人間が襲撃してきました!!
ん、と顔を上げると、ほぼ同時にミゲルとニコルも顔を上げた。
「アシュタヤ様――」
ミゲルが私を見た。
私も頷いた。
「人間ね――それも独りじゃない。とうとう結界を破って入ってきたか」
私はこめかみに右手を当てて、探知魔法の感知野を広げた。
手に手に松明と剣を持った二十人ほどの人間たち。
その表情はみな一様に固く、狂気に呑まれているのがわかる。
どう考えても友好的に話し合いをしに来たわけではなさそうだ。
私は、口々に何やら喚いている彼らの声に意識を集中した。
「魔女を狩り出せ! 我々の正義を信じよ!」
ハァ、と私はため息をついた。
同じく探知魔法でその台詞を聞いたらしいニコルが、疲れたような目で私を見た。
「ママ、また引っ越しだね……」
ニコルがうんざりしたように言った。
やれやれ、結構気に入っていたのに、ここも一年たらずで引っ越しか。
事実、私も少なからず落胆し、ミゲルも眉間に皺を寄せて難しい表情をした。
古来――魔女というのは崇められ、恐れられるべき存在だった。
千年の時を生きる魔女が持つ叡智と永遠の若さ・美しさは、たかだか百年の時しか生きられない人間とは根本的に次元が異なるものだ。
だからこの非常食1・2がいい例であるように、大昔の人々は魔女を恐れ、そこに人身御供を捧げることまで行っていた。
だが――最近ではその傾向もすっかり廃れつつある。
それは約五百年前、この大陸に聖女教会というインチキ宗教が蔓延り出してからのことだ。
五百年前、今よりもっと世の中が混沌としていた時代――聖も魔も善も悪も、平等に生きることが許されていたこの大陸に、この世の創造神である女神の加護を受けて生まれてきた乙女――いわゆる聖女の降臨があったという。
そこからが吐き気をもよおす話なのだ。聖女はこの世のすべての存在を勝手に「善」と「悪」に分け、なおかつ悪を攻撃し、迫害し、善なるものがこの世の主であるように定め、無知蒙昧な民を操り始めた。
彼女の滅茶苦茶で過激な教えは彼女の死後もダラダラと語り継がれ、結果その世迷い言は長い時を経て、この世に「聖女教会」と、その下部組織である「異端審問局」なる一大ヤクザ勢力を作り上げることになったのである。
そして誠に失礼なことに、そのうち聖女教会は「魔女」の存在をやり玉に挙げ、彼女たちが使役する魔法や魔術――否、その存在そのものが女神の意志に反するものであるかのように喧伝し、その存在を迫害し始めた。
そんなわけで、教会ヤクザの権威を背景にして、王都の貴族連中だけでなく、民衆までもが魔女に対して「魔女狩り」という形で露骨に威張り始めたのが約二百年ぐらい前。
結果、そんなイザコザや喧騒を嫌った魔女たちは皆一斉に人の世界を捨て、人目につかぬ森に隠れ住むことになったのである。
だが――正直に言えば、田舎や中央から遠く離れた辺境では、つい最近まで人間と魔女の関係はそんなに悪くはなかったように思える。
今やこの国の殆どの人間が聖女教会の信徒であるものの、現実的に魔女がもたらす叡智や霊薬の恵みは生活に必須のものであったからである。
そんなわけでついこの間まで、魔女が大手を振って町中を歩いたりもできていたのだけれど――根本的に風向きが変わり、この国のどこにいても追い回されるようになったのはここ二十年ぐらいのことだ。
あの時代が懐かしいなぁ、ゼニもたんまりで、毎夜毎夜魔女仲間とテッペンまで豪遊してたっけ――。
私は少し懐古的な気分になりながら言った。
「えぇ、とうとうここもバレたか。この五年で四回目よ、全く、また引っ越し代がかかってしゃあないっての」
「心配ってママ、この期に及んでお金の心配してるの?」
「この世にカネ以上に大事なものがあるなら私はそれに抱かれたっていいわ」
「ぬっ、聞き捨てならない事を……それで、どうしますアシュタヤ様? 偽装魔法で誤魔化しますか?」
「あー、いいいい」
私は首を振った。
「一応、あの結界破ってきたんだから結構な相手がいるんでしょう。ソイツにだけでも少し痛い目見せないと……」
そう言って私が立ち上がった、その途端だった。
背後から肩に両手が置かれ、私は強制的に椅子に着席させられた。
後ろを振り返ると、ニコルがにかっと笑いかけてきた。
「だったらなおさら、ママにそんな危ないことさせられないよ」
「俺たちが行きます。アシュタヤ様は食事を続けてください」
全く――。
私のようなズボラな魔女から、どうしてこんな出来た息子が二人が育つのだろうか。
それが可笑しくて、私はついつい笑ってしまった。
「ハァ、全くデキた息子たちだわ、あんたらは。――じゃあ頼むわね」
「了解。朝食前の運動と行くか」
「誰も殺さずに、ですね?」
「あくまで対応はソフトに紳士的に、ね?」
よくよく言い聞かせると、ミゲルとニコルは力強く頷いて家を飛び出していった。
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