閑話休題
『聖女リスタリアが復活したって! ウケる~!』
甲高い、人を小馬鹿にしたような声が、闇が支配する空間に響き渡った。
だが、この蓋をされた匣の中に、その声を発した主の姿はない。
ただ――その匣の中にぽつねんと捨てられた何かが震えただけだった。
ただ目につくものがあるとするなら、それは床に打ち捨てられた、藁で出来た小さな人形である。
しかも随分時代のついたものと見え、それを縛っていた針金は真っ赤に錆つき、埃に半ば埋もったようになっていた。
その人形にはその持ち主のものと思われる髪の毛が一本結び付けられており、声はどうやらその人形から発しているらしかった。
『聞いたわぁ。しかも今回は本気で魔女を滅ぼすって息巻いてるってねぇ?』
別の人形が悩ましげな言葉を発した。
香水の匂いが漂ってきそうなその一言に、妙な発音の言葉が応じた。
『なんや最近、異端審問局が元気や思ったらそういうことかいな』
マジかぁ、それに女性としてはやや低い声が応えた。
『どうする? あの売女、転生繰り返しすぎて力マシマシだぜ。今回ばっかりは個人戦じゃ敵わんかも』
だが会話の内容から考えても、声はどれもこれも間延びしていた。
とんでもない危機に違いないのに、危機感というものがどうも今ひとつ感じられない彼女たちの会話はゆっくりと始まった。
『異端審問ウザいよね! みんな引っ越し何回した?』
『四回だ』
『ウチ六回やな』
『えーそのぐらい? 私は十二回よぉ?』
『えー大変やなぁ!』
『よくカネ続くなー』
『だって仕方ないじゃない。鬱陶しいもの人間って』
『あーあ、聖女ウザい。死ねばいいのにって思うよね?』
『せやな』
『聖女死ね! ってな』
『しかも《樒》のが聖女にケンカ売っちゃったらしいよ。ウケるー!』
『やぁだそうなの? アイツ力は強いのにケンカっ早いのよねぇ』
『まぁなんや、アレと聖女は色々と因縁もあるらしいしなぁ』
『マジ? 魔女が聖女と因縁あるとかウケる』
『しかもアイツ、人間の眷属をふたりも育ててるらしいぜ。しかも滅茶苦茶いい男だとか』
どの人形かがそう言うと、一瞬、匣の中にわんわんと響いていた声が消えた。
『……人間の眷属? それほんとぉ?』
『マジのマジだよ。息子として育ててんだって』
『うわ無理ー! 人間無理ー!』
『うわぁ、なんでそんなことしてるん?』
『それは知らねぇけどなんかあったんじゃね?』
『でもなかなかいい発想じゃない? 非常食の養殖だなんて』
『まぁでも洋食じゃなくて和食にして食べるつもりかもしれんけどな』
『えっ』
『えっ』
『うわぁ……もう今のキツすぎて会話入ってけぇへん……』
『あ、なんかすまん……』
『しかも何? 今いい男って言った?』
『うん。俺んとこのカラスが見たってよ。すげーいい男だったってさ』
『なんやなんやなんやねん、切実に見たいなソレ』
『ウケる! あたしも見たい!』
『私も人の子とか攫おうかしらぁ』
見たい、私も、という声は次々と挙がった。
ひとしきり声が挙がったところで、誰かが「でもさぁ」と切り出した。
『でも、《樒の》ってあんなガサツなのに母親なんかできるのかしら?』
『アイツ意外に面倒見いいところあるから大丈夫でそ?』
『それにアイツは昔から人間と近いからな』
『面倒見いい奴があんなゴッツイ箒作らせるん? 知らんけど』
『でも俺は好きだぜアイツの箒。メカメカしくてカッコイイ』
『しかもアイツ先陣切って聖女にケンカ売ったんでしょ? 凄いわねぇ』
『ウケる。あたしなら逃げる。あんなバケモノ相手とか無理』
『度胸あるやんなアレ』
どうやら、この匣の中で《樒の魔女》は意外にも人気者であるらしかった。
誰かが言葉を発する度、話は際限なく脇道に逸れていくが、彼女らの会話はいつもこんなんだ。
彼女らは絶対に徒党を組まぬし、利己的で、己の価値観に正直だ。
協調性――人間社会では渡世のために必須のその概念は、こと彼女らに限って言えば存在しない概念だった。
『とにかく、聖女が魔女を滅ぼすって決めたら厄介よねぇ?』
『アレだよね、とにかくヤバいっていうか』
『もうホンマじゃまくさいわぁ』
『どうするみんな? 対策しないとヤバくね?』
『となればやっぱアレやるしかないんじゃないのぉ? 魔女集会』
その一言に、彼女たち全員が長く沈黙した。
その後、ハァー、という誰かの重く長いため息が人形を震わせた。
『やんの? 魔女集会? 無理無理無理無理カタツムリ』
『やってどないなるっちゅうねん。どうせめいめい何処が頭で何処が尾やらわからん話オネオネオネオネして終わりやで? それこそじゃまくさいわ』
『でも一応、私たちにとってここ二百年ぐらいでは一番の危機よぉ?』
『そうなんだけどよ……』
『議論なんかイヤやで。話するならここでええやろ?』
『そうそう。あんたたちと顔合わせるとかマジ無理』
『じゃあ、樒のに息子二人も連れてこいって言えばいいんじゃない?』
『へぇ――?』
『魔女集会じゃなくて、みんなでその息子二人を愛でる会って考えればやる気も湧くでしょ? 若いコの精気も存分に吸えるわ』
その一言に、彼女たちは色めき立った。
『なにそれウケる! 賛成!』
『賛成だな』
『ええな』
『みんなでイケメンに癒やされましょう?』
『決まりだ』
『ちょい待ちぃや。回状誰回すん?』
『一応曲がりなりにも代表なんだからこういうのは《邪「》ちゃんがやるべきじゃない?』
『無理無理絶対無理。だいたい代表なんて百五十年前にはずみでそういう話出ただけでそ? あたしはイヤ』
『ほな《荒》の、頼むで』
『えー!? なんで俺なんだよ! お前やれよ《榛》の!』
『よし決定。頼むわね《荒》ちゃん』
『オメーまで何抜かすんだ《艶》の! ちょ、おい――!』
『さーさ、そうと決まれば解散解散♪』
『ちょ、この――! 覚えてけよお前ら!』
その一言を最後に、賑やかな会話は終わった。
フッ――と、匣の中から人の気配が消え、もとの静謐が戻った。
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