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聖女と相対しました!!

 灰色地区の通りに出ると――既に辺りは騒然としていた。




 今まで身体を苛んでいた病苦が急に寛解したのもあるだろう。


 だが、それ以上に――突如街を震わせ始めた荘厳な笛や太鼓の音が、あまりにこの灰色地区の荒廃ぶりにはそぐわないものだったからかもしれない。


 今まで地面に転がっていた貧民たちは、急に消えた苦痛に戸惑う間もなく、通りの奥から近づいてくる気配に恐れをなしたように逃げ惑っている。




「貧民ども道を開けよ、御前なるぞ! ええい道を開けよ! 穢らわしい犬どもめ!」




 下卑た声で喚きながら、道引き役であるらしい神官は病人たちを蹴飛ばし、死体のように道の脇に転がしていく。


 私に続いて外へ出たノーラが思わず飛び出そうとするのを手で制し、私はその奥からやってくるものを睨みつけた。




 馬車ではなく、輿での御成か。相変わらず趣味が悪い女――。




「ま、ママ! まさかあれって――!」




 ニコルが青い顔をして私を見る。


 ミゲルは何も言わず、私すら一度も見たことがないほどの厳しい表情で、やってくるものを凝視している。


 私は鋭く厳命した。




「アンタたち、絶対に私の傍を離れるんじゃないわよ。何も言うな、何もするな――いいわね? もし言いつけを破ったら二度とプリン作ってやんないからそのつもりで」




 私が息子二人に鋭く命令するうちに、白を基調とした誂の鎧の騎士たちがぞろぞろとやってきた。


 聖女教会の暴力装置、聖女が帯びた剣そのもの――聖徒騎士団だ。


 その先頭を征く男が、高らかに宣言した。




「聖女リスタリア・イシュトヴァーン様、御成――!」




「せ、聖女様――!?」




 悲鳴を上げたのはノーラだった。


 肝を潰したようにノーラとファロン医師は片膝を付き、胸に右手を当てて最敬礼を取る。


 同じく街の貧民たちも慌てたように道の端に避け、同じように跪いた。




「これ、魔女さん! アンタたちも早く――!」




 ファロン医師が私たちの袖を引っ張ろうとするのを、私は鋭く振り払った。


 ファロン医師はぎょっとしたようだったが――やがて諦めたように頭を垂れて沈黙した。




 楽隊の囃子と、騎士たち鎧が奏でるがちゃがちゃという音に護られながら。


 多くの神官たちに担がれた輿が目の前にやってきて――止まった。


 私はその上、荘厳に飾り付けられた玉座に座った女の顔を見上げた。




 天使のそれのような金色の髪。


 知性と慈悲の深さを思わせる青い瞳。


 世の穢をすべて祓い清めるかのような純白のドレス。


 そして、相変わらず得体の知れない笑みを浮かべた、空恐ろしい程に整った顔――。




 その、まるで女神のように美しく愛らしい顔が。


 私を見て――ニタリ、と嗤った。




「東の聖女」リスタリア・イシュトヴァーン。




 地上最悪のアバズレ女。


 天下無双の腐れ売女。


 そして――私たち魔女の宿敵である少女のご登場だった。




 リスタリアが、椅子に座ったまま右手を振った。


 その瞬間、楽隊の囃子は止まり――辺りは異様な静けさに包まれた。




 私は聖女を睨みつけたまま、微動だにしなかった。


 それを見咎めた聖徒騎士の一人が、剣の柄に手をかけながら歩み寄ってきた。




「貴様――! 聖女様の御前なるぞ、控えんか――!」




 肩に手が触れた瞬間、私は騎士の土手っ腹に向かって思い切り前蹴りを放った。


 足の裏が鎧を突き破る感覚、騎士の身体がふわりと浮き上がる感覚がして、次の瞬間、騎士は砲弾のように目の前から吹き飛んだ。




「ぐぇ――!?」




 聞こえた悲鳴はそれだけだった。


 吹き飛んだ騎士は背後にいた騎士の数人を巻き込んで吹っ飛び、貧民街のレンガの壁に轟音を立ててめり込んだ。




 吹き飛ぶ際に鞘から抜けた騎士の剣が――輿の上にいた聖女の顔をかすめた。


 つっ――と、そこから流れ出た血、微笑を浮かべる聖女の白い頬に滴った赤が、何故だかとても鮮やかに見えた。




「こ、こいつは――!?」

「身体強化魔法か――! 魔女だ! 捕らえろ!」

「聖女様を護れ! 魔女を近づけさせるな!」




 ざわ、と、神官が狼狽えた声を発し、騎士たちが次々と剣を抜き放った。




 止めさせろ。視線だけで言うと、聖女が右手を挙げた。


 その指先には、血が滲んだ包帯がきつく巻き付けられている。


 コイツが貧民たちに掛けた呪詛が跳ね返った証拠だった。




「騎士の皆様、やめてくださる?」




 甲高い、まるで幼女のような声だった。


 驚いたように振り返った騎士たちに、聖女はなおも言った。




「今日の私は流血を望みません。それに剣も馬鹿騒ぎも大いに嫌いです。一刻も早くその物騒なものを仕舞いなさい。聖女への不敬には神罰が降りますわよ?」




 その声に、騎士も神官も怯えたように震え、次々と剣を納め始めた。


 外野がやっと静かになったところで――聖女リスタリアが再び私を見た。




「なるほど――あなたでしたか、しきみの魔女さん」




 感情が籠もらない、まるで本を読んでいるかのような、機械的な声だった。


 動いているのは口だけで、聖女はまるでそのような形の彫像であるかのように、瞬きすらしなかった。




「あなたが王都にいたのは流石に誤算でした。あなたが私を邪魔したのですね? お陰で折角の救済が水の泡です。これにはお金も時間もかかりましたのよ?」




 口調は確実に怒っているはずなのに、聖女の表情も、声の抑揚も、全く変わらない。


 ただ――貼り付いたかのような微笑を浮かべたままだ。




「いけませんわね。穢れた魔女が清浄なる聖女の救済事業を邪魔するなどとは――恩寵あまねく創造の女神も大層お怒りでしょう。そして私も――」




 リスタリアはやはり睫毛の一本も動かさず、喋る人形のように続けた。




「今の私は――あなたをぶち殺してやりたいほど憎いですわ」

「やれるもんならやってみな、腐れ人間」




 私は吐き捨てるように――否、真実、吐き捨てた。




「腹いせにこの病院ごと火でもかけようってのか? この病院に手ぇ出したら、如何に聖女相手でも貧民たちが暴動を起こすわよ。怒り狂った暴漢どもにひん剥かれて、死ぬまで好き勝手に輪姦(まわ)されてもいいならどうぞ」

「あらいやだわ、なんて下品な言葉なのかしら」




 くすくす……と笑声が漏れるが、顔は微動だにしない。


 まるでよく出来た蝋人形が口を利いているかのような、それは大層に不気味な光景であった。




「穢されるのは嫌なので撤回しますわ――私は今ここであなたの腕の一本、もいでやりたいぐらい、あなたが憎い。こう言い直しましょう」




 ピリ……と、私のこめかみの辺りがひりつき、聖女の確実な怒りを伝えた。


 途端に、っつ――! と、背後にいるミゲルが息を呑んだ。


 見なくても――息子二人が震えているのがわかる。




 おや、と言うようにリスタリアの視線だけが、私の背後にいる息子二人に注がれた。




「あらあら――そこのお二人は随分震えておられますのね」




 リスタリアの視線が再び私を見た。




「しかも二人ともお顔がよい。とても――とても素敵な殿方ですわね。面白いことをしていますね、しきみの魔女さん。なるほど、人間の眷属ですか――」




 リスタリアは本心が不明な声で言った。




「その二人を喰らうにはもう成長しすぎていますね。魔女が人間を拾うなんて気でも違いましたか? それとも美しく強く育てた後、間に子でも為すおつもり? 嫌だわ、まるでけだものですわね。穢れた魔女の考えていることは聖女にはわかりかねますの――」

「黙れ」




 私は精一杯ドスの利いた声で恫喝した。




「次にウチの息子をコケにしたら――今ここでアンタの腕を一本もぐ」




 私は本気だった。


 だらしのないことに――怒りのツボを衝かれたことで、吹き出した私の魔力が殺気になってびりびりと辺りのものを震わせてしまった。


 ざわ……と、神官だけではなく、聖徒騎士団すら、怯えたようにたじろいだ。




「なるほど、眷属ではなく息子さん――これはとても面白い」




 リスタリアは興味深そうに、なおかつ、楽しそうに息子たちを眺めた。




「魔女さん、私はあなたに興味が湧きましたわ。魔女など地を這う虫ケラ同然だと思っていた今までの見識を改めましょう。あなたは、そしてこのような奇矯(ききょう)な行いをする魔女は、立派に私たちの敵となりうる。今後は異端審問局の根本的な再編を進めましょう。そして聖徒騎士団も――」




 す――と、リスタリアの視線が私に直った。


 聖女の微笑が、ほんの少し、哀れんだようなものになった。




「可哀想に――王都にはあなたたちの居場所はなくなりますわよ?」

「居場所はアンタみたいなヤツに与えてもらうもんじゃない。私たちがこの手で創る」




 私はきっぱりと言い張った。




「アンタこそ、これ以上ふざけた事をしでかすつもりなら、全世界の魔女を相手にすることになる――アンタの理想郷は破滅するわよ」

「破滅?」




 くすくす……と聖女は嗤った。




糞虫(くそむし)の分際で言葉が過ぎますわね」




 聖女リスタリアは遂に輿から立ち上がった。


 そして――まるで役者のように虚空に両腕を突き出し、そこにいるだろう創造神を讃えるかのように天を仰いだ。




「私は正しい。私は何も間違えない。何者も私の救済事業を止めることは出来ない。私は聖女リスタリア・イシュトヴァーン……この世界を創り給うた女神の代理人、この地上にただ一人の現人神――」




 (うた)うように朗々と自画自賛の言葉を並べてから――リスタリアは私を睥睨した。




「私の理想郷はこの世界そのものであり、そして絶対です。あなたの如き虫ケラには傷ひとつつけられませんわ」




「聖女」は、そう言い切った。




 魔女と聖女、魔なるものと聖なるもの――。


 相反する存在である私たちは数秒の間、無言で睨み合った。




「――さて、面白いものが見れたので今回の行幸はこれまで。帰りましょう」




 急に――聖女の気が変わったようだった。


 聖女はもう一度私たち家族を眺め、それから慈愛ある声と顔で言った。




「聖女リスタリアより、皆様に神の御加護を」

「要らんわ、返す」




 即答で返すと、もう聖女は私に興味を失ったようだった。


 豪勢なスカートの中の足を組み、肘掛けに頬杖をついたふてぶてしい態度で。


 聖女リスタリアは、低い声でたった一言、「還幸(かんこう)」とだけ吐き捨てた。




「聖女リスタリア様、御還幸! 道を開けよ!」




 再び導き役の神官が下卑た声を発し、聖女を乗せた輿が反対の方向に向き直った。


 壁にめり込んだ数人の騎士を引きずり起こし、聖徒騎士団はゾロゾロと帰ってゆく。


 行幸の大行列が終わった後の灰色地区には――ぽかんとした顔でそれを見送る貧民たちだけが残された。





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うっひょー こっわ 激ヤバさんがログインッ 話が通じなそなあたり下腹キュってなるお
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