息子二人と買い食いしました!!
「しかし――アシュタヤ様、あの女、いや、聖女とは――一体何者なんです?」
瞬間移動や箒ではなく、しばらく歩いて話をする必要があっただろう。
王都を歩きながら、ミゲルが随分久しぶりに喋った。
私は道の真っ直ぐ向こうを見ながら言った。
「東の聖女は聖女教会の絶対的なトップ、そして力そのものよ。聖女教会は元々、数百年の間隔で現れる聖女を庇い護り、なおかつ空位の期間、この国を支配するための組織だからね」
「数百年の間隔、って……まさか転生でもしてるっていうの?」
「そのまさか、ね。聖女は転生するの」
私は肯定した。
「聖女はこの地上にたった一人、創造神である女神がお遣わしになる存在だからね。魂が他と違う。姿形は変わっても、その魂は永遠に輪廻し続ける。今回は随分若いわね。いいとこ二十歳前ぐらいの小娘だった」
「今回は、とは?」
ミゲルが少し不審そうな顔をした。
「アシュタヤ様――転生前の聖女をご存知なので?」
「あんまり勘ぐるのはやめとけ。あんまりあの売女のことばっかり考えてると脳みそ腐るわよ」
私の言葉に、ミゲルが口を閉じた。
ニコルもそれ以上の詮索をしたがらない様子で、少し俯き加減だった。
二人ははっきりと意気消沈していた。
あんなバケモノと事を構えるのか――言葉以上に、表情がそう物語っている。
この息子二人がこんなに落ち込んでいるのは久しぶり、確か七つぐらいの時に揃いも揃って寝小便した時以来だ。
全く――あの腐れ売女め、ウチの家庭の火を消すなんて言語道断だ。
いつか必ずこの責任は負わしてやるぞ、と憤慨する私の鼻に、ふと――懐かしい臭いが鼻先に漂ってきた。
私は顔を上げ、立ち止まった。
「ママ?」
「アシュタヤ様?」
私の視線の先に、もくもくと湯気を上げる屋台がある。
見れば、蒸かし芋を売っているらしい。
ふと――妙案を思いついた。
その屋台に歩み寄った私は、にこにことえびす顔の店主に「蒸かし芋三つ」と注文した。
程なく、紙に包まれて湯気を上げる蒸かし芋が出てきた。
私はそのうちの二つを息子二人に差し出した。
「ほら、食べな」
命令口調の私に、二人は戸惑いながらも蒸かし芋を受け取った。
おっかなびっくり、という感じで芋を口につけた二人は、熱い熱いと言いながらもハフハフと食べ始めた。
「美味い?」
ハフハフ、と、まるで子どものように蒸かし芋を熱がりながらも、二人が同時に首肯した。
私は半笑いの声で腰に手を当てた。
「懐かしいわね。私が初めてアンタたちに食べさせたのも蒸かし芋だった」
その声に、芋に齧りついたまま、二人が同時に目線だけを上げて私を見た。
「家に連れ帰ったときのアンタたち、私がパンだのシチューだのを食べさせようとしても、これは食べ物じゃないって絶対に譲らなかった。じゃあ代わりに何が食べ物なんだって聞いたら、蒸かしたお芋だって――」
そう、彼らはおそらく、私に拾われるまで、食うや食わずの生活をしていたに違いない。
それと同時に、今どき芋が主食だなんて、よっぽどの貧農でもまぁないだろう。
ただでさえ畜生腹として忌み嫌われる双子の兄弟である。
私に拾われるまでのこの兄弟の生い立ちは、決して幸福なものではなかったのだ。
「仕方ないから私が芋を蒸かしてあげたら、アンタたちは凄い勢いで食べ始めてね。その晩は大変だったわ。食べすぎて二人とも腹痛起こして、私が夜通し看病してやって――」
息子二人の顔から、徐々に影が消えていっている気がした。
私は無言で芋を食べ続ける二人を見ながら続けた。
「その後もまた大変だった。アンタたちってば半年近くも寝小便が治らないんだもの。シーツ何枚買い替えたかしらね? 拾った日からつきっきりで教えたのに魔法も全然使えなかった。普通は五歳ぐらいになったらある程度の魔法は覚えるもんだけど、アンタたちはそもそも魔法に興味がなかった。毎日どろんこになって遊んで、私に怒られて……」
そう、あの時は本当に大変だった。
正直に言えば、こんなヤンチャ坊主を二人も眷属にしてしまった事を後悔したのも、一度や二度ではない。
でもその後悔も、遊び疲れて眠り込んでしまった二人の寝顔を見る度に吹き飛んで。
その寝顔の安らかさに、私は徐々に母親という身分の有り難さ、尊さを自覚していって――。
「魔法はニコルの方が先に成功した。やっとカエルを浮かせられた時、ミゲルは悔しくて泣いてたわね? 俺の方がお兄ちゃんなのにって。けれどその日の夜にお祝いのハンバーグを出したら、今まであんなにスネてたのに凄く喜んで、俺が魔法を使えるようになった時はプリンがいいなって。だから私はアンタたちを食べ物で釣って、その度にアンタたちはひとつひとつ魔法が使えるようになっていって……」
そう、私は彼らに思い出してほしかった。
蒸かし芋の味から始まった、私たちのこの十七年を。
決して平坦ではなかった家族の時を。
「さぁ、アンタたち。ついさっき出遭った奴は、その十七年分の思い出の中で一番――ヤバくて怖い奴だった?」
二人が顔を上げて、鏡にしか見えないお互いの顔を覗き込んだ。
そして――はっと何かに気がついたような表情になり、同時に首を振った。
「そうだ――そうだった。あんなヤツよりも、おねしょした時のママの方がよっぽど怖かったよ」
「ああそうだ。火遊びでカーペットを焦がした時は二日も口を利いてもらえなかった。あの時の方が余程堪えた」
その答えに私は満足し、自分も芋にかぶりついた。
しょっぱくて、ほんのり甘くて、火傷しそうなぐらい温かい芋が、私たちに勇気をくれる。
否――勇気と、共にいた時間の長さを思い出させてくれる。
「その通り。アンタたちにとってこの世で一番怖いもんあんなやつじゃなくて、いつだって母ちゃんである私――そうでしょ?」
二人の顔に、精気と、そして闘志が戻った。
その顔を交互に見比べ、私はニカッという感じで笑い、息子二人に飛びついて、その首に両腕を回した。
「わわっ、ママ――!?」
「か、母様――!」
「安心しろ、私の可愛いクソガキッズども。――どれだけ聖女がヤバくても怖くても、お前らには母ちゃんがいる」
ぎゅっと、両腕で二人の頭を寄せ、私は囁くように伝えた。
「どんだけデカくなっても、生意気に身長で私を追い越しても、アンタたち二人は永久に私の息子だ。だから誰からだって母ちゃんが守ってやる。けれど――たまにでいい、お手伝いぐらいはしてくれ。私はアンタたちにはそれ以上望まないよ――」
ありったけ、私の体温と香りとを刷り込んでから、私は二人から顔を離した。
「そんで、もしまた聖女が怖くなったらな、そんときゃは小さい頃みたいに寝小便垂れろ!! 聖女なんか二度と怖がれなくなるぐらい、お前たちをこの母ちゃんが叱ってやるさ!!」
その言葉に――二十歳を迎えた息子二人が顔を見合せ、ふふふ、と笑った。
本当に、どこまで成長しても、息子は息子。
母ちゃんにこんなことを面と向かって言われると、照れたように笑うしかないらしい。
本当に――相変わらずの可愛いマザコンどもめ。
ふう、とため息をつき、私は気を取り直す声を発した。
「さ、成長したアンタたちは当然蒸かし芋だけじゃ足りないでしょ? 夕飯は何にする? ハンバーグにする? それともオムレツにするか? しばらくぶりに母ちゃんが作ってやる。何が食べたい?」
私が言うと、ミゲルがそこでクイッと眼鏡を押し上げた。
「いえ――生憎ですが母様、そしてニコル。俺たちはしばらくの間、アワとヒエの粥の生活ですよ」
「え?」
私が驚いてミゲルを見ると、ミゲルは薬の満載されたバッグを明けて示した。
防水加工してあるため、染み出さなかったらしいが――中の瓶はどれもこれもがぐちゃぐちゃに叩き割れ、薬液が混ざり合って水浸しだった。
「あの田舎娘の一撃で在庫が全部パァです。中にはそこそこの高級薬もありますから――」
はっ? と、私は浅く息を吐いて固まった。
そこでシャツのポケットから東洋の計算機を取り出したミゲルは、「願いましては……」の一言とともに猛然と計算を始め、しばらくして、パチリ、と珠を打ち止めした。
「――締めて、68万とんで560ユキチーの損害です。『アルカディア魔女の大鍋店』三日分の儲けですね」
「は――はぁ!? そんなに!?」
「いやぁ残念です。俺もなにか美味いものが食べたかったんですが――」
やってくれるなぁ、あの娘――。
そんな感じで苦笑したミゲルは、それから遠い目とともに灰色地区の方を見つめた。
その目にはやっぱり、何か特別な感情が芽生え始めていたように見えたけど。
生憎、今の私には息子の淡い恋心など気にしてやる余裕はなかった。
「ぷっ、プッツーン――!! ふっ、ふっざけんじゃないわよあの芋娘!! 全部!? 熱病用の在庫全部パァ!? その上今後もウチに薬をタカりにくるって!? あああああ、どんだけズ太いこと約束しちゃったのよ、私!!」
「あはは……参ったなぁ。まさか物理的にウチの在庫全部ダメにするなんて……」
「なぁに笑ってんのよニコル! あんっのクソ娘! 一発文句カマしてやる! 今から走って戻るわよ二人とも!」
「まぁまぁ、もういいじゃないですか、母様。それに俺も低く評価しないって言ってしまいましたし……」
「あーもうミゲル! アンタが余計なことホイホイ口にするから! ちっくしょうあの芋娘、許さなえ!! 今後嫁として来たらイビリ倒して死ぬまで肩揉ませてやるからな――!」
「ん? ミゲル兄ぃ、ノーラと結婚するの? 本気で?」
「しないしない。母様がそう言い張ってるだけだ」
ギャーギャー騒ぐ私は息子二人に引きずられながら、遠く我が家への道を歩き続けた。
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