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阿婆擦れ

 同時刻、大国・エルナディア王国、王都の大聖堂の一室――。




 採光が悪いわけでもないのに、どこか暗く、湿り、冷たい空気が支配する一室。


 寒々しい空気が漂う部屋の中に、分厚い本のページをめくる紙擦れの音が小さく響いていた。




 と、そのとき――。


 バチッ! という鋭い音と共に痛みが発し、「女」は驚いて自分の右手を見た。




 次のページをめくろうとしていた、右手の人差し指の爪。


 それが弾けてめくれ上がり、少なくない量の鮮血が飛び散り、紙面を汚していた。




「あら――」




 痛みに呻くこともなく、「女」は思わず自分の手を向こうの景色に翳した。


 鮮血が指先から滴り、手の甲を伝って、「女」が召している白い服の裾に染み込む。




 「女」は、美しい少女だった。


 天使のそれのような金色の髪。


 知性と慈悲の深さを思わせる青い瞳。


 世の穢をすべて祓い清めたかのような純白の僧衣――。



 

 それが、赤で穢れていく。


 まるで今回の流血の責を負わせようとするかのように。


 自分を、その血と穢れに塗れた、本来の姿に戻そうとするかのように。




 「女」はクスクスと笑った。




「あらあら、もう返されちゃった。一体誰にバレたのかしらね――?」




 正直に言えば――少しだけ意外だった。


 今回の「救済」事業には、事前準備にほぼ半年を費やし、入念に準備をしてきたはずだ。




 百数十年前、この王都を襲った火熱の大流行――。


 王国の、そしてこの大陸の全人口の三分の一を殺戮したと言われる、稀代の天災の記憶。


 その痛み、苦しみのイメージの創作は完璧だと思っていたのだけれど。


 ここまで早く、これが病ではなく呪いであると誰かに見破られるとは――正直、考えてもいなかった。




 クスクス、と、「女」は再び笑った。


 していたことがバレてしまったことへの自嘲に、ではない。


 確定していた物語の結末が予想外の方向へ転んだことへの期待に、である。




「聖女様、これを」




 「女」の侍従である男が、ハンカチを差し出してきた。


 この男はよくよく「女」の事を理解しており、彼女が流血する怪我を負ったとしても、決して大仰に騒ぎ立てたりはしない。


 ただ――「女」のしてほしいことを無言でやってくれる、唯一それが気に入っていた。


 ハンカチを受け取りながら、「女」はペロリと舌を出した。




「どうやら、誰かに救済のことがバレてしまったようですね。個人的にはもう少し続けてもよいのですけれど――」




 「女」は自分の左手を見た。


 左手の薬指に嵌っている指輪は――彼女がその任につく時に与えられた指輪だ。


 この世界を創造し給うた女神の代理人であることを示す、天国への鍵――。


 彼女が気に入っているアイテムのひとつであった。




 呪い返しでその指輪を嵌めている薬指の爪まで弾け飛んでしまったら、指輪ができない。


 「女」はそんな理由から、これ以上の事を諦める気になった。




「事業は断念します。今後二十四時間以内に自然鎮火に見せかけて、順次呪いは解除していきます。残念だわ――とてもいい物語になるはずだったのに」




 は、と応じて腰を折った男に、「女」はなおも言った。




「それと――急ぎ行幸の準備を」

「は」

「それと、神官や聖徒騎士団にも急ぎ支度を整えるように通達して。今回は準備できる者だけの随行で構いません。出発はきっかり十分後、急がせてください」

「は」

「行幸場所は王都の灰色地区です。下がりなさい」

「承知いたしました」




 男は一切の無駄のない動きで腰を折ると、すぐさま部屋を出ていった。


 そこでやっと――「女」は忘れていた指先の痛みを思い出した。




 大きくめくれ上がった爪をつまみ、痛みにも構わず、左手で引きちぎった。


 すぐさま溢れてきた血はハンカチに吸い取らせ、そのまま止血帯として、指先に乱雑に結びつけた。




「楽しみだわ、どんな方なのかしら。私の物語をもっと面白くしてくれそうな方は――」




 女は血に塗れた爪を眺めながら独り言ちた。




「できれば、素敵な殿方であればよいのだけれど――」


 


 半分、思ってもいないことを口に出し、「女」は剥がれた爪を床に放った。


 爪は床の真ん中に転がり、飛び散った鮮血が赤く床を汚した――。





「面白かった」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたら

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