魔女集会に向かう準備を始めました!!
二日後の、深夜十二時を目前に控えた深夜。
肌理細かな店の床にチョークの白線が伸びていく。
魔法陣を描く時に注意を払わなければならないのは無心で描くことだ。
魔法陣や魔法、呪いというのは、ひとつでも構文や描き方が違っただけで所定の効果を発揮しなくなる。
慎重に、丁寧に、無心で――そう繰り返しながら、私は最後の一文を書き終わった。
「――よし、できたわ。ミゲル、供物の用意は?」
「抜かりなく」
「ニコル、結界術式の解除は?」
「大丈夫」
「よろしい」
私は頷き、自分が描いた魔法陣を見直した。
どこにも抜かりやつながっていない場所はない。
魔法集会へ参加する準備は万端整った。
「繰り返しになるけど――魔女集会はその集会場所に辿り着くまでがひと試練、それはわかってるわよね?」
私の言葉に、息子たちは頷いた。
「魔女は決して足跡を悟られてはならない。だから集会場所に箒でノコノコ乗り付けるようなことは決してしない。そしてその場所には、能力のないものは辿り着けない仕掛けも施してある」
私は二人の顔を交互に眺めて、そして訊ねた。
「ときにミゲル。魔法とは何であるか、説明できる?」
私の突然の質問に、ミゲルが私を見た。
そう、それはこの息子二人に口を酸っぱくして説いたこと。
魔法という偉大なる現象が何故生まれ得るのか、その根本を問う質問だった。
「魔法の根本――ですか。一言で言えば、あると思えばそこにある力、ですね?」
その説明を私は黙って聞いていた。
「熱源のないところに火を生じさせる、雨雲もないところに稲光を轟かせる。これは本来は順序も関係性も逆だ。結果に原因を創る倒錯――それが魔法の神秘です。魔法はその関係性の理を理解し、想像し、現象としての森羅万象の、なおかつ結果だけを発現させる力、それが魔法――」
そう、それが魔法理論の根本だ。
火は熱源から生じ、稲光は雨雲から生じ、水は天から滴り落ちる。
魔法はその順序を入れ替え、結果だけをこの世に生じせしめるもの。
火のないところに火を生じさせ、雨雲なきところに稲光と水とを生じさせるもの。
魔法とは、一言で言ってしまえば現実に作用する空想なのだ。
「その時重要なのは、存在しないものをないものとして理解するのではなく、存在し得るもの、ないけれどもあるものとして理解し、疑わないこと。魔法というものは、あると思えばそこにあり、ないと思えば消えてしまう。魔力はその現象の関係性から生じる力、ないはずのものに形を与え得るもの――これでよろしいでしょうか?」
「流石ミゲルね、完璧な説明よ」
私は足元の魔法陣を見た。
「魔女集会に至る道は、本来ならばこの世界には存在しない。だから無理やり創る。作ってそこに飛び込む。私たちはそこを通る間、『ある』わけでもないし『ない』わけでもない、とても不確かな存在になる――そこで重要なのは」
そこで私は両手を出し、息子二人の手を握った。
突然の私の行動に、息子二人はちょっとびっくりしたようだった。
「アシュタヤ様?」
「ママ――?」
「要するに――お互いにお互いの存在をあるものとして確認し合うこと、これよ」
私はぎゅっと、息子たちの手を握る力を強くした。
「魔女集会に至る道は魔法でできている。つまりそこに飛び込んでいくということは、私たちの存在が魔法と同じぐらい曖昧になるということ。魔女集会に至る路は、自分たちの存在とは何なのか、幻ではないのかと常に問いかけてくる。少しでも自分の存在に疑問を持てば私たちの負け。私たちの存在は否定される――つまり、死ぬのよ」
息子二人が、ぐっと息を呑んだ。
私は息を深く吸った。
「ちなみに言っとくけど――やっぱりやめるってんなら今のうちよ?」
嘘でも冗談でもない声で私は告げた。
その言葉に二人は顔を上げ――断固とした表情で首を振った。
私は呆れて笑った。
「はぁ、強情息子どもめ。やっぱりひっかかってくれないか。上等だわ」
私は足元の魔法陣を見つめた。
人間がこの魔女の回廊に足を踏み入れるなんて正気の沙汰ではない。
彼ら人間は寿命も短く、脆弱で、死が我々魔女よりもずっと身近な存在だ。
死のイメージに一度飲み込まれれば、それはあっという間に現実のものになってしまう。
けど――この息子たちなら、否、私たち家族ならきっと大丈夫だ。
一度やるといい出したら梃子でも動かない、その頑固さを信じるしかない。
私は手のひらにぐっと力を入れ、宣言した。
「――謹告。《樒の魔女》アシュタヤの名において、我らが征くべき道を示し給えや!」
瞬間、私は右足を挙げ、ブーツの踵で魔法陣の真ん中を強く踏みつけた。
「【巡天回廊】!」
ダン! と床を踏みつけた瞬間、足の裏に感じていた床の感触が消失した。
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