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飢えた子どもと出会いました!!

 見ると――人間の子供らしかった。


「らしかった」、というのは、その子の顔が真っ黒けで、しかも痛ましくガリガリに痩せこけていたためで、一瞬人間の子だという理解が追いつかなかったからだ。


 かろうじて、という感じでまだ輝きを保っている金髪の三編みとエプロンドレスとを見ると、どうやら六歳か七歳ぐらいの女の子のようだ。

 



「人間――?」



 

 ニコルが言うと、女の子はびくっと身体を竦ませた。


 竦ませたけど――逃げる気配はない。


 女の子の視線はじっとりと私たちに注がれたままで、何を言うでもなく、唇を真一文字に引き結んでいる。

 

 その姿があまりにも必死だったため、思わず私は声をかけていた。



 

「アンタこんな山の中でどうしたの? こっちにおいで」



 

 なるべく敵意のないように話しかけたつもりだったけど、女の子は木陰に半分身体を隠したままだ。

 

 よく見ると、女の子の視線は微妙に私たちからそれている気がした。


 その視線は、私たちが今まさに発見した倒木に注がれていて、それを採ろうとしている私たちに何かを訴えかけようとしているかのようだ。


 私が追加で何かを言おうとすると、ニコルが手でそれを制した。

 



「もしかして、キノコがほしいのかい?」



 

 ニコルの優しい言葉に、初めて女の子の顔が変化した。


 女の子はきゅっと唇を噛み、思いつめたような顔で言った。



 

「あのね、あのね――私のお母さんが、病気で寝ているの」



 

 女の子はたどたどしい口調で言った。

 



「村の人たちがね、食べ物がなくて、よくない病気も流行ってるの。お母さんがね、苦しい苦しいって、寝たままなの。お父さんも――全然帰ってこないの。キノコはおくすりなの。キノコがあればきっとお母さんと一緒にお父さんを探しにいけるの。キノコ、持っていっちゃダメ?」



 

 その言葉に――私と息子たちは顔を見合わせた。


 こんな小さな子が歩いてきたのだから、おそらくこの子は麓の村の娘であるに違いない。


 あの火の消えたような村では、飢饉か疫病か、なにか余程の凶事が起こっているらしい。


 この女の子は苦しむ母親を見かねて、きっとここまで必死になって走ってきたのだろう。

 



 女の子の見舞われた地獄を私が察していると、ニコルが一歩前に進み出て、柔和な声と表情で声をかけた。



 

「もちろんさ。さぁ、一緒にキノコを採ろう。お母さんも喜ぶよ」



 

 ニコルの言葉に、暗く沈んでいた女の子の顔から陰りが消えた。


 自分も末っ子の甘え上手であるためなのか、ニコルは子供好きなのだ。


 それに彼の方も、実に嫌味なく子供に好かれる才能がある。


 案の定、一気に警戒が解けた様子で、少女は木陰を飛び出した。

 



 覚束ない足取りで倒木の側までやってきた女の子は、倒木一面に生えたキノコを指で摘み、エプロンのポケットに次々と押し込み始めた。


 私たちも協力すると、少女のポケットはすぐにチシオタケでいっぱいになった。



 

「ねぇ君、お腹すいてない?」

 



 しばらくして、ニコルが言った。


 女の子が不思議そうにニコルを見上げると、ニコルは背中に背負ったザックを降ろし、中から昼食用の包みを取り出した。



 

「ほら、サンドウイッチ。まだあったかいよ」



 ニコルが包みを解いて差し出すと、ごくっ、と女の子の喉が動いた。


 きっとしばらくぶりに見る食べ物であろうことは、その表情を見ればすぐにわかった。


 女の子はニコルとサンドウィッチの間に視線を往復させて――意を決したように手を伸ばした。



 

 ばく、と小さな口で噛みつき、頬張ったまま、二口、三口……。


 腹が空いていたというよりも飢えていたと言える、必死の食べ方だった。


 まだこんなに小さいのに……息子二人と初めて出会ったときの事を思い出して、私の心がちくりと痛んだ。

 



「ねぇあなた、村で食べ物が食べられなくなったのはいつぐらいから?」



 

 私が艶のない金髪を撫でてやりながら言うと、女の子は少し考えてから「……冬ぐらいから」と言った。


 今は初秋だ。つまりもう半年以上も村は飢饉に見舞われていることになる。

 



「村の大人の人たちはなにか言ってるの?」

「今にお救いが来るよ、って。あのね、王都のね、偉い人にお願いしたんだって。今にみんなお腹いっぱいになるんだって。ねぇ、お救いが来たら、お父さんも帰ってくるかな?」



 

 少女はつぶらな瞳で私を見上げた。


 そのあまりにも切実な声と目に、私は一瞬、言葉に詰まってしまった。



 

「ああ、大丈夫だ。きっと父親は帰ってくる」



 

 優しい声ですかさず言ってくれたのはミゲルだった。


 ミゲルは少女の傍らにしゃがみ込み、同じ高さで少女の顔を覗き込んだ。

 



「いいか、今お前はとてもつらいかもしれない。でもな、待っていればいつか我慢するのも終わる。それまで頑張るんだぞ、いいな?」



 

 優しく、言い聞かせるかのような言葉に、うん! と少女は頷いた。


 その辺りで、四切れあったサンドウィッチの半分がなくなった。


 少女はその包みを丁寧にもとに戻すと、エプロンのポケットに突っ込んだ。

 



「ん? どうしたの? 食べないの?」

「お母さんの分――」

 



 少女は小さな声で言い、私を見た。

 



「お母さんはね、お母さんはお腹いっぱいだから食べなくてもいいよって、いつも言うの。でも私、知ってるんだ。お母さんだってお腹が空いているの。お腹が空いているからお熱も下がらないの。きっとキノコと食べ物があればお熱も下がるの――ねぇ、持って帰っていいでしょ?」

 



 お願い、というような少女の言葉に、私たちも胸を衝かれる気持ちだった。


 あまりにも健気な女の子に胸を衝かれたかのような表情で、ニコルは私を見上げた。



 

「ねぇママ――」

「わかってるわニコル。私たちはお腹いっぱいだしね」



 

 私の笑顔に、ニコルは安心したようにザックの中に手を伸ばした。



 

「――ねぇ君、これ、僕たちはお腹いっぱいだから食べられないんだけど、もしよければこれも持っていってくれるかな?」

 



 ニコルは私たちの昼食であるサンドウィッチの包みを二つ、女の子に差し出した。


 女の子はびっくりしたような表情で、いいの? と言いたげにニコルを見上げた。

 



「美味しいよ、サンドウィッチ。お母さんと一緒に大切に食べてね」

 



 ニコルは言い聞かせるように言って、女の子のエプロンに包みを押し込み、頭を撫でてやった。


 わぁ、と嬉しそうに笑った女の子が、初めて笑顔になった。



 

「ありがとう、お兄さんとお姉さん! 私、お救いが来るまで頑張るね!」

「ああ。君こそ頑張ってね。さぁ、お腹がいっぱいになったらお母さんのところに帰ってあげて。きっと喜ぶよ」

 



 うん! と全身で頷いた女の子は、ぴょいと倒木の側を離れ、エプロンのドレスをユサユサ揺らしながら駆け出した。


 しばらく山道を駆けてから――女の子はふと立ち止まり、振り返った。


 


「ねぇお兄さんとお姉さん! いつか私たちの村に来てくれる!?」

 



 少女は精一杯の大声を張り上げた。

 



「ママにね、すっごく優しい人がいたって教えたいの! 私はナミラ! きっと、きっとおうちに来てね! きっとよ!」

 

 女の子は小さな体を弾ませるようにして手を振った。


 私たちも両手を振ると、女の子――ナミラは、後は後ろも見ずに駆け出していってしまった。



 

「やれやれ、人間にもあんなに健気な人間がいるんですねぇ」

「なぁにを爺さんみたいなこと言ってるのよ、ミゲル。アンタも人間でしょ?」

「いくら僕らでも、あそこまで必死にはなれないよ、ママ」

 



 ニコルが鼻の頭を掻きながらその後姿を見送った。

 



「あんな小さいのにナミラは立派な子だ。きっとお母さんも元気になってくれるよ」

 



 その小さな背中が、徐々に森の奥に消えようとしていた。


 しばらくその背中を見送った私は、「さて」と声を発した。

 



「さ、お昼ごはんもなくなっちゃったし、午前中に収穫して帰るわよ」

 



 その言葉をしおに、三人は大木の表面に生えた小さなキノコの収穫に取り掛かり始めた。

 

   


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