呪いを跳ね返しました!!
ズル……と、なにかブヨブヨとしたものを鷲掴みにする感触が手に伝わり、私は一息にそれを少年の身体から引きずり上げた。
途端に、ベリベリ……! と恐ろしい音を立て、少年の身体から真っ黒い影が引き剥がされた。
引き剥がされた瞬間、影は痩せこけた人間そのものの形になり、腕であろう部分を滅茶苦茶に振り回して金切り声を上げる。
体を仰け反らせて危うく避けながら、私は顔を歪めて舌打ちした。
これは――想定以上に強力な呪いだ。
左手一本では引き剥がせないと悟った私は、右手も使い、影の喉首を締め上げて引きずり上げる。
ミゲルが食いしばった奥歯が嫌な音を立てる音が、金切り声に混じってはっきりと聞こえた。
「こんのォ……! 大人しく剥がれなさいよッ……!」
悪態をつきながら、私は倍する魔力を掌に込め、両腕で思い切り影を引っ張ると、少しずつではあるが呪いが少年の身体から剥がれ始めた。
あと少し、あと少し――!
一層歯を食いしばり、診療台に片足をかけて踏ん張って――ようやく、呪いの全身がズルリと身体から剥がれ出てた。
キエエエエエエ! という凄まじい金切り声と共に、足のない真っ黒な影が床に落ちた。
呪いは暗い穴でしかない双眸で私を睨みつけると、辺りを見回し、床を這いずって逃走に転じた。
「ミゲル!」
「逃がすか! 【魔封障壁】!」
ミゲルが右手を振り抜くのと同時に、影の行く手を網目状の光が遮った。
それをガリガリと爪で引っ掻いた後、恨めしそうに振り返った影が、やはり真っ暗な穴でしかない口を開けて唸り声を上げる。
「観念なさい! 逃げる場所はどこにもないわよ!」
私の引導に、影が咆哮した。
その金切り声の凄まじさに一瞬判断が遅れたと思った途端、影は脚のない身体でありながら、信じられない勢いで跳躍した。
その先に、やはり一瞬動作の遅れたミゲルがいて――その美しい顔が失策を悟って歪んだ。
ヤバい、今度はミゲルに――!
私が目を見開いた、その瞬間――ぶおん、という音がして、私の視界を半月状の軌跡が横切った。
「やあああああああああッ!!」
決死の悲鳴の直後に、ガシャン! という、何かが砕ける音が爆裂した。
ギャッ! と悲鳴を上げて吹き飛んだ影が、医院の壁際まで転がった。
はっと横を見ると、ポーションが満パンに詰まった袋を両手に持った鬼の形相が目に飛び込んできた。
さっきまではなんだか間の抜けた表情だと思っていたが――今やその愛嬌ある眼鏡面は怒りに歪み、半ば崩れ落ちた影を仁王立ちで睨みつけている。
「ノーラ、あなた……!」
「よくも街の人たちを……! 絶対に許さない! あなたの相手は私よッ!」
「勝手に決めるな――奴は俺たちが処理する」
ずい、と怒らせた肩を掴んでノーラを下がらせ、ミゲルは冷たく言った。
「でも……!」と涙声で食い下がるノーラを、ミゲルは肩越しに振り返り、にっ、と唇の片方を持ち上げた。
「勘違いするな。仇は取ってやるから任せろ、と言ったんだ。それに――俺は今のお前の行動を低く評価しない」
おっ、と私は目を見開いた。
ミゲルが笑った――母親の私から見ても、この冷徹な息子が本当に、心からこんな笑みを浮かべることは滅多にない。
ましてこの冷徹な息子が、私や弟以外の他人に微笑みかけることは――本当に珍しいことだった。
ミゲルが微笑みを浮かべた途端、びくんっ、と、何だか雷に打たれたようにノーラが硬直した。
ん――? と私がノーラの顔を覗き込むように見ると、ノーラはぽーっと気が抜けたような表情のまま、ミゲルを視界に入れたまま固まっていた。
おや、どうしたどうした、イモ娘。
なんだか、顔がうっすら桜色に色づいている気がするぞ。
おや? あれ、もしかしてこの反応って――。
私が一瞬、物凄い違和感を覚えるのと同時に、「アシュタヤ様、奴が向かってきます」とミゲルに鋭い声で言われ、私は前に向き直った。
したたかに殴られたためか、影の顔の部分は半分ほどが消し飛んでいた。
それでも半分崩れた顔をこちらに向け直し、グルル……と不機嫌そうに嘶いた影に、私は宣言した。
「安心なさい。今からアンタを送り主のところにノシつけて送り返してやるから」
さっと右手を虚空に掲げ、私は亜空間に収納してある杖を取り出した。
ぐっ、と杖を握る掌に力を込めると、杖に魔力が充填され、青白い光を放ち始める。
「謹告! 《樒の魔女》の名に於いて――この禍なしたる者のもとに還り給えや!」
シャアアアアア! と影が咆哮し、再びこちらに向かって飛びかかってきた。
ぐっ、と左足を踏み込み――思い切り身体を捻って、私はフルスイングで杖を振り抜いた。
「【呪詛返元】!」
ミシッ――! と、杖を握る両手に、確かな感触が伝わった。
崩れた顔を強かに杖で打ち据えられた影はそのまま金切り声を上げて虚空に吹き飛び――そして青白い火花を上げて霧散した。
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