後日談①-3 イライアス、試される
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その一方で。イライアスは、客間でアデラインと正面対決に臨んでいた。
(シエナを取り戻すんだ! そのために、説得は慎重に行なわなければ……!)
以前はそこまで深く関わることはなかったが、王太子に協力を仰いだ件で、アデラインがかなり抜け目のない、頭の回転が早い女性だということは分かっていた。
なのでかなり心の準備をしてきたのだが。
足を組んだアデラインは、けろりとした顔をして言った。
「試して悪かったわ」
「……………えっ?」
思ってもみない謝罪を述べられてしまい、イライアスは盛大に戸惑った。
今にも戦いが始まろうとしていたのに、剣を抜く前に相手が降参してしまったかのような気分だ。つまり、かなり気持ちの置き場に困っている。
それが表情に表れていたのだろう。アデラインは肩をすくめながら言った。
「何よ、そんなに意外だった?」
「えっと、その……説得するつもりで来ましたので、拍子抜けしてしまい……」
「説得なら、この一週間の行動だけで十分されたわ」
「え?」
「言ったでしょう? 試して悪かったって。……あなたが、シエナをどれだけ大切に想っているのか、知りたかったのよ」
そう言うと、アデラインは自身の行動の意図について話し始めた。
「シエナから、あなたたちの馴れ初めについては一通りの話を聞いたわ」
「……!」
「あ、あの子を責めるのはやめてね? あたしが根掘り葉掘り、追及したってだけだもの。私の追及から逃れられる人なんていないわ」
(すごい自信だ……)
しかし、そう自信をもって言えるだけの圧が、アデラインにはあった。この追及を逃れるのは確かに、かなり苦しいだろう。
(それに、話したシエナに対して動揺したんじゃない。こんな情けない夫であることを、よりにもよってシエナの姉に知られたことに動揺したんだ……)
おそらく、アデラインがイライアスを試そうとしたのは、そういうところからなのだろう。
だが、最悪の結果にはなっていないようだったので、ほっと胸を撫で下ろす。
そんなイライアスの様子を興味深そうに眺めながら、アデラインは続けた。
「あなたのことは、シエナから昔からよく聞いていたわ。あの子にとって唯一無二の親友だってこともね。……正直、あなたとセレスティア嬢には感謝してるのよ。あの子が人間不信になったのは、あの見た目もあるけれど……あたしが社交界で好き勝手していた影響が少なからずあるからね」
「……キャンベル元公爵令嬢とも、浅からぬ因縁があると聞いたことがあります」
「それはあの女がいちいち突っかかってくるのが悪いでしょ。あまりにも生意気言うもんだから、池に落としてやったわ」
(想像以上に苛烈だった……)
まあだからと言って、ヴィヴィアンヌの行動に正当性が生まれるわけでもない。
「確かにシエナにキャンベル元公爵令嬢が付き纏っていた一因ではあると思いますが、彼女自身が一番の問題でしたから。決して、フラメル伯爵夫人のせいではないかと」
「他人でもないんだから、気軽にアデラインと呼んでちょうだい」
「分かりました、アデラインさん」
「そして、まあそれはそうね」
アデラインはため息をついた。
「けれど、後悔はある。その上、シエナが結婚した事情と、あなたが王太子殿下に認められたのを見たとき……もしかしたらって思ったのよ」
「もしかしたら、ですか?」
イライアスがなんのことだか分からない、という顔をすると、アデラインはおかしそうに笑う。
「思い至りもしないところを見るに、あなたは昔から変わらないのね」
「えっと……」
「……簡単よ。シエナを踏み台にして、権力を欲してるんじゃないかって思ったの」
「……!」
「昔は無欲でも、人はなんらかのきっかけで変わることはあるから」
「気に障ったなら謝るわ」とアデラインは言ってきたが、イライアスは首を横に振った。
(実際、そう思われても仕方ない……)
イライアスは確かにこの作戦においての要であったが、基本的なコネクションはすべてシエナの繋がりから得たものだった。
だから対外的に見れば、一番得をしたのはイライアスになる、というわけだ。
その上で、シエナから結婚した当時の話を聞けば、アデラインが不安になるのも仕方ない。
しかしそう落ち込むイライアスの憂鬱とした気持ちを吹き飛ばすように、アデラインは告げた。
「けれど、毎日届く手紙や花束、贈り物の数々を見て、そんな不安はどこかへ飛んでいったわ」
「……そんなに、でしょうか? 大したものは用意できていませんが……」
不安げなイライアスに、アデラインは噴き出した。
「嘘でしょう? あんなにシエナの好みに合わせた贈り物を用意しておいて、今更不安がるなんて……やっぱりあなた、ちょっとズレてるわよね」
「ず、ずれ……?」
「言ったでしょ、この一週間のあなたの対応で、十分説得されたって。あたしが見ていたのは、あなたが本当にシエナのことを愛してるか、幸せにできるかどうか。そして、悟ったわ。きっと後にも先にも、あの子が結婚する相手は、あなた以外いないってことをね」
「……!!!!」
がむしゃらに、それも、半ばヤケになってやっていたことがこんなふうに評価されるなんて思っていなかったイライアスは、なんと言ったらいいのか分からず唇をわななかせた。
視界も霞んでくる。今更カッコつけるつもりはないが、それでもここで涙を見せるわけにはいかないと踏ん張り、イライアスは深く頷いた。
「今までしてくれた恩も含めて、彼女と一緒に絶対に幸せになると誓います」
「……幸せにする、じゃなく、一緒に幸せになる、ね。ふふ、いい覚悟だわ。そうよ、シエナと一緒に、あなたも幸せになりなさい」
「はい!」
深く頷くと、アデラインは軽やかに笑った。
(あ。笑い方、シエナにそっくりだ)
こういうところで、二人が姉妹だということを実感する。イライアスがアデラインに認められるべく邁進したのも、それが一番の理由なのかもしれない。
すると、アデラインは「シエナにはもうあなたが迎えに来てることを話してるから、少し待っててちょうだい」と言う。
その宣言通り少しすると、メイドを伴ったシエナが現れた。
「シエナ……!」
一週間ぶりの彼女の姿は、今のイライアスにはあまりに眩しく映った。
感極まり、勢いよく抱きつくと、シエナは目を白黒させる。それから、からかい混じりに笑いながら告げた。
「ちょっと、どうしたのよ、イライアスっ? やだ、そんなに寂しかったの?」
「うん、寂しかった……」
「え」
まさか、イライアスがこんなにも素直に気持ちを吐き出してくるとは思わなかったのだろう。しばらく硬直した後、顔を赤くして顔を背けてしまう。
すると、そんな二人の様子を見たアデラインがあらあらと口元に手を当てる。
「シエナ。随分大きなワンコね?」
「お、お姉様……! なんてことを……!」
「シエナがそれで離れていかないなら、犬でも猫でも君の好きな方になるよ」
「ちょっと、イライアス⁉︎ あなたまで悪ノリしないでよ!」
(本気だったんだけどな)
恥なんてものは、とうの昔に捨てた。
そして今回、シエナと一週間離れたことで、なおのこと顧みなくなった。それだけのことだ。
(それで、大切な人を失うより、ずっといい。俺はもうそのことを、痛いくらい知ってる)
それもあり、イライアスは帰りの馬車でも、屋敷についてからも、シエナにべったりだった。
――もちろん、翌日以降も。
「シエナ、今日も綺麗だ」
「……イライアス」
「何?」
「いいからやることをして……! 今日は王太子殿下と話し合いがあるって言ってたでしょ⁉︎」
「えー……」
そんなやりとりが続き、シエナが困り果てることになるのは、また別の話。




