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ep12 ゆるふわちゃんは、チリンチリンと疾走する

大きな音を立てたのは、603号室のドア。


打ち付けられたのは、メガネ男の大きな平手。


「ふ・・・ふざけんなっ。なんで、オレが・・・」


私じゃなく、オレか・・・これが、取り繕ってない時のコイツのしゃべり方なんだろうな。


メガネ男の態度に、さっきまでの、丁寧な雰囲気は、無い。


「だいたい、702の明石が、悪いんだっ。あんたらも、車をとめてる時の状態見たろ?はみ出してるんだよ。白線からっ。」


何を言っているか、分からない。


「はいっ。写真ですけど、見ましたよー。車の前の部分が、はみ出してましたよね?でも、あれは、仕方ないですよね?そもそも、車の長さが、駐車スペースより、ちょっと大きかったんですから。」


「普通は、計ってから買うんだよっ。車の全長が、駐車スペースに入るかどうか。オレだって、買いたい車が、あったんだよ。フリードクルーザー。だけど、あの車の長さは、4950mm。4メートル80センチの駐車場には、収まらないから諦めたんだ。それをなんだ。長かったら、はみ出して仕方ない。って、平気な顔で共有スペースを占有するっ。あんなこと許されるのか。どこか別の場所に駐車場を借りてとめればいいだろっ。」


飛ぶつばが、こっちにかかりそうなくらいの勢いで、彼は、しゃべり続ける。


ゆるふわちゃんは、そんなメガネ男に、エコバッグからもう1枚、紙を取り出し、見せつけるように突き付けた。


おいおい、これ以上の証拠の写真なんてなくていい。


やりすぎだっつーの。


こいつは、もう犯行を認めてるんだから、署にこのまま連れて行けばいいだろ。


「パンパカパーン。ってことで、これ、逮捕状でーす。裁判所の人せかして、1時間で作ってもらったんですよー。」


えっ、令状?いや、そんな、簡単に取れるもんじゃないぞ。


そう、ゆるふわちゃんが、最後にエコバッグから取り出したのは、逮捕令状。


ふと、後ろを見ると、にやりと笑うクマさんと目が合った。


あぁ、このじじいが、手助けしたか。


まず、警官が、裁判所の裁判官に対し、逮捕令状を請求する。


その後、裁判官が提出された証拠を見て、被疑者の犯行が疑われると判断した場合、令状が発付される。


逮捕令状が、この流れで発付される以上、この程度の器物損壊罪の事件で1時間なんてスピードで、用意されることは、まず無い。


恐らく、裁判官の弱みを握っているクマさんが、なにかの取引をして、用意させたに違いない。


「はーい。18時14分。通常逮捕でーす。」


カシャンッ


ゆるふわちゃんが、メガネ男に手錠をはめ・・・はめようとして、空振った。


「あれぇ?練習だと、うまくはまったのに。」


2度、3度・・・4度目の失敗で、クマさんが、前に出た。


「嬢ちゃん、のきなっ。」


ガシャン


「ほら、逮捕な。電気とか、消すものだけ、消すから、教えろっ。」


「あぁぁ、わたしが手錠をはめたかったのにぃぃぃ。」


手錠をかけられたままのメガネ男が説明する通り、私は、部屋の電気やパソコンの電源を落としたあと、施錠する。


そして、その間、ゆるふわちゃんは、エレベーター前の手すりに、手錠をカッコよくかける練習を続けていた。


「うぅぅ、手すりなら、成功するのに・・・」


エレベーターに乗って下に降りると、野次馬の列と、パトカーが1台。


制服警官が、ドアを開けると、メガネ男は、大人しく後部座席に乗り込んだ。


「おう、アヒルの嬢ちゃんは、自転車だったな。」


「あっ。自転車、トランクに乗せて、パンダちゃんで帰れません?」


「それは、無理だ。被疑者を連れてっからな。あっ、嬢ちゃん、書類仕事好きか?」


「嫌いですっ。書類、見たくないっ。」


「分かった。じゃ、嬢ちゃんが、佐藤に説明して、経過が分かるようなものを報告書形式で佐藤、お前が明日中に作ってこい。ご褒美だ。正式な書類は、オレが、作って提出なんかも代わりにやっといてやる。」


「わぁ、ありがとうございますー。」


クマさんは、メガネ男の隣に乗り込み、運転席の警官に何やら声をかける。


すぅぅっと、音もたてずにパトカーは、動き始め、夕暮れの街に消えて行った。


「じゃ、先に交番に戻ってますねー。」


自転車のカゴにエコバッグを放り込むと、ゆるふわちゃんは、チリンチリンと音を立てて疾走する。


ポツンと野次馬の真ん中に残されたのは、私、ひとり。


「ん?そういえば、私、藤川先輩のために、犯人を・・・あれ?」


私は、なんだかとても悲しい気持ちになり、思わずその場に立ち尽くした。


赤くなった西の空の向こう・・・チリンチリンの音は、小さくなり、雑踏へと消えて行くのであった。



翌日の西村山交番・・・



午前のご相談タイムが終わった間を見計らって、私は、ゆるふわちゃんに状況を説明させていた。


「なぁ、いつ、あの斎藤って男が、犯人だと分かったんだ?」


「え?最初に見た時から、疑ってましたよ?」


「最初からっ?」


「っていうか、聞き込みなんかで出会った人で、すごーく怪しかったのは、伸子ちゃんと、斎藤さんですよね?」


はぁ?森藤さんも、疑ってたのかよ。


どこが怪しかったのか、さっぱり分からない。


「最初は、伸子ちゃんの自作自演かなぁって、思ったんですよ。ほら、100万円も、彼氏さんの部屋に自分で置いてきてたでしょ?この人、自演の前科があるから、自分の部屋のドアにペンキをかけるくらい、平気でやるかなぁって。まぁ、でも車のエンブレムを接着剤でくっつけてたのが、男子トイレの便器だったから、伸子ちゃん犯人説は、そこがちょっと引っかかってたんですよね。」


「いや、メル●デス便器の話は、どうでもいい。なんで、メガネ男が犯人って分かったかを知りたいんだ。」


「だから、ソレですよぉ。メル●デス便器の一件で、犯人は、ある程度、知的で、くだらないこと・・・いたずらなんかに時間をかける層の人間っていうことが、分かったでしょ?なので、伸子ちゃんが犯人だった場合、わざわざ私たちに相談に来ている段階で、自作自演のいたずらを仕掛けてきたってことになるんです。そうなると、私のプロファイリングに当てはまるでしょ?」


「ほぉ。じゃぁ、犯人だった斎藤は?」


「昔のパンク事件の男の人を、疑ったことですねぇ。伸子ちゃんの部屋のドアに、ペンキのいたずらがあった以上、犯人は、あのマンションの中の人間って考えるのが自然。なのに、7年前の人が怪しいって話を私たちに吹き込もうとしましたよね。だから、この人も、犯人だった場合、偽の情報を警察に流して楽しんでいる可能性がある。いたずらなんかに時間をかけるタイプの人間ってことで、疑う対象になります。まぁ、聞き込みで、それっぽいけどちょっとおかしな所がある情報を出してくる人を、とりあえず疑ってく感じですねぇ。」


「それで?」


「その段階では、男子トイレの便器だから、斎藤さんの可能性もあるなってくらいで、疑うのは、そこでいったんストップです。まだ、伸子ちゃんのほうが、犯人の可能性が高いかなぁ。って感じ。でも、伸子ちゃんが、『被害が大きかった男性は、下の階の人にも恨まれている』って話を斎藤さんがしてたって言ったでしょ?斎藤さん、マンション内にも怪しい人が住んでるって知ってたんですよね。じゃぁ、7年前の人じゃなくて、そっちが怪しいって、警察に言いたくなりません?犯人は、あのマンションの中の人間って考えるのが自然なんですから。なのに、そっちの情報は、警察に渡そうとしなかった。マンション内に犯人がいる可能性を、警察にあんまり検討されたくなかったんじゃないかなぁ。怪しまれるのが隣の部屋の人だから、下手をすると自分に飛び火しかねないし・・・なので、季節限定のカステラをくれたのもあるし、伸子ちゃんを疑うのは、いったん保留して、あの人を徹底的に調べたほうがいいって思ったんです。」


いや、カステラは、関係ないだろっ。それに・・・


「でも、犯人じゃない可能性もあるよな?」


「はいっ。っていうか、予想が外れてる可能性のほうが高いと思ってました。」


はぁ?じゃ、なんで・・・


「外れてていいんですよ。私たちは、正式な捜査してるわけじゃないんですから。別に調べるだけなら、無料です。でも、当たった時は、リターンが大きいでしょ?」


いや、リターンが大きいって、スポーツ賭博じゃないだから・・・


「それで、なんで、ホームセンターだったんだ?」


「いや、あれは、しらみ潰しで調べるつもりだったんです。西村山で、ペンキを売ってそうなお店。最初に、ここらへんで一番大きい西村山コインズに行って、売上げデータでペンキを買った人、ぜぇんぶ出してもらったんですよね。で、そのくらいの時間の防犯カメラの映像を見せてもらったら、黒縁メガネかけたあの人が、すぐ見つかったから、逆にびっくりしました。あとは、その記録媒体をお借りして、ついでに、その時刻前後の周辺のお店の防犯カメラの映像のデータも、同じように借りて、クマのおじいちゃんの所に持って行くだけ。あとは、1課の人たちが、必死で映像を見て、見つけてくれました。逮捕状の請求もやってくれたから、書類とかなにも用意しなくてよくて、楽でしたー。あとは、裁判所の決定を待って、斎藤さんのお部屋に直行ですね。」


なるほど。


メル●デス便器のプロファイリングから、そんなところにたどり着いたのか・・・


コツコツと積み上げていくやり方、一段ずつ段を上るやり方なら、私のほうが上だろう。


しかし、こいつの階段をひとつ飛ばしに登っていくような捜査方法は、私には、真似できない。


目を閉じて、床を見つめる。


ふぅっと、深呼吸。


私は、自分の不甲斐なさに折り合いをつけた。


ならば、私は、やるべきこと、今、出来ることをしよう。


「よしっ、それを書類にして、クマさんへの報告書にするから、詳しく・・・」


深呼吸を終えた私が、顔を上げ、そこまで言った時であった。


それは、交番の外。


くるっと丸めたピンク色のかわいいエコバッグを左手につかんで自転車に乗っているのは、ゆるふわちゃん。


「昨日、南風カフェの紅茶を飲み忘れてたんですよ。ホームセンターに行く前に寄って行こうと思ってたのに。だから、行ってきまーす。」


「ちょ・・・おま・・・制服でそれはダメだと・・・」


ゆるふわちゃんは、チリンチリンと音を立てて疾走する。


そうして、その背中は、チリンチリンの音とともに、西村山商店街の方向へと小さくなって行くのであった。

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