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一方のシエナは、イライアスとファーストダンスを踊りながら、ヴィヴィアンヌから注がれる殺意のこもった視線を肌で感じていた。
(作戦が成功しているってことだからいいのだけれど、こんなにも熱い視線を注がれると困惑するわね……)
しかも、ヴィヴィアンヌ本人はそれを理解していなさそうなところがなんとも言えない。貴族たちは気づいて声をひそめながらも彼女を批判しているというのに、それにはまったく気づいていないらしい。
(まぁ、キャンベル公爵令嬢ですもの。いつも通りよね)
それがこの後の展開で効いてくればいいのだが。
思いつつ、シエナは笑みを浮かべたままイライアスを見た。
「……ちょっと? イライアス?」
「なんだ?」
「馬車を降りたときのキスといい、近すぎる距離感といい、さすがにどうかと思うんだけど」
今回のダンスだって、別にここまで密着しなくてはならないものではない。
誘惑する、なんて豪語してきたときから薄々察してはいたが、重要な作戦のタイミングでここまであからさまに、かつ本気でアプローチしてくるとは思わず、少しムッとする。
すると、イライアスは音楽に合わせてシエナを抱き上げて回りながら、片目を瞑った。
「きゃっ⁉︎」
「これくらいなら、仲の良い夫婦を演じるために必要なことだろう?」
「そ、それはそうかもしれないけれど……!」
こちらの身が持たないのだ。
しかも、ここしばらく忙しくて完全に気を抜いていたから、この不意打ちにはとても冷静でいられないわけで。
しかしそれを口にするとなんだか負けた気がするシエナは、何食わぬ顔をしたまま押し黙ることにした。
それを良いことに、イライアスは色々なことを言ってくる。
「シエナのドレス姿、すごく綺麗だ。他の誰とも踊って欲しくないくらいだよ」
「……まったく、いつからそんなに独占欲が強くなってしまったのかしら?」
「昔からだよ。俺は昔から、シエナとセレスティアと過ごす時間が一番好きだった。シエナもそうだろう?」
「……ええ」
「だからもう俺には、シエナしかいないんだ。君を手放さないためならなんでもする。駄々をこねても良いよ」
「……さすがにそれは恥ずかしくなるから、やめてちょうだい」
思い浮かべて噴き出してしまいそうになったのは、幼少期からの幼馴染ゆえだろう。しかしこんな場所ではしたなく笑うわけにはいかないため、ぐっとこらえた。
すると、イライアスが唇を尖らせる。
「……ちょっと不機嫌? いいじゃないか、これくらいの楽しみは必要だよ」
「あのねえ……」
「それとも、シエナは俺と久しぶりに一緒に過ごせる時間ができて、嬉しくないのか?」
「っ、それ、は……嬉しくないわけ、ないでしょう……」
(相変わらず、ずるい言い方するんだから……)
そして、それを許せてしまうのも。三人でいた頃から変わらないことだった。
それもあり、シエナがむっとしていると、イライアスがくすくす笑う。
「シエナのそういう顔、昔からよく見てたなぁ。怒ってるんだけど許してくれるときの顔だ」
「……分かっててやってるわよね?」
「もちろん」
この懐かしい雰囲気を味わうのは、いつぶりだろうか。
(ここにセレスティアがいたら、全部完璧だったのに……)
なんて思ってしまうのは、いささか郷愁に引っ張られすぎだろうか。
ちょうどそのとき、流れていた音楽が終わる。
お辞儀をしたシエナは、ふう、と深呼吸した。
「……まったく。したくないことがあると、あなたはいつもそうやって甘えてきてたわよね」
「…………」
「彼女に媚なんて売りたくないんでしょう? 分かるわ。私も本当はして欲しくないし」
だが、これしか隙がないのも事実で。それがなんとも歯がゆい。
だから、シエナにできるのは一つだけ。
「……上手くいったら、あなたの大好きなチョコレートケーキをご褒美として作ってあげるわ」
「……え?」
「あなたがまだ好きなら、だけど」
イライアスは、パッと顔色を明るくした。
「もちろん! まだ大好きだよ!」
約束だからね、忘れないでね? と念押ししてくるイライアスに、シエナは笑いながら背中を押した。
「はいはい、分かったわ。約束よ」
(……何も変わらないものも、確かにあるのね)
そして変わってしまったものもある。それは、自分たちの関係や心情も含めてだ。
その二つを噛み締めて、シエナはこれから生きていかなければならないのだと、改めて思った。
だってシエナは、生きているのだから。
そう思いながらもイライアスを見送ったシエナは、深く息を吸い込んだ。
(……まだ見ぬ未来のためにも。私は私のやることをしなくてはね)
そのための第一歩として。シエナは近づいてきた貴族たちの相手をするべく、よそ行きの笑みを浮かべたのだった。




