息子二人の女嫌いが加速しました!!
がちゃん、という音が聞こえて、私はベッドから顔だけを起こした。
時計を見ると11:30。今日もわずか一時間半で店じまいのようだ。
私はベッドから起き上がると、そこらにあった上着を引っ掛けて店に出た。
「おふぁよミゲル、今日も完売?」
「ええ、おかげさまでね」
おかげさまで、か。真面目の塊の彼にしては少し皮肉げな言い方だった。
カウンターの上で大量の金貨銀貨を数え、東洋式の計算機を弾きながら儲けをきっちりと家計簿に転写していたミゲルの姿は、その怜悧な見た目も含めて青年実業家そのものだけれど、そこで大仰にため息をついた彼の顔には色濃い疲労が滲んでいた。
「しかし――流石に連日連夜こうでは、正直身が持ちませんね……全く、人間の女どもの声というのはどうしてああも耳障りなんでしょうか」
ミゲルはシャツの襟元に人差し指を突っ込んで胸元を寛げながら、心底うんざりしたように言った。
「こらミゲル。お客様は神様だぞ、神様に向かって耳障りだーなんて言ったらもう相手してもらえなくなるわよ」
「多少相手にしてもらえない神が増えた方が幸せですよ。今日なんか三度も尻や股間を触られた。俺の尻なんか触ったって仕方がないのに……」
「オイ誰だソイツ。出入り禁止にしてやるから後で触ったやつの名前と顔を控えとけ。なんならケシ炭に……」
「無駄です。入れ代わり立ち代わりで触ってきますから。一人や二人じゃない。顔を控える暇なんてありませんよ」
怜悧な顔の息子は、そう言って再び野太いため息を吐いた。
そう、この息子唯一の欠点らしい欠点がコレである。
つまり――女嫌いのケがあるのだ。
いや、女嫌いと言うよりも、ミゲルは母親の私から見てもはっきりと、人間という種族に好感を抱いていない。
疲れたときなどは、人間は愚かで、無知で、騒々しい、低劣な生き物だと思っているのを隠そうとしなくなる。
特に、女性に対してはその傾向が強くなるのを、私は今までの経験的に知っていた。
私に似てしまったのだ――私はそんな彼の人嫌いのケが見え隠れすると、私は自分の子育てを反省してしまう。
人間は愚かで、無知で、騒々しくて、低劣な存在であると侮り、下に見るのは、魔女なら誰にでも備わる傾向だ。
でも、彼らは魔女ではなく人間だし、ゆくゆくは人間社会に帰っていかなければいけない存在なのだから、当然その傾向は望ましくない。
だから当然、私はそういうことを彼が口にするたびにやんわりと否定しているのだが、現状がコレならばどうにも仕方がない。
「はぁーあ、やっと閉店かぁ。薬屋って想像してたよりも忙しいなぁ」
そうボヤきながらやってきたのは弟のニコルだ。
ニコルの方も色濃い疲労を顔にたたえながら、倉庫から在庫のポーションが入った箱を持ってきていた。
「身体は楽だけど気疲れがするなぁ。ママぁ、思い切って休業日増やさない?」
「そうするかねぇ。店舗販売じゃないところでもう結構な得意先を待たせてるから、しばらくは店の方は縮小するかぁ」
「ママって根本的にズボラなのにそういう契約とか約束にはうるさいよね」
「うるさいとは何ようるさいとは。契約は魔女の基本よ。約束は守る、外から帰ったら手を洗う、明日できることは今日しない、それが……」
「『それがアシュタヤ一家の家訓』だね、はいはい」
ニコルは呆れたように後を引き取った。
そう、それは魔女である私が口を酸っぱくして言い聞かせた鉄の掟である。
約束は守る――それは魔女であろうがその眷属であろうが、絶対に軽視してはいけないのだ。
ニコルはため息とともに肩を回した。
「あーあ、今日も疲れたぁ。正直あんな勢いで迫られたら身がもたないよ」
「こらこら、ニコルまでミゲルみたいなこと言わないの。お客様は神様よ」
「だって薬の話そっちのけなんだもん。食事のお誘いとか、とか、付き合ってる人いるんですか、とか。いちいち返答するのも疲れるよ」
「いーじゃないの。モテモテじゃないのアンタたち。世の中には声かけたってハナも引っ掛けられない男はごまんといるのよ」
「そういう人が羨ましいよ、もう」
基本的にのんびりした性格のニコルがここまで口を尖らせるのはあまりないことだった。
ああ……ダメだ。二人とも、私の目論見とは違い、どんどん女嫌いが加速しているような気がする。
これでは人間の世界に放流する前に疲れ果て、店を畳んでどこか人のいない山で暮らそうと言い出すのが目に見えている。
だがそれではダメなのだ。
何を隠そう、王都に来た以上、私には『東の聖女』というアバズレ女と事を構えること以上に、物凄く重要な目的があったのだ。
そう、息子二人の嫁探し――である。
◆
何分、彼らは森の奥で、人とあまり接触を持たないまま、今日まで育ってきた。
そして二人とも今や立派に成人したのだから、そろそろ私から巣立ってほしい。
それに、如何に私と言えど328歳の高齢者なのであるから、そろそろ孫の顔も見たい。
それは魔女の眷属としてではなく、普通に母親としての密かな望みだった。
当然、二人はこれを告げたら反発するだろう。
アシュタヤ様を放っていけません――。
ママから離れるなんてイヤだ――。
美男子ではあるが、こう見えて相当のマザコンな二人だ。
いやマザコンというより、根本的に彼らは私以外の人間や魔女を知らない。
彼らの世界には自分と、兄弟と、私だけしかいないのだ。
だから、王都での生活は、彼らが人間世界に戻っていく時のリハビリも兼ねている。
伴侶を見つけて家庭を持てば、私から巣立つ覚悟もきっと出来るだろう――。
私はなんとなくそう期待していたのだった。
であるから、現状店に若い女が押し寄せてきている状況はある意味で目論見通りの嬉しい事態ではあった。
だが、女どもの圧が凄すぎて、二人はそれに魅了されるどころか、翻弄されて疲れ切ってしまっている。
これはなにか違う手を考えなければ、若いうちから二人は完全に女を拒絶するようになってしまうかもしれない。
これはいったん彼らを休ませたほうがいいか……。
私がそんな事を考えたときだった。
ドンドン! と店のドアが叩かれ、私は顔を上げた。
なんだか久しぶりにガッツリ読まれていて驚きです。
ヒューマンドラマジャンル、強くなりましたね……。
まさにこの作品にうってつけのタグだと思います。
「面白かった」
「続きが気になる」
「もっと読ませろ」
そう思っていただけましたら
下の方から評価をよろしくお願いいたします。