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嫁を勧誘しました!!

 シュウウウ……と、光の粒が煙を上げて消えた。




 これで呪いは術者のもとに跳ね返り、多少の痛い目を見せてくれることだろう。


 私は詰めていた息を吐き出し、ファロン医師とノーラを振り返った。




「これで呪詛返しは完了よ。相手がよほど根性あるヤツじゃなけりゃ、たぶんこの人たちも徐々に元に戻るはずよ」




 私の言葉にも、ファロン医師もノーラも心配そうだった。




「本当に――これでこの人たちが治るのでしょうか。その――」

「安心しろ、娘。アシュタヤ様の呪詛返しは強力だ。それと」




 こいつめ、というように、ミゲルがノーラの頭を軽く平手で小突いた。


 わたた……! とノーラがつんのめると、ミゲルは眼鏡を押し上げながら、ノーラが抱えたままのバッグを呆れたように見た。




「全く、この鞄の中に入っていたのが魔女の霊薬で、多少の魔力があったからいいものを――そうでなければ呪いはお前に跳ね返っていたぞ。いくらなんでも無茶をしすぎだ」

「そ、そうなんですか? でも私、あの時は必死で……ごめんなさい、勝手な真似を……」

「何も、謝ることはない」




 ミゲルはノーラの言葉を遮った。


 ノーラが不思議そうにミゲルを見た。




「一応、お前のあの行動で助けられたからな。俺はお前の行動を低く評価しないと言ったはずだぞ」




 ミゲルが念を押すように言うと、ノーラが露骨に照れた。




「そ、そうですか……? そんな褒めてもらうほどのことをしたわけでは、えへへ……」

「ふん、褒めてはいない。評価すると言っただけだ。それに俺は別にお前に助けてもらわんでも無事だった。つけ上がるな勘違い娘め」

「ええ……!? そっ、それは酷くないですか!? 私だって頑張ったんですからね! いくら温厚でお利口さんな私でも怒りますぞ! ぷっぷすーっ!」

「何だその鳴き声……」




 うーむ、やはり、これはひょっとするとひょっとするかもしれない。


 私はやんややんや盛り上がっているミゲルとノーラを、化粧のことも気にせずに眉間に皺を寄せ、じっくりと、否、じっとりと観察した。




 ミゲルの口調こそ口調だったけれど、母親の私にはわかる。


 この冷徹な息子は、この芋娘に確実に興味を持っている。


 何故なら、膨れっ面のノーラを見る眼鏡の奥の目が笑っているからだ。


 かつてこの息子がここまで優しげな視線を人に向けたところを、私は見たことがなかった。




 人間は愚かで打算的で、狡猾で脆弱――。


 それがミゲルの中の人間像であることは間違いないが、ノーラはたぶん、そういう人間ではないのだ。


 その事で、その上身を挺してピンチを救われたことで、ミゲルの中の人間像が変化してきているのだろう。




 しかも――なんだか私が見ていても、ミゲルとノーラはついさっき出会ったとは思えないほど打ち解けているような気がする。要するに正反対に見えてウマが合うのだ。


 更にノーラは今の見てくれこそ野暮ったい芋娘だが、スッピンでありながら顔立ちそのものはかなり整ってるし、磨けば光る娘の典型に見える。




 これは――かなりの脈アリ、か。


 ちょっと想定とは違ったけど、こういうのもアリっちゃアリか。


 私の中でムクムクと、押し隠していた野望が鎌首をもたげてきた。




「ねぇノーラ、ちょっといい?」




 私はまだミゲルと何やら言い争っているノーラの頭を、後ろから杖の頭でコンコンとノックした。


 びっくりしたように私を振り返ったノーラに、私は肘を抱いて顎に人差し指を置いて、媚びるような目と口調で切り出した。




「コイツ、私の息子でミゲルって言うんだけど……アンタ、これの嫁に来る気ない?」




 一瞬、水を打ったように場が静まり返り――。




「ふぁ――!?」

「あ、アシュタヤ様!?」




 次の瞬間、二人が――否、今まで黙っていたファロン医師でさえ、仰天して私を凝視する。


 私はミゲルとファロン医師の視線には構わず、ノーラを更に説得した。




「悪くない物件……いや、これ以上ない物件だと思うわよ? 何しろ顔はいいし頭もいい。そんじょそこらじゃそうは見つからない男だってアンタも思わない?」

「お、お嫁さん!? この人の!? あ、いや! と、突然、そ、そんな事言われても……!」




 そこで――ノーラはミゲルの顔を見てから、ボンッと顔を赤くし、縮こまってもじもじと下を向いてしまった。


 どう見てもまんざらではなさそうな、というより、身体は正直、と言えるその様を見て、ミゲルがますます焦ったように私に詰め寄ってきたが、私は無視した。




「とっ、突然何を言い出すんですアシュタヤ様!? ちょ、ちょ、ちょっと……!」

「それにこの子、薬学の知識も豊富よ? もしアンタんとこの医院を継げって言われたらその日から居抜きでやっていけるわよ。そうすりゃアンタの爺様も心置きなく引退できるし遠からずひ孫も抱ける。悪くない話、いや、願ってもない話だと思わない?」

「は、はうう……!」

「あっ、アシュタヤ様! やめてください! 仮にも今さっき会ったような人間にそんなこと持ちかけるなんて……!」

「私は本気よ? ……ねぇノーラ、ダメ? 私だってそろそろ孫の顔も見たいのよ。アンタのその体型なら五、六人は軽い軽い。ねぇ、アンタさえ頷いてくれるならバッチグーなんだけど……」

「あ、いや、一応ノーラはわしの孫娘なんじゃが、わし抜きでそういう話は……!」

「アンタの爺さんには力ずくでも私がいいって言わせるからさぁ」

「ち、力ずく……!?」

「アシュタヤ様! いい加減にしてくださいよッ!」




 ミゲルが焦ったように私の肩を掴み、ノーラから引き剥がした。




「あ、アシュタヤ様……! 何を考えてるんです!? 俺は人間の娘と結婚なんかしませんよ!」

「なぁにを青臭いこと言ってんのミゲル。アンタだっていつかは身を固めなきゃなんないの。しかも早けりゃ早いほどいい。結婚はしろ。これは命令」

「いくら命令でも聞けませんッ! いいですかアシュタヤ様、第一俺は魔女の眷属であって……!」

「ママー! 大体の人々の容態が落ち着いてきてるよ!」




 ニコルの足音と快活な声がミゲルの声を遮った。


 事情をまるで知らないニコルは処置室の中を覗き込んで、ちょっと驚いたような顔をした。




「あれ? なんかお取り込み中だった?」

「い、いやなんでもないニコル。それより、火熱の症状は落ち着いてきてるんだな?」




 あ、コイツ逃げやがった。


 シュン、とノーラが少し悲しそうな顔をしたのが胸に痛かったが、流石にこれ以上、本題を逸れた話をするわけにもいくまい。


 ニコルが私を見た。




「なんかさっきから急にみんなが落ち着いてきてて……ママ、なんかやったの?」

「ええ、これは病気じゃなくて呪いだったの。大規模な呪いによる破壊活動よ。呪いを術者に跳ね返してやったわ」

「呪い?」




 外で治療に当たっていて、その話題を聞いていなかったニコルは驚いたようだった。




「呪い、って――こんな大人数を一度に呪うことができる人間っているの?」




 本題に立ち返るニコルの一言に、ファロン医師が思い出したように顔を上げた。




「そ、そうじゃ! 魔女さん、アンタ心当たりがあるのか!? この街の人間にこんな事をする人間は一体誰なんじゃ!」




 ファロン医師は老いた顔に強い憤りの表情を浮かべた。




「この街におるものは毎日食うや食わずの弱いもんばかりだ! そんな人間をいたぶって一体誰に何の得がある! どう考えてもこれは捨て置けんぞ、急いで王宮に報告せねば……!」

「無駄よ」




 私はファロン医師の言葉を鋭く遮った。




「ファロン先生、アンタも勘違いしてるわ」

「は?」

「これをやった人間はね、弱いものをいたぶろうとした訳じゃない。《《救おうとしてたのよ》》」

「な――何じゃと!?」

「それにこれを王宮に報告したってムダよ。この国は数百年も前から完全に腐ってる。アンタみたいに腐ってない側、今どき貴重な側の人間は、軽はずみに王宮に近づいたりしないことね。でなきゃアンタの方が火炙りになるわ」

「ひ、火炙りって……!? そ、それはどういう……!」




 何かを察したノーラが声を上げた。


 その甲高い声に、ミゲルとニコルもさすがに状況を察したらしかった。




 そう、火炙り。


 それはこの国を支配する聖女教会と、その下部組織である異端審問局から異端であると認定されたものだけに執行される極刑だ。




 と、いうことは――。


 私以外の全員の顔色が変わったとき――私のこめかみに異様な感覚が走った。


 来たか。私は顔を上げ、宙の一点を睨んだ。




「ふん――随分素早いじゃない、あの腐れ売女め」




 私の一言に、ミゲルとニコルが不審そうな表情を浮かべた次の瞬間――。


 何かを察した息子二人の表情が凍りついた。




「あ、アシュタヤ様……! こっ、これは一体、何ですか!?」

「ママ……!? うっ、き、気持ち悪い……!」

「ああ、初めてのアンタたちにはこれは酷でしょうね。気をしっかり持ちな。でないとアテられるわよ」




 この、刺すような切るような、不気味に鋭い感覚。


 魔女が使役する魔力とは全く正反対で、なおかつ圧倒的なもの。


 それこそ、女神の代理人たる人間のみが放つ創造の力、「霊力」と呼ばれる力の奔流――。




 遂に、ウチの息子たちにも「その時」が来たか――。


 私は覚悟を決め、大きく息を吸い、吐いた。




「さぁ、アバズレ女直々のお出ましよ。お出迎えしましょうか」




 私はそれだけ言って、処置室を出る一歩を踏み出した。





「面白かった」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたら

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