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ep5 捜査1課のクマさん

現場でのやり取りに、あまり意味がないことに気づいた私は、3階にある自分の部屋に戻る森藤さんと別れ、本署へと向かった。


実際の所、事件は、本署の取り扱いであるからして、捜査資料は、すべてそちらに集まっている。


そもそも、最初からこうすれば良かったのだ。


誰だ。現場に行こうなんて言ったやつは・・・


てくてくと階段を上り、訪れたのは、捜査1課。


殺人、傷害、強盗・・・そんな事件の捜査を行う部署だが、住居侵入、器物損壊の扱いも、この課が行う。


青ペンキの事件は、器物損壊と住居侵入にあたるので、この部署に顔を出しておけば、間違いはないが・・・


キョロキョロと人を探す。


あの人は、聞き込みなど地取りと称して、平気でパチンコ店に居座っていることがあるからなぁ・・・


クマさん・・・今日は、居てくれよぉ。


「おぉ、えらい別嬪さんの可愛い子ちゃん連れとるやないか。」


その時、私の後ろから、だみ声が聞こえた。


この品の無いおじいちゃんこそ、1課のベテラン刑事・クマさんこと久間敏三である。


「あっ、ご無沙汰しております。えーと、この子は、この4月からうちの交番に配属になった神咲萌環です。」


クマさんに軽く紹介すると、ゆるふわちゃんは、ぺこんと頭を下げた。


「あぁ、さんずいの兄ちゃんが居らんよなったから、この子連れて歩いとるんやな。」


さんずいの兄ちゃんとは、藤川元巡査部長。


金庫に保管してあった証拠品の お金を使いこんでいたことがバレて、もみ消した上で、退職金で埋め合わせし、3月に自己都合という形で任意退職した私の先輩だ。


そして、さんずいは、汚職のことを指す。


漢字の「汚」の部首が、さんずいであることから、そう呼ばれるようになったらしい。


しかし、「さんずいの兄ちゃん」という呼び名は、しらじらしい。


なぜなら、クマさんは、新人時代の藤川先輩を直接教育した上司である上に、お金の使い込みのもみ消し・・・懲戒処分ではなく、自己都合による任意退職とするよう主導した黒幕でもあるからだ。


まったく、喰えないおじいちゃんである。


しかしながら、事件捜査と関係の無い私たちが捜査資料などを閲覧するには、こういうベテランで、融通が利く人物の力が必要だ。


部署の端にあるクマさんのデスクの横に、どこかから引っ張ってきたパイプ椅子を置き、お茶は、なぜか私が3つ淹れる。


ゆるふわちゃんは、クマさんと楽しそうにおしゃべり中。


逆だろっ。


まぁ、しかし、1課に足を踏み入れたことのないゆるふわちゃんが、お茶を淹れるのは、難度が高いから、仕方ないとも言える。


それはさておき、3つの湯飲みを並べて、椅子に座り、クマさんのタブレットに表示された捜査資料を覗き込む。


「午前6時12分、清掃のため駐車場に入った管理人より、通報。最寄りのハコからアヒルが出動している。現着後、場に通じる通路、侵入、逃走の経路の保存を図るも、住民の出勤時刻が重なり、徹底できず、鑑識が入ったのが9時過ぎだな。」


「なるほど。」


「箱?あひる?がぁがぁ???」


クマさんの言葉に相槌を打つ私の横で、ゆるふわちゃんが、アヒルのモノマネをはじめ、クマさんは、どこの新喜劇だよと言わんばかりにズッコケる。


「お嬢ちゃんは、ホントに可愛いな。」


「あっ、ありがとうございますぅ。」


褒め言葉じゃないっつーの。


ハコは、交番で、アヒルは、制服巡査。


最寄りの交番から、制服巡査2人が、現場に向かったという意味だ。


実際には、一番近い交番は、私たちの西村山交番なのだが、こういう事件対応や事故対応には、私たちは、向かわせてくれないため、村山中央交番が最寄りの交番扱いとなり、その対応に向かうこととなる。


そもそも、西村山は、12時間しか開いていない張りぼて交番で犯罪対応には、不向きだ。


さて、ゆるふわちゃんへの通訳は、後でするとして・・・現状、分かっていることは、こうだ。


被害が大きかったのは、奥の星形のエンブレムの車。


ボンネットの前部、バンパーを含めてガリガリと傷つけられた上に青ペンキをかけられていたとの話だったが、クマさんが見せてくれた写真の画像は、私が思っていたようなモノではなかった。


一直線・・・といったらいいのだろうか?


ボンネットの傷は、バンパーと平行に横一直線につけられた上、そこから斜め線を何本も引く形で付いている。


「あ~きれーですねー。定規を使って引いたみたいなキズですよねぇー。」


間の抜けた声が、私の思索を邪魔する。


ゆるふわちゃんだ。


「おぉ、ねぇちゃん、いいところに目を付けたな。」


いやいや、誰でも気づくことだし、そう思うことだ。


「あ、あともうひとつ。キズつけた後にペンキをかけているんじゃなくて、ペンキをかけた後に傷をつけてますよね?」


「おぉおぉ、お嬢ちゃん、センスいいな。藤川より使えるかもしれん。」


ほら、藤川って、名前覚えてるじゃん。なにが、サンズイの兄ちゃんだよ。このくそじじい。


「でも、おかしいですよねー。まぁいっか。」


なにやら、ブツブツ言いながら、ゆるふわちゃんは、目をつぶった。


おいっ、寝てんじゃないだろうな?


その後も、クマさんのタブレットを見ながら、状況を把握していく。


しかし、1課の捜査ですでに洗われている内容だ。


私たちが、見直しても新しい発見が出てくることは、ない。


「まぁ、そらそうだ。こんなことで、手掛かりが見つかったら、捜査本部なんぞいらん。捜査の基本は、現場だ。現場っ。聞き込みをしろ。足を使えっ。ほら、座ってないで行け。ん?嬢ちゃんどうした?」


「お茶、全部飲んでからでいいですか?」


「おぉ、そうだな。ゆっくりしていっていいぞ。おっこれも、食ってけ。」


クマさんは、デスクの上にあった饅頭を1つ、ポイっとゆるふわちゃんに放り投げた。


「んーじゃ、片付け頼んだぞっ。」


え?いや、私には、お饅頭なし?ってか、片付けこそ、ゆるふわちゃんにやらせるべきでしょ。


背中をにらむ私の視線は、部屋を出ていくクマさんには、届かないらしい。


私は、もぐもぐと饅頭を食べるゆるふわちゃんを横目に、クマさんのタブレットを、もう一度見直すのであった。


っていうか、置いて行っていいのか?このタブレット・・・1課のセキュリティやばいな。


クマさんのデスクにあったお饅頭を、もうひとつ、勝手にポケットに入れてニコニコ顔のゆるふわちゃんを引き連れて、西村山交番に戻る。


「だるーい。今度、本署に行くときは、交番のミニパンダちゃん使いません?」


「ダメだ。アレは、2人とも免許証を持っていないと運用不可って、言い渡されているっ。」


「知ってますよー。でも、緊急時は、使っていいって言ってたのも聞きましたよ。例外でっ。」


西村山交番には、軽自動車のパトカーが配備されているのだが、これは、藤川先輩と私という免許を持っている2人が居たから運用することができた。


しかし、ゆるふわちゃんは、免許証を持っていない。


犯罪や事故など明らかな緊急時は、例外的に使用して良いという許可はもらっているが、本署までの歩きがだるいからという理由では、使うことはできない。


私の答えに不満そうにしながら、ポケットから饅頭を取り出し、これをモグモグしながら、後ろを歩くゆるふわちゃん。


彼女を引き連れた私は、相談者である森藤さんにどう説明を行ったらよいだろうと頭を悩ませながら西村山交番へと戻るのであった。

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