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そうして無事に、夜会に参加できたものの、ヴィヴィアンヌの機嫌は急下降していた。
それもそのはず。なんせ、馬車から降りるなりキスし合うクルーニー小伯爵夫妻を目の当たりにすることになったからだ。
(どうして⁉︎ あの二人、不仲なんじゃなかったんですの⁉︎)
ヴィヴィアンヌは親指の爪を噛みながら、内心叫んだ。
(久しぶりに見たイライアスは、前よりも精悍な顔つきになっていて、ますます好きになりましたのに……これじゃあ全然話しかけられないではありませんの……!!!)
実際、シエナとイライアスの二人は仲良く微笑みながら寄り添い合っていて、なんとなく間に入るのが躊躇われる。それはヴィヴィアンヌだけでなく他の貴族たちも同じだったようで、二人の様子をちらちら見てはほう、と感嘆の息を吐いていた。
しかも、色を揃えた礼服まで着ている。紫はセレスティアを思い起こさせる色であるため、ヴィヴィアンヌが毛嫌いする色だった。
それだけでも、ヴィヴィアンヌを苛立たせるのには十分だったのに、なんと互いの瞳の色と同じ宝飾品までつけているではないか!
新婚ならまだしも、あの二人が結婚したのは五年前だった。それくらいの夫婦があそこまでするとなると、それはおしどり夫婦でしかあり得ない。
(せっかく、イライアスの瞳と同じ青いドレスと宝飾品を身につけてきたのに、これじゃあ意味がなくてよ……!)
何より腹立たしいのは、シエナと一緒にいるときのイライアスが、ヴィヴィアンヌには絶対に見せない笑顔を浮かべている点だった。
(わたくしと話をしているときは、あんな姿見せたことがありませんのに……!)
――あれは本来、わたくしに向けられるべきものでしてよ……!
ヴィヴィアンヌの中に、シエナに対する憎しみが込み上げてくる。元々いい印象を抱いていなかっただけに、それは当たり前のように溢れ出してヴィヴィアンヌの心を一瞬で真っ黒に染め上げた。
ぎりっと歯を食いしばりながら、ヴィヴィアンヌはダンスに興じるシエナを睨みつける。
文句の一つでも言ってやりたかったが、事前に使用人から「あまり目立ちすぎると旦那様にバレてしまうかもしれませんので、どうか目立たぬように行動してくださいませ」と言われていた。
従う必要なんてないが、父親にバレたら大目玉を喰らうどころか、今度は庭はおろか、使用人たちとの過度な接触すら減らされてしまうだろう。そうすれば、この夜会を最後にイライアスに会うことができなくなってしまう。
ヴィヴィアンヌは、屋敷に閉じ込められていたこれまでの日々を思い出し、身震いした。
(嫌ですわ! あんな生活、もうこりごり!)
まるで、悪い魔法使いによって檻に閉じ込められてしまったお姫様のようだ。
(誰か……誰か、わたくしのことを助けてくださる王子様はいらっしゃらないのかしら……?)
藁にもすがる思いで、ヴィヴィアンヌがイライアスの方を見つめていたときだった。
「…………」
「え……」
ふと、イライアスと目が合った。
「え、あ、えっ……⁉︎」
その瞳が優しく細められたのを見て、ヴィヴィアンヌは舞い上がる。今まであれだけ落ち込んでいた気持ちが一気に最高潮まで上がり、彼女は混乱した。
(え、あ、あのイライアスが、わたくしを見て、微笑んで……っ⁉︎)
なにせ、今まであんな顔を見せてくれたことは一度もない。いつもどことなく冷ややかな眼差しを向けていたというのに!
目が合ったのは一瞬だったが、ヴィヴィアンヌにはそれだけで十分すぎるくらいだった。
(やっぱりイライアスは、わたくしのことが好きなんですわ!)
つまりあの夫婦が仲の良さをアピールしているのは、演出だろう。それはそうだ、結婚してから五年も経っているのに不仲となれば、いい顔はされない。
その上、イライアスは当主としての適性を周囲から見られているタイミングだ。噂の的になるようなことは避けたがるだろう。
そう結論づけたヴィヴィアンヌ。
本来であればそれは、ただの妄想に過ぎない話だろう。
だが今回は違った。
というのも、ヴィヴィアンヌが舞い上がっているそのタイミングで、給仕係が話しかけてきたからだ。
「キャンベル公爵令嬢、シャンパンはいかがでしょうか?」
「え、ええ。いただくわ」
すると、トレーの上に折りたたまれたメモが乗っていることに気づいた。
すかさず、給仕係が告げる。
「とある方から、こちらをお渡しするように頼まれました」
「……!」
メモを見たヴィヴィアンヌは、ぱあっと表情を明るくした。
『ダンスが終わった後、裏庭でお会いしましょう』
(これって、イライアスからのお誘い……⁉︎)
名前は書いていなかったが、間違いなくそうだろう。いや、それ以外考えられない。
先ほどの時点で十二分に有頂天だったヴィヴィアンヌの心は、メモを見てさらに上がる。
メモと酒の入ったグラスをトレーに戻したヴィヴィアンヌは、小走りで裏庭へ向かったのだった。
「……どうか、お楽しみください」
給仕係がそうつぶやき、まるで劇の演者のように深々とお辞儀する姿を見ることがないまま――




