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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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後日談①-1 イライアス、試される

 セレスティアの墓参りに行った後、イライアス・クルーニーは奮起していた。


(シエナが、俺の提案をひとまず受け入れてくれた!)


 離婚という話が出ていたときと比べたら、大きな進歩だ。何より、恋愛に対して恐怖に近い感情を抱いていたシエナにとって、その選択は大きな一歩だったとイライアスは思っている。


 同時に、シエナが「好き」や「愛している」といった言葉をわざと使わなかったことも、なんとなく察していた。何度か躊躇うように唇を動かした末に、「イライアスといたい」と絞り出したからだ。

 つまり、シエナの中ではまだ、何も終わっていないのだ。


(俺だって、あの頃のことを思い出すと未だに胸が痛くなるし、天気が悪いと嫌な記憶がひっきりなしに浮かんだりもする……)


 それが前よりもずっと良くなったのは、シエナがそばにいてくれたからだ。


(夫婦は支え合うもの。だから今度は俺が、シエナのためにできることをしないと!)


 そこでイライアスが気づいたのは、「そもそも、夫婦らしさ以前に、異性らしいことをしたことがなかったのではないか?」ということだった。


 友人からそのまま夫婦になり、挙句、介護をしてもらうという形で醜態を晒し続けたのだから、当たり前と言っては当たり前なのだが、さすがにこのままでは格好がつかない。


 なので、自分なりに四苦八苦しながらデートプランを組み、シエナを誘おうと思っていたのだが――その予定は、とある人物の行動によりあっさり覆されることになる。


『親愛なる義弟、イライアス

 シエナは預かったわ。帰して欲しいのなら、あたしのことを説得してみせることね!

 アデライン・フラメルより』


「……え? えええええええ!!!?!?」



 *



 事の発端は、シエナが姉の屋敷に誘われたことだった。


 特に変わった様子もなかったし、姉からのお誘いだ。ということで、喜んで向かったのだが。


「……それで? シエナ。あなたの夫の話、聞かせてくださらない?」


 茶菓子と芳しい紅茶を用意して待ち受けていたアデラインは、それはそれはいい笑顔でシエナに問いかけてきた。


(あ……これは、まずいやつ……)


 そう。アデラインは元から、勘が良いのだ。だから以前顔を合わせたときになんの言及もなかったことに対して安心していたし、今回も完全に気を抜いていたのだが……どうやらそれは、時と場合を選んだ結果だったらしい。


 笑顔でじりじりと追い立てられ、詰め寄られ、ダラダラと冷や汗を流した結果、全て洗いざらい話すことになってしまったのだ――





「……というわけで、彼と一緒にこのままやっていくことにしたの……」

「そう……なるほどね」


 シエナの話を最後まで、具体的に言うとティーポットを三回替えるくらい長い話をきっちり聞いたアデラインは、うんうん、と頷いてから、盛大にため息をこぼした。


「……彼にも事情があったのは分かるし、なんだかんだおさまるところにおさまったのも分かるわ、ええ、分かる……」

「そ、そうなの。それに彼だけが悪いわけじゃ……」

「いっちばん悪いのは誰がどう考えたってあの女でしょーが……いや、まあそれはいいのよ」


 低い声で唸るように吐き捨てたアデラインは、ハッと我に返りこほんと咳払い、そして話を戻す。


「とりあえずあたしが言いたいのは! それでもムカつくってこと!」

「お姉様……」

「あたしの大切な妹に、なんてことをしてくれてるのよあの男……しかもデートもしたことないってことでしょ⁉︎ 夫婦の形なんてそれぞれでしょうけど、あなたたちは親友同士から始まってるんだから、もっとちゃんとしなさいよちゃんと!」

「お、落ち着いて……」

「落ち着いているわ! とても! だからシエナ、あなたはしばらく我が家に泊まりなさい」

「……え」

「泊・ま・り・な・さ・い。いいわね?」

「ハイ……」


 ――そんなこんなで押し切られ、今に至る。


 シエナは困惑した。


「お姉様に知られたら大変なことになるって思ってたけれど、まさかこんなふうになるなんて……」


 しかも、客間の内装や調度品含めてシエナ好みの落ち着いたものになっているのを見るに、アデラインはかなり前から計画していたようだ。

 その上で、アデラインはシエナに


「なんでもいいから、自分がしたいと思うことをしなさい」


 とだけ言い残し、行ってしまった。おそらく、シエナの荷物なんかを取りに行ったのだろう。もしかしたらイライアスのところへ向かったのかもしれない。

 ああなった姉を止めるのは難しいし、後になってからその行動の意図を振り返ってみるとシエナ自身のためになっていることがほとんどだった。なので素直に言うことを聞いた後、落ち着いた頃にまた話をしようと思った彼女は、はたと気づく。


「……私がしたいことって、何かしら……?」


 この五年間してきたのは、イライアスの介護だった。

 彼が死んでしまうかと思ったら気が気じゃなかったから、自分の時間なんて作ったこともない。植物を育てていたのだって、彼の療養にプラスになるからと考えたからなので、趣味兼イライアスのためだった。


 そして帰ってからも、シエナは自身の心中にある爆弾が爆発して、イライアスの人生を脅かさないようにと一刻でも早く離婚するべくあちこちを回り、準備をしてきた。


 つまり、この五年間で自分の時間を作ったことはない。

 それもあり、いざ一人になると、何をしたら良いのか分からず戸惑ってしまう。


(……ひとまず、お庭でも見て回ろうかしら)


 手持ち無沙汰になったシエナは、とりあえず何か行動しよう、と立ち上がったのだった。



 *



「申し訳ございません、クルーニー小伯爵様。奥様から、『絶対に通してはならない』と言明されておりまして……」

「そんな……!」


 一方のイライアスは、フラメル伯爵家の門前で文字通り、門前払いを受けていた。

 まさか、中へ入れてもらえないとは思わず、イライアスは途方に暮れる。


(どうしてだ⁉︎ もしかして、俺がシエナに行なってきた仕打ちを知ったからか……⁉︎)


 自分の行動がかなりひどかった自覚はあるし、正直言って最低だったとは思う。

 同時に、だからこそ、これからはシエナのために尽くそうと思っていた矢先にこれだ。


 イライアスはぐっと唇を噛み締めた。しかし門番がいる手前、盛大に怒りをぶちまけることもできず、なんとか取り繕う。


 すると、門番が躊躇いがちに手紙を差し出してきた。


「そ、その……奥様より、こちらもお渡しするようにと」

(また手紙⁉︎)


 話す気すらないという強固な姿勢を貫く義姉の態度に、イライアスは内心荒ぶりながらも手紙を受け取り、中を改めた。


『親愛なる義弟、イライアス

 よく来たわね。けれどそう簡単に入らせてもらえると思ったら大間違いだわ!

 せいぜい、あたしがシエナを帰す気になるまで、無様に頭を働かせると良いわ!

 アデライン・フラメル』


「………………………はー!?!!?!?」


 門番がびくつきながらも、内容をなんとなく察して同情の眼差しを向ける一方で、この瞬間、イライアスは決意した。


 恥も外聞もどうでも良い。どんな手を使ってでもアデラインを認めさせてこの門を開けさせ、シエナを連れて帰る、と――

天国のセレスティア「いいぞー!シエナのお姉様!もっとやっちゃってー!」

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