら患者を生かすのは至難の業。王都でそれが出たって?」
「は、はい! もう何年も流行しなかった病気なんですが、最近国のあちこちで症例が報告されてて……」
その言葉に、私は少し不審を覚えた。
確かに火熱は数十年前この大陸上で大流行し、人口の数割を殺戮したと言われる稀代の疫病だった。
だがその疫病はその媒介となるネズミの異常繁殖と悪天候が複合的に重なって引き起こしたもので、そのどちらもが起こっていない今の状況で流行があるとは考え難いことだった。
一体何が引き金に――? と私は考えたが、起きてしまったことは仕方がない。
私は素早くノーラを質した。
「それで、私に何をしてほしいわけ?」
「あっ、あの!」
ノーラは私のドレスの足元に両手で縋り付いた。
一瞬、目を鋭くさせかけたミゲルを目だけで制すると、ノーラは前にも増して必死の形相で言った。
「今、医院にはものすごい数の患者さんが運ばれてきていて……! もううちの病院からは薬がなくなりかけてるんです! あの、うちの祖父が、魔女さんならきっと力を貸してくれると……!」
ノーラは目に涙を溜めながら言った。
「もうみんな、苦しい苦しいって……! あの、お金なら後できっとお支払いします! 魔女さん、少しでいいんです、あの、薬を分けてください! お願いします!」
そのファロンという医者が古い医者で助かった、と私は少しだけ安堵する気持ちを覚えた。
今では随分魔女の肩身は狭くなったが、大昔は医者と魔女は協力関係にあり、医者の手にこぼれるものは魔女が面倒を見ていた。
この王都で私たち魔女が市民権を得るためには、ここで疫病の鎮圧に手を貸しておいた方が絶対的にいいだろう。
ハァ、と私はため息を吐きながら、しばし頭の中で算段を整えた。
解熱にはこれ、鎮痛にはあれ、生命力意地の霊薬のレシピはアレとコレと……と、複数種類ある薬の数を数えながら言った。
「よしわかった。ミゲル、急いで奥からポーション持ってきて。種類は……」
「ギンクロカズラと龍脳の抽出液、血華樹の樹皮の煎じ薬、サラマンダーの舌と牙の粉末および皮膚の粘液、チシオダケの火酒漬け、そして消毒液……ですね」
一瞬、私は言葉を失った。
そう、それは私が今から指示しようとした内容と完全に一致していた。
私は大いに驚いてミゲルを見た。
「あら、おったまげー……百点満点じゃない。私、アンタに薬学なんて教えたっけ?」
「魔女の眷属はこの程度出来なければ務まりませんよ。すべて独学です」
ミゲルは眼鏡のブリッジを押し上げながらサラリと言ってみせたが、私が328年かかってやっと覚えた情報を、僅か二十歳の男が完全に理解しているとは恐れ入った。
私が何をか言わんとするところに、私以上に驚いた表情でミゲルの顔を見上げるノーラをキッと睨みつけたミゲルは、叱るような声を発した。
「おいお前、いつまでへたり込んでるんだ」
「ほぇ?」
「お前も医師の孫なら薬の見分けぐらいつくだろう。ついてこい、倉庫から薬を出すのを手伝え!」
「はっ、はい!」
その鋭い指示に頭を蹴飛ばされるようにして、ノーラは立ち上がり、やはりバタバタと大きな足音を立てて店の奥に引っ込んでいった。
私は急いで外出用のローブを着込み、ミゲルとノーラが消えていった方をなんだかぽかんとした顔で眺めているニコルに言った。
「そういうわけでニコル、外出するわよ。多分滅茶苦茶忙しくなるからアンタも相応の準備しなさい」
私がそう言うと、呆気にとられていたらしいニコルもようやく動き始めた。
しばらくエプロンを脱いだり、鞄を持ち出したりしていたニコルが――ふと私を見た。
「あの――ねぇママ」
「あによ」
「ちょっと気になったんだけどさ、王都にはその、アバズレ女――東の聖女、っているじゃん」
「いるけど?」
「聖女ならさ――治せるんじゃないの? その火熱とか」
私が無言で準備を続けると、ニコルが不思議そうに言った。
「そりゃあ聖女様相手に一般市民が恐れ多くて頼みにくいのはわかるけどさ――そんな危ない疫病が流行ってるなら普通魔女じゃなくて聖女を頼るんじゃない? 聖女の力があるなら病人を治したりもできるんじゃ――」
「んなことするわけないわ、あのアバズレ女は」
思わず、声が低くなった。
その声に驚いたようにニコルは押し黙った。
私は外出用の帽子を被りながら事務的に言った。
「王都にいるならそのうちわかる。あの腐れ売女がどんな女で、何を考えて生きてるか。とにかく、あのアバズレに何かを期待するのは厳禁よ――わかったならあなたも準備してきて」
私が事務的に言うと、ニコルは私の内なる怒りを悟ったのか、急いで店の奥へと駆けていった。
そう、私は知っている――あの東の聖女とかいう腐れ売女がどういう女なのか。
そして――何故聖女と呼ばれているのか。
だが、そんなことはどうでもいい。
今は魔女として人々を癒やすのが責務だ。
私はその思いだけを胸に外出の準備を続けた。
なんだか久しぶりにガッツリ読まれていて驚きです。
ヒューマンドラマジャンル、強くなりましたね……。
まさにこの作品にうってつけのタグだと思います。
「面白かった」
「続きが気になる」
「もっと読ませろ」
そう思っていただけましたら
下の方から評価をよろしくお願いいたします。