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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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 *



 その一方で。

 ヴィヴィアンヌは約束通り、裏庭でイライアスが来るのを、今か今かと待ち構えていた。


 遠くから聞こえてきていた音楽が途切れたので、おそらくそろそろだろう。


 その予想通り、彼が姿を現したのを見たとき、ヴィヴィアンヌは思わず彼の胸に飛び込んでしまった。


「お待ちしておりましたわ!」


 そんな彼女を優しく抱き留めつつ、イライアスは微笑む。


「少し冷えているみたいだ。待たせてしまったようで申し訳ない、キャンベル嬢」

「そんな! わたくしが早くお会いしたくて、はやっただけですので……」


 イライアスに気遣いをされ、ヴィヴィアンヌはてれてれする。

 すると彼は、ヴィヴィアンヌと顔を合わせるためにそっと離れつつ、眉をハの字にした。


「話は聞いているよ。なんでも、お父君があなたと王太子殿下を結婚させるために、あなたを屋敷へ閉じ込めているとか」

「そうなのですわ……わたくしは今でもイライアス様を想っているというのに……!」


 目尻に涙を溜めつつ、ヴィヴィアンヌが口元に手を当てれば、イライアスは悲痛な面持ちを浮かべた。


「私も同じだよ、キャンベル嬢……いや、ヴィヴィアンヌ」

(イ、イライアスがわたくしの名前を……⁉︎)


 今まで名前を呼ばれたことがないこともあり、その感動は相当なものだった。


「つまり、シエナと離婚して、わたくしと一緒になりたいと。そう仰るのねっ?」

「……ああ」

(やった、やりましたわ……! ようやく、あの女に勝ちましたわ……!)


 ヴィヴィアンヌは嬉しさのあまり、飛び上がりたい気持ちになった。

 すると、イライアスがそっとヴィヴィアンヌの肩に手を置く。


「そこでなんだが。一つ、私から提案があるんだ、ヴィヴィアンヌ」

「な、なんですの?」

「あなたのお父君を説得するために、あなたにやってほしいことがあるんだ」


 そう言い、イライアスが願ったのは、ヴィヴィアンヌに父の執務室に入り、こっそりとある書類を持ち出してきてほしい、というものだった。


「きっと公爵は、私たちの結婚に賛成してはくれないだろう。だが説得する材料があれば、話は違うと思うんだ」

「確かに……」


 ヴィヴィアンヌも、父の性格を知っている。娘想いだが野心家の一面もある父は、それ相応に地位が高く有能な男の下に娘を嫁がせたがっているのだ。

 しかし国内において、そんな男、王太子くらいなものだ。クルーニー伯爵家も財産もある由緒正しき名家だが、キャンベル公爵が納得するほどではない。故に最大のネックだったのだが。

 それが書類程度でどうにかなるというのであれば、ヴィヴィアンヌはいくらでも協力する。


(だってそれさえ乗り越えれば、イライアスと一緒になれるんだもの!)


 やっぱりヴィヴィアンヌにとっての王子様は、イライアスだけなのだ――!


 ヴィヴィアンヌの思考は、それ一色に染まっていた。

 するとイライアスが、一通の手紙を渡してくる。


「もし見つかったときは、ここに連絡をしてほしい。そしたら私がすぐに受け取りに行くから」

「分かりましたわ……!」


 ヴィヴィアンヌは頷き、立ち去っていくイライアスを見送る。

 そして、急いで帰路に着いたのだった。



 *



 父親の執務室に入ること自体、ヴィヴィアンヌにとっては難しい話ではなかった。

 というのも、父からスペアの鍵を預かっていたし、時々不在時に掃除をしていたのは彼女だったからだ。


(メイドにやらせればいいのに、とお伝えしたら、すごい剣幕で怒られたのよね……)


 父があそこまで怒る姿を見たのは、そのときが初めてだった。なのでそれ以来文句は言っていない。

 何が置いてあるのか気になり、中を見てみたことはあったが、難しいことばかり書かれていてちんぷんかんぷんだったため、ヴィヴィアンヌはすぐに興味をなくしたのだ。


 しかしまさかそれが今回、こんな形で役に立つとは。

 ヴィヴィアンヌは内心ほくそ笑む。


 使用人に確認したが、父はまだ家に帰ってきそうにないとのことだった。なら、執務室のものを物色するのにこれほどいいタイミングはないだろう。


(けれど、わたくしじゃどの書類が大事なものなのか、分からないのよね……)


 イライアスのことを失望させたくないヴィヴィアンヌは、悩んだ。

 そして悩んだ末に、例の使用人を執務室に連れていくことにしたのだ。


「ちょっと、あなた。わたくしに協力しなさい」

「と、申しますと……?」

「イライアスと結婚したいのだけど、そのためにはお父様の執務室で、重要な書類を見つけなきゃいけないのよ。だから、手伝いなさい」


 何が重要なのか分からない、なんて恥ずかしいこと口が裂けても言えなかったので適当に誤魔化したが、ヴィヴィアンヌとイライアスがくっつけばいいと思ってくれている使用人は、それだけで理解してくれたらしい。頷き、協力してくれる。


 一応、他の使用人に見つからないように彼女を父の執務室に引き入れたヴィヴィアンヌは、片っ端から鍵のかかっている棚を開けることにした。


(やっぱり、難しいことばかりで何も分からないわ……)


 すると、使用人がいくつかの書類を差し出してくる。


「こちらをお持ちすれば、クルーニー小伯爵様はきっとお喜びになられると思います!」

「そ、そう?」

「はい!」

(そ、そこまで断言するなら……)


 まあ、ここで間違ったとしてもまた執務室に入ればいいし、そうすればイライアスと会う機会が増える。そう思い、ヴィヴィアンヌが約束通り手紙を送ると、イライアスはすぐに会いにきてくれた。


 変装していてもイライアスはやはり美しく、ヴィヴィアンヌはうっとりする。

 しかもそれだけじゃなく、


「……ああ、これならあなたのお父君を説得できる。ありがとう、ヴィヴィアンヌ!」


 そう言い、抱きついてきたのだ!

 あの時の気持ちといったら!

 今なら天にものぼれると、ヴィヴィアンヌは思った。


 それから「上手くいけばまた連絡する」とだけ言い残し、イライアスはいなくなる。

 そしてヴィヴィアンヌはその日が来るのを、今か今かと待ち受けていたのだが――








「ヴィヴィアンヌ! やったぞ! 今まで散々はぐらかされてきたが、ようやく王宮から呼ばれたんだ! お前も一緒だぞ」

「え……」


 ヴィヴィアンヌは目を見開いたが、どうやらすぐに行かなければならないらしい。それもあり、渋々ドレスを着ることになる。

 すると、最近そば付きにした例のメイドが、こっそり耳打ちをしてくれた。


「お嬢様、こちらをクルーニー小伯爵様からお預かりしております」

「え? み、見せなさい……!」


 奪い取るようにして中身を改めれば、そこには「今回王宮から呼ばれるのはあなたと王太子殿下の結婚の話ではない」と書かれていて、ヴィヴィアンヌは胸を撫で下ろした。


(よかった! イライアスはちゃんと約束を守ってくれていたのね!)


 なら、なぜ王宮へ向かうことになったのか分からないが、まあ何かあるのだろう。

 そう思い、違和感から目を逸らし、ヴィヴィアンヌは父親と共に王宮へ向かった。


 ――大広間には、王太子が待ち受けていた。

 彼は玉座に座りながら言う。


「今回の件は、私に一任されていてな。よって陛下不在ながら、私が話を進める」

「承りました、殿下」


 父は、今までとは打って変わり、上機嫌だ。それもそのはず、あれだけ頭を悩ませていた案件が上手く進んだのだから、機嫌も良くなるだろう。


 すると、王太子も笑みをたたえて言う。


「今回呼んだのは、他でもない、公爵――婚約話そのものを白紙に戻すためだ」

「……は?」


 しかしそれも、続く王太子の言葉で消え去る。

 逆に目を見開き、花を散らしたのはヴィヴィアンヌのほうだった。


(やりましたわ! やっぱりイライアスは、わたくしとの約束を守って――!)


「同時に、キャンベル公爵。そなたから爵位を剥奪する」

「………………えっ?」


 しかし予想とは裏腹に、ヴィヴィアンヌのままに飛び込んできたのは、予想外の一言だった――

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