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感染源の特定を急ぎました!!

 医院の中は――まるで修羅地獄の有様だった。


 そこかしこに、今まさに力尽きようとしている病人たちが転がっている様は、病院というよりは死体置き場と言ったほうが実態に近かっただろう。


 「半日前より人が増えてる――!」というノーラの戦慄の声を横に聞きながら、私はどうしても拭えない疑念を感じていた。




 私は足元に転がった少年の傍らにしゃがみこんだ。


 息も絶え絶えの少年の服をずり下げ、肌の柔らかい部分を見てみる。


 やはり――あるべきものはどこにもない。




 おかしい、この人たちには高熱も発疹もない――。




 通常、火熱というものは、感染して数時間で咳や高熱の症状が現れ始め、それと前後して全身に麻疹のような赤い発疹ができる。


 だが、この患者たちの中にはただの一人もそれがない。


 妙だな――と思ったのはミゲルも同じだったらしい。




「発疹がありませんね。それに……」



 不審そうに顔を上げたミゲルが、さっと横の方に視線を向けた。


 そこにいたのは、金色の目の黒猫――流行り風邪は黒猫を飼うとよくなるという言い伝えに基づき、病院や治療院では高確率で飼われている動物だ。


 黒猫は私たちをじっと見つめた後、興味を失ったのか、人々の群れを縫って外へと駆け出して行った。




 やはりおかしい。


 顔を見合わせた私とミゲルを、ノーラが戸惑ったような顔で見ている。




「とにかくミゲル、処置室に入るわよ。ノーラも来て」

「はっ、はい! 処置室はこっちです!」




 ノーラが患者を縫って駆け出した。


 私たちは患者たちを踏まないように気をつけながら処置室のドアを開けた。




「おじいちゃんッ!」




 ノーラが開口一番の大声を上げると、ベッドに寝かせた患者の脈を取っていた高齢の医師がはっと顔を上げた。皺と真っ白な髭に覆われた、かなり高齢の医師である。




「ノーラ……!」

「おじいちゃん、魔女さんを連れてきたわ! 薬も分けてもらえた!」

「魔女? ああ、ということは、あんたが……!」




 ぷんと薬品の匂いが香る処置室の中に、私とミゲルはずかずかと入り込んだ。




「《樒の魔女》アシュタヤよ、こっちは息子のミゲル。あなたがファロン医師ね?」

「あ、ああ、そうだ。王都に魔女がいて助かった、これはもうわしだけの手には終えん……!」




 ファロン医師は汗だくの顔を俯けて首を振った。


 私はベッドに寝かされている患者を覗き込んだ。


 年の頃は十代半ばと見える、如何にも貧民と言える煤けた顔の少年だ。


 ガ、ガ――! と壊れた水道のような耳障りな呼吸音を立て、喉を掻き毟っている。




 さっと額に手を触れると――これまた平熱だった。


 火熱はその名の通り、燃える程の高熱を発するからこそ火熱と呼ばれる。


 だが、この苦しみ方は間違いなく火熱なのに、熱がないとはどういうことだ。


 それに、この子の身体にはやはり特徴的な発疹がない――。




 私の疑念がいよいよ深まってきたとき、ミゲルが言った。




「ファロン医師、この大流行はいつからだ?」




 ミゲルの言葉に、ファロン医師はしわがれた声を発した。




「昨日から――正確には二十と六時間ほど前だ。最初の一人が運ばれてきた後は、あちこちから患者がやってきて――!」




 二十四時間? やはり、いくらなんでもおかしい。


 いかに火熱が強力な感染症とは言え、拡大が早すぎる。




「治療法は? どんな薬を飲ませている?」

「とりあえずは鎮咳剤を投与し、症状の重いものから入院させとる。だがベッドはとっくに埋まっとるし、薬ももう底をつく。時にお前さん方、薬は――?」

「ああ、心配するな。ちゃんとここに――」

「ちょい待ち、ミゲル」




 私が言うと、ミゲルが口を閉じた。


 私は想像を絶する苦しみに目を見開き、ベッドの上で痙攣している少年を見た。




「ファロン医師」

「あ、ああ――なんじゃな?」

「ちょっと訊きたいのだけど――火熱にしては患者に発疹がないようなんだけど、今までに発疹のある患者はいた?」




 ファロン医師は首を振った。




「わしもそれが気がかりでな――感染拡大の速度が早すぎる上、苦しみ方は間違いなく火熱なのに、この患者たちには高熱も発疹も出なんだ。そのせいで現状ではいまいち手の打ちようがなくてな――」




 ファロン医師の説明を聞きながら、私は先程見た黒猫の金色の目を思い出していた。




 おかしいことはもうひとつある。それはあの黒猫が生きていることそのものだ。


 火熱が動物にも感染するのは古くから知られており、中でも猫は人間の身近におり、感染源であるネズミを捕食する動物であるため、火熱が拡大すると真っ先に死に絶える動物のひとつだ。


 そのせいで火熱を媒介するネズミが大量発生し、結果火熱の拡大にますます拍車がかかる――それが大体の火熱の大流行が辿る道だ。




 と、いうことは――私は診療台に乗せられた少年を見て、額に右手を置いた。




「アシュタヤ様、何を――?」

「静かに」




 ミゲルを静かに遮って、私は意識を集中させた。




 【記憶探知(ウィッチソーサリー)】――私は静かに少年の意識に集中した。


 自我も未発達な年端もゆかぬ少年、しかも火熱で苦しがっているため、心の防御反応はほとんどない。


 私は暗い水底を目指す砂の一粒になったつもりで、静かに少年の記憶の海に沈んでゆく。




 私の予想通りなら、この中にありえるはずのないものがある。


 慎重に少年の記憶を辿ってゆくと――不意に感知野にノイズが走り、私は眉間に皺を寄せた。




 婚約指輪を取り交わし、幸せそうに微笑む花嫁の顔――。


 目に写っている景色も、どことなく今の王都の風景とは異なり、古臭さを感じる。


 どう考えても結婚などしているはずのない少年に残る、有り得べからざる過去の結婚式の記憶――。




 これはやはり――間違いない。


 意識を急速に浮上させ、私は目を開いた。




 ミゲルとノーラ、ファロン医師が固唾を飲んで私の第一声を待っている。

 

 その顔に、私は断定する口調で言った。




「これは火熱が原因じゃないわね。これは――魔法による破壊活動よ」




「面白かった」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたら

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