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一回、二回、と。イライアスが目を瞬かせた。
三回目で、シエナが何を言ったのか、その言葉がどういう意味を持つものなのかを理解したらしい。みるみるうちに顔色が明るくなり、瞳がキラキラ輝き出すのが分かる。
「そ、それは本当か?」
「ええ」
「あ、いや……り、離婚はしない、という意味で取っていいんだよなっ?」
シエナは破顔した。
「そんなに疑わないでよ。あなたが思ってる通りだから」
「そ、そうだよな……いや、嬉しい。ありがとう、シエナ!」
「ふふ……ありがとうって何よ。お礼を言われるようなことじゃないわ」
(そう、お礼を言われることじゃない……だってまだ私には、あなたの告白に対して好きって言えるだけの勇気がないんだもの……)
間違いなく好きだ、愛している。そう心の中では思っている。
しかし気持ちを口にしようとするとどうしても、声が出なくなるのだ。まるで、凍りついてしまったかのように次の言葉が出せなくなる。
自分はいまだに過去に縛られ、囚われ、呪われていることをこんな形で知るなんて。そしてシエナに呪いをかけた本人たちがそれ相応の報いを受けてもなお解けないなんて、皮肉なものだ。
(それなのに一緒にいたいなんて、わがままよね)
それでも本心なのだから、認めよう。認めた上で、今度こそみんなで幸せになるために努力しよう。そう思ったのだ。
幸い、シエナの評判も夫人や令嬢たちを中心に上がっていた。それは、ヴィヴィアンヌに立ち向かっただけでなく、彼女によって苦しみ続けてきた女性たちの想いを丁寧に聞き取り、寄り添い、彼女たちの代わりに仇を討ったような形になったからだ。
(イライアスが王太子殿下にこき使われている中、私もお姉様と一緒に駆け回った甲斐があったわね)
なので、二人でリスタートを切るには、うってつけのタイミングと言えよう。
(……それでも、自分が抱く感情を受け入れ、許せる瞬間は永遠に来ないかもしれないけど)
そう思っていると、イライアスは微笑んだ。
「シエナ。大丈夫だ」
「え?」
「俺たちは決して、一人じゃない。それさえ忘れなければ、大丈夫」
そう言うと、イライアスはこつんとシエナの額に自身のものを合わせてくる。
近い。初めてではないけれど、とても。
同時に、彼の青い瞳から目が離せなくなった。
(本当に、綺麗……)
澄んでいて、何もかも見透かされてしまいそうなのに、ずっと見ていたくなる。そういう美しさがあった。
これから何をされるのか。理解しているのに、拒めない。否、拒みたくない。
シエナはイライアスの瞳に促されるようにして、そっと目をつむる。
柔らかい感触が唇に走り、自分よりも高い温度が伝い落ちてくるのを感じたとき、感じたのは確かに歓喜だった――
「……セレスティアの前で誓うよ。シエナと一緒に幸せになってみせるって」
「ッ……私もよ、イライアス」
「じゃないと、セレスティアが天国から降りて来ちゃうかもしれないからな」
「……ちょっと降りて来て欲しいかも」
「そうか? 俺はあれこれ口うるさく言われそうだから、そっと見守ってくれるくらいでいいかなぁ……」
そんなやりとりをしていくうちに、ふ、とお互い顔を合わせて笑ってしまった。今まであんなにもセレスティアの話題を避けてきたのに、いざ口にしてみると楽しい思い出ばかりで、セレスティアが本当にやりそうだと思って、おかしくなったからだ。
すると、先ほどまで特に風なんて吹いてなかったのに、ぶわりと風が吹いてヴェールが巻き上がる。
「あ⁉︎」
シエナが声を上げ手を伸ばしたが、届かない。しかもあっという間に視界から消えてしまう。
二人してどこに行ったのか、きょろきょろ見回していると。
「わっ⁉︎」
「ひゃっ⁉︎ な、なにっ⁉︎」
二人の頭にピンポイントで、ヴェールがかかる。
いきなり視界が変わった二人は揃ってパニックになり、自分たちの身に何が起きたのか自覚した瞬間、今度こそ声を上げて笑い始めた。
きっとここが墓地でなければ、否、子どもであれば、地面に転がって笑い転げていたことだろう。
笑うだけ笑ってから、イライアスは目尻に溜まった涙を払いながら言った。
「これはさ、完全に抗議してきてるよね」
「……ふ、ふふ……ええ」
肩を震わせながら、シエナは頷く。
「見てるぞってことだから、これはちゃんとしないとな」
「そうね」
「なら手始めに、結婚式を開こうと思ってるんだけど、シエナはいい?」
「……………え? 結婚式っ? どうして⁉︎」
突拍子もない言葉に、シエナは素っ頓狂な声を上げた。
それを聞いたイライアスは、きょとんと目を丸くする。
「いや、だって結婚式は開いてないだろう? ならやらないと」
「け、けれど、世間体が……」
「そんなことより、シエナのことを喜ばせる方が大事だよ。それにキャンベル元公爵令嬢の件があるんだから、みんなむしろ同情してくれるだろうし」
(これは、何言ってもやりそうね……)
すると、ヴェールの下で、まるで幼い頃に布団に潜りながら内緒話をするときのように。イライアスが声をひそめて言った。
「それに、さ。ヴェールをかぶってるシエナを見て、君のウェディングドレス姿が見たくなっちゃった」
「ッ、!」
「……だめかな?」
(……もう!)
これは完全に、シエナの負けだった。
それに、元から世間体以外の否定理由がなかったのだ。シエナとて、ウェディングドレスに憧れていないわけではなかったのだから。
「……しましょうか、結婚式」
「ほんとっ? あとでやっぱりなし、とかないからな!」
「もちろんよ。ただ……式は春がいいわ」
「ラベンダーが咲く時期?」
「そう。……ダメかしら?」
「まさか。俺もそれがいいと思ってた」
同じ気持ちだったことにホッとしながら、シエナはヴェールを取る。
そして、真っ青な空の中、馬車に向かって二人で手を繋ぎながら、新たな一歩を踏み出したのだ――
本編はこれにて完結です。
結婚式までの後日談を書きますので、それまでお付き合いいただけると幸いです。
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