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息子たちが成長しました!!

「ねぇママー、朝ご飯できたよ! いつまで寝てんの!?」

 



 ガチャッ、と大きな音がして、寝室のドアが開かれた。



 

 んむう、と私は枕に顔を押し付けた。


 知っての通りのことと思うが、魔女は夜型と相場が決まっている。


 だからたとえそれが毎日のことであっても、朝の襲来は魔女にとって非常にありがたくないのだ。

 



「ママ、早く起きて! 料理が冷めちゃうよ!」

 



 再度の呼びかけ。


 それでも私は朝を徹底的に無視しようとした。


 業を煮やしたように、勢いよく部屋のカーテンが開かれる音がする。


 暴力的で鬱陶しい朝日が顔に当たる。


 私は布団を被り、下を向いて、全力で朝の到来を拒否した。

 



「もうママ! いい加減にしないと怒るよ!」

 



 がばっ、と、布団に手を掛けて引っ剥がされた。


 途端に、それなりに冷たい朝の空気が私の全身を容赦なく苛んだ。


 ちょっと身を縮めてみたが、どうにも肌寒さは収まってくれない。

 



「んも……うるっさいねニコル……寒いだろ、布団返せ、ばか」

「うわ! ママ、またそんなカッコで寝て! ただでさえ寝相悪いんだから風邪引くよ!」



 

 ニコルはなるべく私の方を見ないようにして私を引きずり起こした。


 私は寝るときは下着以外はなにも身に着けない全裸タイプ魔女である。


 はしたないからやめろといつも言われているが、その方が布団の感触が心地いいから仕方がない。



 

「いいから早く起きる! ほら、頭モジャモジャだよ! ご飯食べようよ!」

 



 私は布団の上にあぐらをかき、毛布を(あわせ)のように着て、頭をボリボリと掻きむしりながら、やってきた「彼」を見た。



 

 輝くような癖の強い金髪。


 海を思わせる深い青の目。


 生意気にも私を追い越した身長。


 子供の頃から変わらない、天使のような愛くるしい美貌。


 まるで誂えたように似合う、蒲公英(たんぽぽ)色のエプロン。

 

 

 

 彼の名前はニコル。


 私の息子であり眷属、そして非常食2の、二十歳の青年である。

 

 

 

 大きくなった、本当に。

 

 私は目をこすりながら、大層な美丈夫(イケメン)に育った彼を見つめた。

 



 そう、十七年前のあの晩、私は双子を拾った。


 だが、家に帰ってきて服を着替えさせてやって、私は驚いた。

 

 

 

 まぁ一言で言うならば――双子は「彼女ら」ではなく、「彼ら」だったのだ。

 

 

 

 十七年前のあの夜、あまりに汚いので家に入れる前に水浴びさせようと服を脱がせて全裸にした際、彼らの股の間にぶら下がっていた「どんぐり、ないしミョウガのような物体」を目の当たりにした時は、正直、巧妙な詐欺に引っかかった気分だった。


 女と違い、男は魔法使いの眷属としてはやや扱いにくい。


 男はガサツで、繊細さが必要な魔法式の構築にはどうしても向かないし、反抗的な性格ならば主人である私にも歯向かってくる可能性があるからだ。




 でもまぁ、一度「拾う」という契約を交わした以上、また捨ててくることは出来ない。


 契約は魔女のあらゆる力の根源だ。


 平然と契約を破るような魔女は魔女ではない――。


 私の師匠だった老魔女は口を酸っぱくしてそう言っていた。

 



 だから私は仕方なくその契約を全うすることにした。


 どうせ人間が生きて死ぬまでなんて、魔女にとっては瞬きするような時間だ。


 非常食だと思って飼えばいいのだ。

 



 食事も作った。


 風呂にも入れた。


 勉強も教えた。


 魔法も学ばせた。


 遊びにも連れて行った。

 



 そしてほぼ二十年。


 千年を生きる魔女にしてみれば一瞬の、だが子育てをするとなるとこれほど長いと感じる時間はないぐらい、長い長い時間が流れた。

 

 

 

 そして――私が思った以上に息子は美しく、強く育ってしまった。

 

 

 

「ほーらマーマ! 起きた起きた! 今日はママの好きなハムエッグだよ!」

「あーもーうるっさいわね……ハムエッグで《(しきみ)の魔女》が釣れると……ムニャ」

「ダメだよ二度寝しちゃ、ほら起きて! 僕もう行くからね!」

 



 ニコルはユサユサと私の肩を揺らして部屋を出ていった。

 



 ニコルは双子の弟の方で、器用な上にしっかり者だ。


 だからズボラでものぐさな私は、今や彼に生活の八割の面倒を見てもらっている。


 夜型で低血圧の私が人並みの生活ができているのは、ほぼ彼のおかげと言ってよかった。

 

 そんな彼の心配と頑張りをまるきり無碍にするわけにもいかないだろう。


 ふわああ、と特大のあくびをかましながら、私は仕方なくベッドから降り、一階に降りた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 二階から一階に降りると、ニコルとよく似た顔立ちの青年が朝も早よから机に向かっていた。




 色素の薄い銀髪の、血の色の赤を帯びた冷たい瞳。


 そして、人懐っこそうな子犬のような雰囲気を持つニコルと比べて、こちらは言うなれば狼のような鋭さがある。


 ニコルが淹れたのであろう濃い目のコーヒーを啜りながら、彼は優雅に足を組んで椅子に座り、パチパチと東洋式の計算機を弾いて家計簿をつけていた。

 



「おはよミゲル。朝からおべんきょしてんの? ホンット几帳面ねアンタは。一体誰に似たんだか」

「ええ、先月発売したポーションの売上計算です。それに魔女の眷属ならこの程度は当たり前ですよ、アシュタヤ様」

 



 その一言に、私は眉間に皺を寄せた。



 

「アンタね、ちゃんと母さんって呼べっていつも言ってんでしょ。いい加減なんでフルネームなのよ?」

「俺は愛しい主様を母とは呼べません」

 



 その頑迷な反応に、私は壁に干していたニンニクを毟って投げつけた。


 スコーン、と間抜けな音がして、ニンニクは見事にミゲルの側頭部を直撃した。

 



「何が愛しい主様だ。おもらしパンツ私に洗ってもらってた非常食が言うには二万年早い台詞だよ」

「随分汚い言葉をお使いになりますね。魔女集会に行ったときは控えたほうがいい。あなたが誤解されるような事があったら俺は悲しいので」

「ふん、生意気言うな。アンタなんかより金貨に描かれてる昔の王様の方がよっぽどいい男だっつーの」

「はいはい、いつか金貨の王様よりもいい男になれるように精進しますよ」

「ほほう、言ったな? いつか世界一いい男になって私を口説き落としてみやがれ」



 

 私はゲラゲラと下品に笑いながら椅子に着席した。

 

 

 

 彼の名前はミゲル。


 双子の兄であり、私の息子第一号、そして非常食1である。

 


 

 私は彼ら二人の母親である。 


 だが、拾ったときから、ミゲルは何故か私をフルネームで呼んでいる。


 そして私を「愛しい主」と呼び、母親扱いではなく、律儀に主人扱いする。

 

 彼いわく、自分は魔女の眷属であるから、主を「母さん」と呼ぶことはできない――とかなんとか。


 全く、たった二十年生きたぐらいなのに見上げた自立心だと言えるだろう。


 それで彼は十七年間、頑なに「母さん」という呼び名を避けている。


 まぁ、それが不器用な彼なりの愛情表現であり、母性への倒錯した渇望の表現――いわゆる照れ隠しであることは、おそらく本人もわかっているだろう。

 



 私があくびを噛み殺しながら食事を待っていると、目玉焼きを乗せた皿をテーブルに置きながらニコルが言った。

 



「もう、ミゲル兄ぃ! いい加減家計簿はやめてご飯!」

「あぁ、今いいところなんだよニコル。アシュタヤ様と先に食べててくれ」

「こらミゲル、朝食は一緒に食べなさい」



 

 母親の声でそう言うと、ミゲルは速攻で作業を中断し、素早く食卓に座った。


 ミゲルは誰にも懐かないような峻厳な性格に見えて、こういうところはとても素直な良い子だ。

 



 それを見て、私は目玉焼きにドボドボとソースを掛けた。


 フォークもナイフも使わず、そのまま目玉焼きの端っこをつまみ上げ、ハムを食べる要領でそのまま口に運んだ。


 美味い、黄身のトロトロさ加減とソースの甘酸っぱさが絶妙にマッチしている。


 目玉焼きと言ったら私はこの食べ方が一番好きだ。




 

「アシュタヤ様、いくらなんでも行儀が悪いですよ」

「うるっさいわね、一番の好物は一番美味い方法で食べるのが一番なのよ。マナーより味よ」

「もう……ママのそういうところは相変わらず変わんないね」

「もうホント、アンタたちが息子でよかったわ。アンタたちが成長する前はこんな美味しいもの食べられなかったし」

「ママってそれまでどんなご飯食べてたの?」

「おっ、聞きたい? どうせなら今度作ってやろうか?」

「よせニコル、聞くんじゃない」



 

 苦笑しながら、ニコルとミゲルはきちんとフォークとナイフで食事を開始した。


 ズボラでものぐさな私に育てられたのに、ニコルは家事全般が得意で、特に料理の腕前は王都で料理屋が開けるほどだ。


 反面、薬学や商才に秀で、新薬の開発や販売など、いつの間にかこの家の全家計を背負って立っているミゲル。


 この兄弟なら、たとえ王城の舞踏会でも王立魔法院の学会でも魔女の集会(サバト)でも、どこに出してもいい自信が私にはある。



 

 そして何より、二人ともはっとするような、途轍もない美男子に育った。


 最初は女の子と見紛ったほどの顔立ちであるから、いい男に育つだろうとは思っていた。


 だが私の期待を遥かに越えて、二人は極めて対象的に美しく、丈夫に育った。

 



 ミゲルは触れれば切れそうな鋭い美貌の美男子として。


 ニコルは子犬のようにころころと人懐っこい好男子として。


 顔だけでなく、心も身体も、極めて健康に。


 身長などは、今では生意気に二人とも私を追い越してデカくなった。

 



 だが――どこまで行っても彼らは所詮は魔女の眷属、そして非常食1と2だ。


 魔女は眷属を養い、眷属は魔女を守ることでお互いに利益を得ているだけ。


 いくら母親と言っても、彼らと私は所詮、打算と相互利益で結びついた仲でしかない。


 十七年も一緒にいたからと言って、彼らと私の間にそこまで深い情の繋がりがあっては――。




 と、そのとき。


 ぐい、と頬のあたりを布で拭かれて、私は物思いを打ち切った。


 見ると、布巾を手にしたニコルが、呆れたように笑いながら私を見ていた。




「もうママ、ほっぺたに卵の黄身ついてたよ?」




 それを見たミゲルも、呆れたように苦笑した。




 その笑顔を見て――きゅん、と、私の胸の奥底が甘く痺れるような感じがして。


 私は()く美しく育ちすぎた息子たちを見て、思わずじーんとしてしまった。




 ――ああ、本当に私みたいなガサツでものぐさな魔女が育てた子どもなんだろうか。


 ウチの子たち、めっちゃいい子だぁ――!!


 


 この十七年間、毎日十回ぐらいは繰り返し感じているその感動に、私は打ち震えた。


 ふぐっ、と、口から溢れ出そうになる幸せを手で押さえてこらえると、ニコルもミゲルも不思議そうな表情を浮かべた。




「ママ――?」

「――いや、なんでもない。なんでもないから。早く食べな。折角の料理が冷めちゃうよ」




 私が促すと、ニコルは不思議そうな表情のまま食事に戻った。


 ようようのことで感動を押さえた私も、なんだかぽわぽわとした気持ちのままパンを齧った。




 幸せ――。


 今、彼らと食事を共にしている私の中にある感情を言葉にするなら、それしかない。


 魔女は孤独なものと相場が決まっているが、こと私にはそれは当てはまらない。


 こうして無事成人を迎えた息子が二人もいる食事風景。


 そしてその息子たちが、人並み以上に逞しく育った感動。


 正直、彼らを眷属にする十七年前までは想像もしなかった光景だった。

 



 ああ、いいもんだなぁ。

 

 家族三人、今日も幸せに食卓を囲んでいるこの平和――。


 その温かさ、有り難さを、私がパンと一緒に噛み締めていた、その瞬間だった。

 

 

 

 ピクッ、と、私のこめかみの辺りに言いようのない感覚が走った。

 

 

 


これは諸事情によりボツらねばならなかった作品なのですが

個人的に忘れがたい作品である上に

今読み返したら9万字近くもストックがあったため

尽きるまで投稿してみたいと思います。



よろしくお願いいたします。

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あれ?姉妹なのにパオパオ?と思ってタイトル見たら すでにしてメインキャストやった いい子に育って毎日がキュン4案件ナー
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