ep6 おままごと
まぁ、昨日の今日で良い解決策を警察が持ってくるとは、森藤さんも思ってはいないだろう。
たぶん・・・きっと・・・
そう信じて、問題をさきおく・・・り・・・ではなく、事件をじっくりと検討することにした。
だが、交番でうなっていても、解決策が出るわけではない。
クマさんの助言通り、現場で聞き込みでも行うのが、良いのかもしれない。
「ちょっと、聞きこみに行くか。」
「はぁい。いってらっしゃーい。」
え?おいっ。お前、行かないつもりか?
「ちゃんと、お留守番しときまーす。」
なんと、ゆるふわちゃんは、留守番を決め込むつもりのようだ。
というか、私が何か言う前に、奥の部屋に引っ込んでしまった。
うーん。聞き込みは、2人というのが原則なんだが・・・
まぁしかし、そもそも、正式な捜査ではないし、ゆるふわちゃんに聞き込みの邪魔をされるのもめんどくさい。
私は、ゆるふわちゃんを残して現場へと向かうこととなったのだが・・・
そこで、私は、驚くべき光景を目にすることとなった。
うぅ・・車がないっ!
そして、なにか、工事をしている。
「こんにちわー。そこの西村山交番の者ですが、今、工事をなさってるんですか?」
「見回ってくださってるんですね。あっ、管理人の水元です。いや、マンションの管理理事会でカメラを付ける話になりまして・・・」
「いままで、付けてなかったんですよねぇ。」
資料では、監視カメラの設置は無いとのことであった。
「いやぁ、お恥ずかしい。ただ、マンションの管理組合ってもんは、どこも予算不足でして・・・あそこの奥ですね。その向こう側にフェンスをつけて、人が入りにくくした上で、ダミーのカメラをこれ見よがしに設置しただけだったんですよ。まぁでも、こんな事件が起きちゃうと、お金がかかるとか言ってられませんからねぇ。事件の次の日には、積立金を取り崩して対応するってことで、理事会も全会一致でした。」
内部情報を必要以上にペラペラとしゃべる管理人。
こんなおしゃべりな管理人の居る集合住宅に住みたいとは思わないが、私にとっては、これはチャンス。
この管理人への聞き込みから、何か重要な情報を得られるかもしれない。
「どうですか?事件から少し時間は、経ちましたけど、新しく思い出したこととか、気づいたことなんかありません?」
「んー。警察の方に話したこと以外で・・・と言われると、難しいですねぇ。最近は、特にトラブルは起きてないですから。」
「最近ってことは、昔は?」
「あぁ、アレですよ。もう、お話していますけど、7年くらい前に、タイヤをパンクさせた奴がいた事件。私が管理人になる前ですけどね。警察でも、把握されていたみたいですが?」
へぇ、昔、そんな事件があったんだ。
クマさんに聞いておこう。
「あぁ、それですか。それなら大丈夫です。まぁ、また色々とお伺いする可能性は、ありますが、よろしくお願いしますね。」
ただでさえ、女性の聞き込みは、相手に、少々軽くみられる。
舐められるわけにはいかないので、「その情報は、把握していますよ。」と軽くアピールを入れておく。
まぁ、聞き込み自体で新たな手掛かりを得ることはできなかったけれども、把握していなかった昔の事件の情報を手に入れることができた。
帰る前に、クマさんの所に行くべきである。
そう考えた私は、本署へと足を運んだ。
エレベーターの場所を入り口近くにしてくれないかなぁと思いながら、1課へ上がる階段をのぼる。
どうしても、入り口に近い階段のほうが早いので、こちらを使うが、歩き回ったあとの階段は、少し体にこたえる。
って、おい・・・
「おぉ、嬢ちゃんは、アヒルのモノマネがうまいなぁ。よし、饅頭を、もう1個やろう。」
「わぁ、ありがとうございますぅ。」
おまえ、留守番は、どうしたっ。
1課・・・そこで、私が目撃したのは、アヒルのモノマネをするゆるふわちゃんと、クマさんであった。
「あのぉ・・・」
「おう、佐藤かっ。遅かったの。お嬢ちゃんは、はよ来て、もう話は、しとるから後で聞いとけ。」
え?何の話をした?え?え?え?
「あー、なんか、昔、タイヤをパンクさせる事件があったらしいですよー。あそこの駐車場。もぐもぐ。」
饅頭を食べながら、ゆるふわちゃんは、のんきにタイヤパンク事件の話をし始めた。
それは、7年前の冬であった。
月曜日に1台の車がパンクさせられていた。
車の持ち主は、普通にパンクしたのだろうと考え、その日のうちに交換したところ、次の日には、なんと、駐車してあったすべての車のタイヤがパンクさせられていたのだ。
捕まったのは、近所の23歳の青年。
無職。
夜に駐車場に侵入して、果物ナイフをタイヤに突き刺したらしい。
初日は、1台。
後輪タイヤ2本のみ。
味を占めた2日目は、駐車していた車両全部。
4本のタイヤにナイフを突き刺して回った。
「そこで、防犯カメラでも設置してくれていれば、今回の事件も簡単だったんだがな。フェンスとダミーカメラだけで予算1年分を超えていて先送りしたまま、忘れられていたらしい。」
クマさんが、口をはさんできた。
なるほど、今日の工事は、その時できなかった監視カメラの設置だったというわけだ。
しかし、男は、すぐに逮捕された。
目撃者が多くいたのだ。
そして、普通なら起訴されるのだが・・・
「精神疾患があったとかでな。送検すらされなかった。」
うーん、口をはさむくらいなら、ゆるふわちゃんに任せず、自分で説明すればいいのに。
まぁ、それはともかく、被害者にタイヤの代金も何も渡ることはなく、犯人は、書類送検すらされなかったというわけだ。
「理不尽ですね。」
「精神疾患を持っている場合、起訴したあとも、鑑定やらなんとかで、長いからな。割に合わん。たかだかタイヤでは、物事は動かんわな。」
「でも、かわいそうなのは、2回もタイヤを替えることになった人ですよねー。1回目が前輪2本で、2回目が後輪4本。6本っていくらくらいなんだろ?」
ゆるふわちゃんが、ふわっと、口をはさむ。
「おぉ、それよ。嬢ちゃんは、目の付け所がいい。」
なんと、2回被害を受けた車の持ち主こそ、今回の被害が一番大きかった高級車のオーナーさんであった。
「まぁ、7年も前の事件だから、車そのものは、違うがな。」
そりゃそうだ。7年も経っていれば、車は買い替えているだろう。
「となると、その男・・・えーと、今31歳くらいですか?それが、怪しいんじゃないんですか?」
「いや、流石に確認済みだ。入院中だとよ。外出は、制限されているので、そいつの関与は、無さそうだ。」
男は、精神科病院に入院しており、外出どころか、電話すら制限されていて、病棟の外に出る行為・・・散歩・外出・外泊については、主治医の許可が必要となるらしい。
んー、いい手がかりというか、事件への取っ掛かりになると思ったんだけどな。
ついでに、クマさんに聞き込みのコツというか、今回の事件でのうまいやり方は無いかを聞いておく。
「平日に時間帯を変えて、何回も聞くことだな。」
平日の行動は、だいたいスケジュールが決まっている人が多い。
時間帯で、駐車場を使う人が違うわけだ。
溝に詰まった泥を丁寧にさらうように、そこを繰り返すようにと、クマさんは、言っているのだ。
クマさんに頭を下げて、椅子から立ち上がった時、声をかけられた。
「おぅ佐藤、正式な捜査とは違うわけだから、そこは、気ぃつけぇよ。おままごとで、本捜査の邪魔は、しちゃぁいかんぞ。」
言われていることは、理解できる。
しかし、悔しい。
それを、ぐっとこらえる。
「っ・・・はい、気を付けます。」
クマさんの「おままごと」の言葉に、少し気落ちした私の足取りは重い。
本署から、トボトボと歩いて帰・・・って、なんだ、その自転車っ。
「あっ、今日は、自転車で来たんですよ。パンダちゃん使っちゃダメだから。じゃ、お先、失礼しまーす。」
チリンチリンと、音を立て、ゆるふわちゃんが行く。
クマさんの「おままごと」という言葉が、ベルの音に乗ってリフレインする。
私は、なんだかとても悲しい気持ちになり、思わず署の前に立ち尽くした。
赤くなった西の空の向こう、チリンチリンの音は、小さくなり、雑踏へと消えて行くのであった。




