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無償で患者を診る約束をしました!!

「お待たせしました、アシュタヤ様。準備万端です」



 

 しばらくして、ミゲルがありったけの薬瓶を鞄に詰めて店の奥から戻ってきた。


 程なくしてエプロンを脱ぎ捨て、よそ行きの格好を固めたニコルも準備が終わった。


「よし」と私は短く言い、ミゲルの隣で所在なさげにしているノーラに言った。



 

「さて、ノーラとかいう娘さん、あなたの医院はどこにあるの? 東の貴族居住区の方かしら? それとも西の――」

「あの、南の――灰色地区です」



 

 灰色地区? えっ、と私は驚いた。


 驚いたのはミゲルも同じらしく、頭二つ分は背の低いノーラをはっと見る。



 

 灰色地区とは、この王都の掃き溜め――いわゆる貧民街と呼ばれる、治安も衛生状態も悪い、まさに3Kな場所である。


 実際にまだ足を運んだことはないものの、高学歴、高収入、高身長、まさに3高であって当たり前であるはずの医者が、なんだってそんな場所に医院を構えているというのか。

 

 私の驚きが伝わったのか、ノーラは「そりゃ、驚かれますよね……」と自重するように呟いた。

 



「でも、祖父は貧しい人こそ医者が見放すわけにいかないって、もう何年もほとんど無償で人々を助けてるんです。蓄えを切り崩して、私財を(なげう)って――」

 



 は? と私の口からかなり険悪な声が出た。

 

 ノーラはそれでも、私を真っ直ぐに見つめて言う。 

 


 

「今回も、祖父は感染の危険があるのに必死に患者さんを診てるんです。祖父は私の誇りなんです。あの、どうか――祖父のしていることを笑わないでください」

 



 ――うおおおおおおい! ふざけんじゃないわよ!

 

 

 

 私はすんでのところでそう絶叫するところだった。

 

 ないの!? お金が!? 払えないの!? 

 

 払えないのに薬を譲れって!?


 いい歳ぶっこいで(みつぐ)クンかよ!


 おととい来やがれ貧乏人――!

 

 

 

 叫びたかった。


 かなり本気で、そう叫びたかった。


 だがそう出来なかったのは――ノーラの真剣な顔と表情を見たからだった。




 絶叫する代わりに、うわぁ、と私は顔をしかめた。


 なんだか話が妙な方向に動き出した……ノーラの真剣な視線から逃れるように、私は明後日の方向を見てボリボリと頭を掻き毟った。



 

 魔女は基本的に気まぐれで利己的で、如何なる事があろうと自分を優先する。


 つまり――利益の出ない契約は絶対に結ばないのだ。


 とりわけ、私は世の中のゼニ全てと愛人関係を結びたい守銭奴魔女の私である。


 しかし相手が貧民で、それを診ている医者ですらそれに類する人種だとなると、この薬の代金など逆さに振ったって出てこないに違いない。

 



 参ったなぁ、さっき「行く」って言っちゃったけど、これは魔女の掟に照らして契約を交わしたことになるだろうか。


 なんとかこれが契約ではなく、やっぱ行くのやめた、という上手い言い訳が出てこないだろうか――内心、そんな事を考えていたときだった。

 

 

 

「アシュタヤ様、恐れながら――この件は俺一人の派遣で十分です」

 

 

 

 ん? と私はミゲルを見た。


 ノーラも驚いたようにミゲルを見上げ、一体何を言うんだというように顔を青くさせた。


 そんなノーラをまるきり無視して、ミゲルは眼鏡の奥の目を鋭くさせながら私に言った。



 

「俺にはアシュタヤ様の霊薬とその知識があります。火熱を癒やすのは初めての経験ですが――俺ならきっと上手くやれる。アシュタヤ様にわざわざご足労願うほどのことではないかと」

 



 なんだか、妙な話だった。


 私はしばらくミゲルの言わんとしていることを考えたが、真意を悟らせまいように、ミゲルはなおも言った。



 

「それに、魔女であるアシュタヤ様が表を歩かれれば聖女の一党に察知される恐れもある。そうなったらせっかくの潜伏がパァです。ここは俺一人が行きます。アシュタヤ様は留守番していてください」

 



 内容こそ理詰めだったが、このミゲルの表情はいつも通りのクールな表情ではない。


 随分久しぶりに見る、なんだか皮の一枚下に真意を隠したような顔をしていた。

 



「ミゲル兄ぃ……」

 



 ニコルが何かを察してミゲルを見て、それからパッと私を見た。



 

「確かに、僕とミゲル兄ィだけで病人の治療は十分かもね。僕らが行くからママはお昼寝でもしててよ」



 

 ニコルまで何を言い出すんだとその顔を見ると、ニコルの顔がにっと笑顔になった。

 

 

 

「それに、今回はどうやらお金を払える人ばっかりじゃないみたいだからさ――ママが病人相手にカネ払えって大暴れしたら大変だもの、ねぇ?」

 

 

 

 ニコルのその言葉に――私はやっとミゲルの言わんとしていることを察した。


 なるほど、そういうことかい――。

 



「あーもー……」

 



 私は再びボリボリと頭を掻き毟った。



 

「わぁーったわよ、もう……タダで診ろ、って言いたいんでしょ?」



 

 私の言葉に、ノーラがはっとミゲルを見上げた。


 ミゲルはノーラの顔を見つめ、よかったな、というように眉尻を上げた。


 本当にいいんですか!? と言いたげなノーラの輝いた表情に向かい、私はかなり不機嫌な声と口調で言った。



 

「おい、そこの娘」

「はっ、はい!?」

「私の優しくてイケメンな息子たちによぉく感謝なさいよ、そうでなきゃアンタ、私たちへの薬代の支払いでこれから向こう一年はアワとヒエだけで暮らすことになったんだからね。その恩を忘れたら祟るから覚えとけ」

「ふぁ――!?」

 



 最後に恐ろしい一言で脅迫すると、ノーラの顔が青を通り越して土気色に変色した。


 ふん、かなり私個人としては面白くないが――ミゲルがあそこまで言うなら仕方がない。



 

 何しろ、ミゲルは私以上に利益のない取引を嫌がる人間だからだ。


 時には母親の私でさえ驚くほどに冷徹で、こちらに利がなければテコでも動かない長男――そのしっかり者の長男があそこまで言ったのだ。


 大方、愚かで利己的だと思っていた人間が無償で人を助けていると知って、少し人間に興味が湧いたのだろう。


 それは彼が人間社会に戻っていくためには必要な興味だろうし、人間にうんざりしかけている彼に人間の違う一面を見せるのも母親の務めだ。

 



 私は「さて」と空気を変える一言を発した。



 

「話がまとまったわ。ノーラ、その灰色地区へ案内しなさい」

「え? あ――は、はい! ご案内します、こっちです!」

「ちょい待ちちょい待ち」

 



 急いで店の外に駆け出していこうとするノーラを私は引き止めた。


 とにかく落ち着いて話を聞いてほしいものだ。



 

「何よアンタ、徒歩で行くつもり? アッシーくんもいないのに?」

「え――?」

「灰色地区って王都の反対側でしょ? 歩いていったら二時間もかかるわ。道案内をしろとは言ったけど先頭を走れっては言ってない」

「あ、あの、それはどういう……」

 



 ノーラが真意を測りかねて戸惑う声を上げる。


 私は呆れて言った。

 

 

 

「魔女が徒歩で移動するわきゃないでしょ。今回はアンタを特別に箒に乗せたげる」 

 

 


なんだか久しぶりにガッツリ読まれていて驚きです。

ヒューマンドラマジャンル、強くなりましたね……。

まさにこの作品にうってつけのタグだと思います。


「面白かった」

「続きが気になる」

「もっと読ませろ」


そう思っていただけましたら

下の方から評価をよろしくお願いいたします。

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