息子たちと一緒に開業しました!!
「キャーッ! ミゲル様よ! 見て、あの麗しい顔! 素敵!」
「ニコル様ぁ! そんな娘とお話してないでこっちにいらっしゃって!」
寝ている私の耳にそんな悲鳴が聞こえ、私は眉間に皺を寄せた。
頭から布団を被り、全力で朝の到来を拒否する私に、黄色い声は次々と遠慮なく突き刺さった。
「ニコル様! ニコル様に会いたくてまた来ました! ポーションを一ケースくださいな!」
「ミゲル様、今日も素敵ですわね! こっちはエリクサーを三本、この膏薬を五ついただきますわ!」
くそっ、今日も今日とて、開店時間からうるさい連中だ。
人間は一体どうして朝も早くからこうもうるさいのだろう。
これだから私は人間が多い場所は苦手なのだ。
私は胎児のように身体を丸め、枕に顔を押し付けて騒音を防ごうとした。
「ミゲル様ニコル様、私のここ、ほら、胸元を怪我してしまって……ねぇ、どんな薬を塗れば治りますか? 患部を見て触れてくださいな……」
「ちょっと何よアンタ! 私のミゲル様に色目使うんじゃないわよ! こんな胸元の開いた服で人前に出るなんてはしたないと思わないの、このアバズレ女!」
「何よアンタ! 私がどんな服着てようが関係ないじゃない! 私は買い物しに来ただけ! オトコ目当てのアンタこそアバズレじゃないの!」
「キィー! 私のミゲル様に胸見せつけようとしたアバズレの癖に! 表出なさい! アンタとはゲンコツで決着つけるわ!」
キレた。
私はがばっと起き上がると、下着だけのまま、ツカツカと店に出た。
まだ開店して二週間しか経っていないのに、狭い店内は客でぎゅう詰めだった。
老若男女――というよりはほぼ女性で占められた店内からは、すでにあらかたのポーションや霊薬の類が消えていた。
カウンターで、健気に黄色い声を受け止め続けるミゲルとニコルの背後に立つ。
朝っぱらだと言うのに、二人の顔には既に徹夜したような色濃い疲労が浮き出ていた。
これだけ常識外のアプローチを受け続けたらそりゃ疲れるだろう。
ゆらり、と、爆発寸前の怒りをどうにか押し込めた私の殺気に、二人の肩がびくっと揺れた。
「アシュタヤ様――!?」
「ママ――!?」
息子二人が、ぎょっと私を振り返った。
私の凄まじい憤怒に気づいたのか、ミゲルとニコルの顔がひきつった。
店主たる私の、しかもほぼ下着姿での登場に、今まできゃあきゃあと騒いでいた店内が水を打ったように静かになった。
「あの――お客様方。あまり大声で騒がれますと他のお客様の迷惑になりますので」
ひくひく、と頬肉の痙攣をなんとか抑えた笑顔で私が言うと、今までカウンターに殺到していた客たちが顔を見合わせた。
私は低い声で「それと」と付け足した。
「うちの従業員にあまり直接的なアプローチはお控えくださいませ。当店は薬屋であって若いツバメのいる酒場ではありません。特に今、公衆の面前で恥ずかしげもなく胸元をくつろげようとした、頭と胸元の緩い方――」
私は客を見渡した。
その中の一人――黄色いドレスを着た、ひときわ豊満な胸を持つ娘が、明らかな動揺を見せた。
私はできるだけの営業スマイルを心がけつつ、彼女を見た――否、睨みつけた。
「言っておきますがそういう事は『二度と』なさらぬよう。でないと――」
私はそう言いつつ、人差し指をサッと振った。
途端に、ビィン! と彼女の身体が硬直した。
まるで新米兵士のように直立不動になった彼女は、そのままくるりと回れ右をすると、カクカクと壊れたブリキの兵隊のような足取りで店を出ていった。
彼女の背中を見送った客たちに、私はにこやかに宣言した。
「……このようにご退店をお願いする場合がございます。この店内はたとえ皆様が便所の中に隠れていようと、私が常に監視しております。節度を持って買い物をお楽しみくださいませ」
恫喝の口調で言うと、店内にぎゅう詰めになった客たちが顔を見合わせ、粛々と買い物に戻り始めた。
よし、これで心置きなく二度寝ができる。
私はすれ違いざまにミゲルとニコルの肩を叩いた。
「鬱陶しいやつがいたら、二人までなら殺して構わん。事故で済ます」
冗談ではない声で耳打ちした私は、そう言ってボリボリと尻を掻き、大あくびをしながら寝室に戻った。
◆
私たち――《樒の魔女》アシュタヤとその息子二人が、王都に来て三月が経過した。
最初の一ヶ月は、寝る間もないほどの忙しさだった。
息子たち二人が、私が知らない間に購入していた物件は、思った以上に広く、そして商業地区の一等地にあった。
王都の広大な商業区にはまだ薬屋が少なく、ここでならきっといい商売になります――ミゲルは眼鏡のレンズを光らせ、敏腕商人の声で言った。
何度も繰り返すが、やはり彼には若手経営者としての才能がある。私がブイブイ言わせていた頃なら、王都流行のハイブランド品で身を固め、少しキリッとした顔で横文字を使って経営を語れば、それだけで王都中の女が熱いため息を吐いたことだろう。
それから多くはない蓄えを切り崩し、生活のための道具や、製薬器具、薬の原材料を買い集め、私たちは寝る間も惜しんで薬を調合し続けた。
売り物の薬の在庫が出来たら次は店の改装なのだが、それもミゲルがすでに手を回していたらしい。
私の知らないツテをたどり、あれこれと業者を呼んで工事を繰り返せば、あっという間に薬屋としての体裁は整ってしまった。
《アルカディア魔女の大鍋店》という、絶妙にダサい店名は、弟のニコルが考えた。
曰く、ここは我々魔女の聖域であり、地上最悪のアバズレ女・東の聖女に堂々と喧嘩を売りに行ったような店名でカッコイイ――とかなんとか。
しかし、順風満帆な開店準備とは裏腹に、私の心は多少不安であった。
今まで魔女としてポーションや薬の類を調合して人間たちに売ってやったことはあるが、それはどちらかというと物々交換、もっと言えば付き合い程度のおすそ分けだ。
王都には縁もコネもない魔女が店を構え、利益を出してそれを売ろうというのだから、おすそ分けとは根本的に話は違ってくる。
まだピチピチの328歳である私にとっても、名実ともに新たなる人生の第一歩となる薬屋の開業――正直、気が気ではなかった。
しかし――私の予想に反して、《アルカディア魔女の大鍋店》は開業初日から大盛況となった。
理由は単純明快、私の息子二人がとてつもなくいい男だからである。
何でも、私たちが王都に来た時点から、巷ではそうしょっちゅう見れないレベルの美兄弟がやって来たと、方々で話題になっていたらしい。
そしてその兄弟があろうことか商業地区で客商売を始めるということで、開業当初からその美兄弟をひと目見ようと、王都の娘たちが彼ら目当てに押し寄せたのだ。
まぁぶっちゃけた話、最初の数日は私目当てのスケベ男どもも少なからず来ていたのだが、二日目にすれ違いざまに客にケツを触られた私が凄惨な「物理的解決」をしてからはパッタリと来なくなった。
そんなわけで、初日から一週間の間、《アルカディア魔女の大鍋店》はわずか30分で全在庫完売という偉業を成し遂げ続け、私たちの手元には見たことも聞いたこともない額の銭が転がり込んでくるようになっていたのだ。
だがしかし、禍福はあざなえる縄の如し。
順風満帆な滑り出しを見せた商売とは裏腹に、息子二人は既に人間の女というものに疲れ始めていた――。
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