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(な……何を仰って、いるの……?)
まるで理解が追いつかない。
キャンベル公爵家が。どうして、爵位剥奪なんか。
ヴィヴィアンヌが目を回している一方で、父も寝耳に水の話だったらしい。普段ならば絶対に見せない表情を浮かべている。しかしすぐに持ち直すと、叫んだ。
「一体どのような理由で、そんな仕打ちをなさるというのです! 我がキャンベル公爵家が王家に尽くしてきたことをお忘れですか!?」
王太子・マクスフィンは、その叫びにまったく靡かず、「クルーニー小伯爵夫妻、こちらへ」と告げた。
(……え? クルーニー小伯爵夫妻って……)
ヴィヴィアンヌが混乱する中、姿を現したのは、今一番愛おしく会いたい存在と、今一番憎く会いたくない存在だった。
イライアス・クルーニー。そしてその妻、シエナ・クルーニー。
マクスフィンは言う。
「この二人は、私の協力者だ。今回かなり手伝ってくれてな。まず、キャンベル嬢の件から話を進めよう」
紙の束を持って現れた二人のうち、最初に発言したのはシエナだった。
「私のほうで調査した結果によると、キャンベル公爵令嬢が問題を起こし、金銭で揉み消したケースは優に百件を超える形となりました。この時点でも王太子妃には相応しくないかと思います」
「あなた……!」
「キャンベル嬢、発言を慎むように」
マクスフィンに鋭く叱責されたゆえに押し黙ったが、ヴィヴィアンヌの中にメラメラと怒りと憎しみが燃え上がっていくのが分かる。
(お金で解決することの何がいけないって言うんですの⁉︎ それをこの女にだけは指摘されたくありませんわ……!)
何より腹立たしいのは、これをシエナに告発したとされる貴族たちだ。あとで絶対に目にモノ見せてやる! とヴィヴィアンヌが苛立ちをあらわにしていると、今度はイライアスが一歩前に出た。
「そしてキャンベル公爵家の爵位剥奪の件ですが……領地面積をわざと少なく申告し、脱税を行なっていますね?」
「なっ……」
「また、所有する鉱山から宝石が取れず、別の家門を脅し王家に献上する宝石を確保しているという情報もあります」
「一体どこでそのような情報を得たのか分かりませんが、全ては偽りです! 王太子殿下! 私は嵌められたのです!」
父が抗議する一方で、王太子は呆れ顔だ。
「残念だが、この資料の出所はそなたの執務室だぞ、公爵」
「……は?」
父が顔を青ざめさせる一方で、ヴィヴィアンヌはようやく気づいた。
(その資料ってまさか……わたくしがイライアスに渡した……?)
自身が、公爵家の不利になるとんでもないことをしでかしたことを悟ったとき、ヴィヴィアンヌは思わず叫んだ。
「イライアス様! なぜそのようなことを……⁉︎ わたくしと、わたくしと結婚したいという話は偽りだったとおっしゃるの⁉︎」
「ヴィヴィアンヌ、まさかお前が……⁉︎ それにあの小僧のことは忘れろと言ったはずだぞ! まさかそんな理由で、この私を裏切ったというのか⁉︎」
理性を完全に無くし怒り狂った父が、顔を真っ赤にしてヴィヴィアンヌに掴みかかろうとしてくる。
王太子が近衛兵に指示を出し、それをなんとか止めたが、大広間は一時騒然となった。
一方で、イライアスはどこまで淡々と、それすら冷徹ささえ感じる態度で告げる。
「……またそれ以外にも、キャンベル公爵家が不正な取引を行なっている情報や、密かに違法薬物を領地民に広めているといった情報も出てきています」
「っ……」
ぎり、と歯噛みするキャンベル公爵に対し、マクスフィンは肩をすくめた。
「さすがの私も、まさかここまでのことをそなたが行なっていたとは知らなかったよ、公爵」
「殿下……っ」
「が、私も今まで尽くしてくれていたそなたのことは、なるべく救いたいと考えている。そこで、一つ提案なのだが」
そう言い、王太子はヴィヴィアンヌを見た。その瞳がゾッとするほど冷たく鋭いのを感じ、さすがの彼女も震える。
「実を言うと、同盟国との関係を強固にするために、王家の血を引く者をセラス帝国に嫁がせたいと常々考えていたのだ。しかし現状、王家には相応しい者がいなくてな……だから、そなたの娘にやってもらうのはどうかと思っている」
「それ、は……」
父が顔を青ざめさせたが、ヴィヴィアンヌはそれ以上に震え上がった。
(セラス帝国って言えば、何人も側妃を抱えているところじゃありませんの……!)
それだけでなく、現皇帝はかなりの好色で、気の強い女を自分好みにしつけるのが好きだとか、嫌な噂ばかり流れてくる相手だった。
また、妃同士での争いも熾烈で、一歩間違えれば死に至る蠱毒のような場所だとも。
(そんな場所に嫁ぐなんて、冗談じゃありませんわ!)
「お、お父様……! わたくし、嫌です……!」
震える声で、ヴィヴィアンヌは父のほうを見た。一方で父はヴィヴィアンヌを見ず、王太子を見つめている。
それに応えるように、マクスフィンは笑みを浮かべながら告げた。
「そなたが娘を嫁がせることを許してくれるのであれば、爵位を伯爵位に下げた上で領地を没収する形で済まそう」
「それ、は……」
「どうだ? そなたにも決して悪い話ではないと思うが」
ヴィヴィアンヌは、ただただ父を信じた。
(お父様なら、わたくしを売るなんていうことはなさらないはず……! そう、ですわよ、ね……っ?)
一瞬か、あるいはもっとか。ヴィヴィアンヌには特に長く感じる。
そして父が下した結論は――
「……その申し入れ、受け入れます、殿下」
――ヴィヴィアンヌにとっての、死刑宣告そのものだった。
「お、お父様……! どうして……!」
父は見ない。
「イ、イライアス様、た、助けて……っ!」
イライアスは、嫌悪と憎悪を滲ませた瞳でヴィヴィアンヌを見下ろした。
「私がどうしてあなたを助けなければならない? ――この世で一番大嫌いな相手だというのに」
今までにないくらいはっきりと拒絶の意思を伝えられ、ヴィヴィアンヌの心は粉々に砕け散った。
――こうしてヴィヴィアンヌ・キャンベルの夢と希望に満ちた未来は、真っ暗な闇の中に突き落とされたのだ。




