魔女が接触してきました!!
がちゃん、とミゲルが店を閉め、看板を『CLOSED』に裏返した。
そのまま、無言でカウンターに座ったミゲルは、ハァ、と気の抜けたため息を吐き、台帳を広げた。
ニコルはニコルで、広い店内を箒で掃いたり、棚に陳列した商品を直したり、手際よく店を掃除していく。
私は――というと、ただぼんやり座っていた。
店内が見渡せる位置に置いた椅子の上に腰掛け、頬杖をついて、意気消沈した息子二人を見ていた。
あの衝撃的な光景から三日――私たち家族は明確に口数が減っていた。
いつもなら閉店後は夕食まで馬鹿話をしてすごすのだけど、そんな余裕はあの村の光景が蒸発させてしまっていた。
そして、年端もゆかぬ女の子すら助けられなかった自分への不甲斐なさも、私たちは確実に感じていた。
やはりあの光景を見せるべきではなかったのか――正直言えば、私は迷っていた。
聖女と事を構えるなら、あの光景は遠からず彼らは目の当たりにしたはずだ。
だけれど、聖女の圧倒的な力を見て、それからすぐにあの「救済」の光景――。
二段重ねで叩きのめされてしまった二人、そして私は、明らかに聖女を恐れていた。
あんな数の人間を殺戮しても全く心が動かない人間。
あれだけのことを、あろうことか善行だと信じて疑わずに実行する人間。
そんな常軌を逸した人間がいることなど、彼らは想像だにしなかったはずだ。
そして――ゆくゆくはあのバケモノ、否、悪魔と私たちはやり合うことになる。
正直、私だって逃げ出せるものなら逃げ出したいぐらいだった。
更に告白すると――私はそのとき、真剣に国外へ脱出する方策を練っている自分に気がついていた。
この国を出て、海を渡り、この世の果てまで逃げれば――いくら異端審問局といえ私たちを追っては来るまい。
或いは国外脱出でなくとも、どこか人の生存が許されない山奥に隠れ家を作り、そこで隠棲するのは――。
いや――ダメだ。彼らは人間であり、魔女である私の都合につき合わせるわけにはいかない。
それに、彼らには人間として生きてほしい。そして伴侶を見つけ、子をなし、孫に囲まれ、きちんと生きて死んでほしいのだ。
困難と戦い続けた果てに敗北し、辛い生よりも安楽な死を選んだあの百姓共と同じ選択は絶対にさせられない。
それはもはや母親の義務とか務めとかいうより、あの光景を見た後では、もはや私の意地に関する問題だった。
だけど――そこで私の思考はループする。
聖女の力は圧倒的で、もはや私個人どころか、家族三人束になった所で敵わないかもしれない。
絶対に敵わない相手と戦うこと、それは結果的に自殺するのと一緒のことだ。
生来、こういう風にウジウジ悩むのは性に合ったことではなかった。
でも、おそらく悩んでいるのは私だけではなく、彼らもだ。
いつ「逃げよう」と言い出そうか、その頃合いを見計らっている雰囲気すらある。
逃げるな、立ち向かえ、と私は彼らを叱ったけど、もう一度言われたら叱る自信はなかった。
逃げるのと立ち向かうのと、一体どちらが母親として正しいのか、私は完全に見失いかけていた。
難しいなぁ、母親って――。
この十七年、何度繰り返したかわからないボヤキとともに、自分の不甲斐なさを感じた、そのときだった。
『おいなんだ、ちょっと見ないうちに随分フケ込んでんじゃねぇか、《樒》の』
その声に――私は目を見開いた。
息子二人も、その突然発した声に驚いたのがわかった。
私はぎょっと横を見て――そこに一羽のカラスがいるのを見た。
いつの間に店内に侵入したものか、黒い羽が艶やかなカラスは、店のコート掛けに止まり、くりっと首をめぐらした。
「あ、アンタ――!?」
私が思わず狼狽えると『何だよその反応』という声が聞こえ、カラスがくっくと苦笑した。
『まぁしゃあないか。こうやって直接ハナシすんのは四十年ぶりか? 五十年ぶりか? 俺のこと忘れちまったんじゃねぇかと思ってたが――』
人の言葉を話すカラスは、そこで息子二人を順に見て――満足したように言った。
『ふぅん……やっぱりいい男だな。しかもそれなり以上に魔法が使えるらしい。《樒》の、こんないい男二人も、どこで拾ったんだ?』
ふと――息子に色目を使われたムカつきが私を冷静にした。
私はカラスに向かって思わず口を開いた。
「ウチの息子に手出したら殺すわよ、《荒の》」
私の声に、カラスは少しだけ嬉しそうな声を上げた。
『おお、覚えてくれてんのか。忘れられちまったのかと思ってたぜ』
「いいえ、ちゃんと忘れてたわよ。思い出しただけ。随分久しぶりね――」
そう、こいつの二つ名――《荒の魔女》。
コイツの眷属は昔から、この白く目が濁ったカラスだ。
息子二人を拾ってからは付き合いどころか会話する事も忘れていた、それは私の同胞の名前だった。
「あの――ちょっとよろしいですか?」
と、そこで――ミゲルが困惑したように会話に入った。
「《荒》の、ということは――あなた様はまさか、魔女――?」
ミゲルが戸惑いも露わに言うと、カラスが少し怪訝そうに私を見た。
『なんだぁ《樒》の。こいつらに俺たちのこと教えてねぇのか?』
「むしろアンタたちのことだけは教えないのが母親の務めよ。アンタたちの思考や生き方はこれ以上なく教育に悪いわ」
『あはは、確かにそうかもな』
カラスはミゲルに向き直った。
『そうともよ、俺は魔女だぜ。しかも世の中には魔女は俺らだけじゃない。《邪の魔女》、《榛の魔女》、《艶の魔女》――ここらに住んでるのはお前らの母ちゃんも含めて五人かな』
「他に四人も……いるのですか」
ミゲルは信じられないというようにカラスを見た。
そう言えば、私はこの息子二人に私以外の魔女の存在を教えたことがない。
だから彼らは今初めて私以外の魔女の存在を知り、それと会話していることになる。
『ああ、本当はもっといるんだが……まぁそこそこ連絡を取り合ってるのはこれぐらいだな。みんな仲間だぜ』
「誰が仲間よ。ウチの息子に妙なこと教えんな」
私はカラスに向かって毒づいた。
「だいたい魔女に『仲間』なんて概念があったとは初耳ね。魔女は群れないし徒党も組まない。個では生きていけない人間と魔女は違うわ」
『そうともよ。だが場合による。魔女は利益がある場合には協力もする。群れ集って話し合いをすることもある。その最たるものが――』
「魔女集会、か」
私は先回りして納得した。
まぁ、あのアバズレ聖女が転生し復活した時点で、いつかは開催されると思っていたけれど、意外に反応が早いではないか。
私よりずっと魔女らしいこいつらのことだ、なにかに理由つけてその開催を先延ばしにすると思っていたのだけれど。
『わかってんなら話は早い。――《樒の魔女》、アシュタヤに謹告』
カラス――否、《荒の魔女》は私に黒曜石のような目を向けた。
『来る早霜の月十三日、魔女集会を開催する。場所は定例に従う。息子二人も同伴の上出席されたし。この約定は我ら血と誇りによる厳命である――以上』
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