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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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 それからやりとりを重ね、できる限りの準備も整えた一同。

 そして最初の一手であり、この作戦において一番の要となるシエナとイライアスの夜会参加の日を無事に迎えた。


 ネイビーと深い紫色でまとめたドレスを着たシエナは、馬車に揺られながら息を吐き出した。


(ここに来るまで、本当に大変だった……)


 それは作戦を詰めたり、情報を集めたり、事前準備をしたり、と今までにないくらい目まぐるしく動き回っていたからだ。

 その上で、イライアスは当主教育もきっちりこなしていた。夜眠れているか、体調は問題ないか、シエナも気を配っていたが、その辺りも問題ないようでホッとする。

 が、そんな形でお互いのスケジュールが噛み合わないまま日々の生活を送っていたため、きちんと顔を合わせるのは五人で極秘の会談をした日以降、初めてだったのだ。


 その上、同じ色の礼服を身にまとったイライアスを見ていると、心が落ち着かなくなる。


(落ち着きなさい、シエナ……礼服の差し色として紫を入れたのは、セレスティアの色だから。そしてお揃いにしたのは、そのほうがよりキャンベル公爵令嬢を煽れるからよ……)


 そう、シエナが身につけている装飾品が、イライアスの瞳と同じサファイアやラピスラズリなのも。

 イライアスが身につけている装飾品が、シエナの瞳の色と同じオレンジサファイアやカーネリアンなのも。

 効率よくヴィヴィアンヌを煽り、より短絡的な行動をさせるためだった。


 というのも、お揃いの色の礼服を着るのも、お互いの瞳の色を使った宝石を使うのも。仲のいい夫婦や婚約者が行なうことだからだ。


(そう、これは作戦の一環よ……全く意図してないことなんだから)


 何度も自分に言い聞かせたが、それでも無駄に心臓がドキドキしてしまうのは、イライアスに告白されたときのことを思い出してしまったからである。

 同時に、苦く鈍い痛みが、じんわりと胸に響く。


 こんなの、正直ただの自己満足でしかないけれど。

 もしヴィヴィアンヌが王太子妃になれば、イライアスが今以上に振り回されるのは確実だろう。

 国内がめちゃくちゃになることや王太子の件は、シエナにとってイライアスより重要なことではない。


(……私も、昔から変わらず身勝手な女ね)


 追想していると、気持ちがだいぶ落ち着いてくる。

 ふう、と息を吐いたシエナが顔を上げたとき、ばちりとイライアスの視線とぶつかった。

 見られていたことに気づいたシエナは、へ? と抜けた声を上げる。


「……いつから見ていたの?」

「シエナが百面相をしている辺りからだな」

(それって最初からじゃない……!)


 自分のことでいっぱいいっぱいだったからか、見られているなんて思いもしなかった。

 それもあり、シエナが顔を赤らめつつもそっぽを向くと、イライアスは笑う。


「やっぱり、いいな」

「何がっ?」

「シエナが俺の瞳の色をまとっているのが、だ。所有欲なんてないと思っていたけど、すごく満ち足りた気持ちになる」


 シエナはあんぐりしたままイライアスを見た。すると、したり顔の彼が、カーネリアンのついたカフスボタンに口付けをする。

 そう、シエナの瞳と同じ色の宝石を、だ!

 明らかにシエナの反応を楽しんでいる行動に、彼女はますます顔を赤くした。


「な、ななっ……!」

「シエナ、首まで赤いぞ?」

「誰のせいだと思ってっ!」

「俺のせいだろう? むしろそうでなくては困る。君の心を射止めるために、こうやって誘惑してるんだから」


 少し見ないうちに、なんだか余裕たっぷりになったような気がするのは、シエナの気のせいだろうか。


 シエナは咳払いをしながら腕を組んだ。


「そんなこと言って……私は彼女を煽るだけ煽ればいいだけだから楽だけれど、あなたはこれから彼女を騙すことになるのよ? 余裕ぶっていて大丈夫なの?」

「彼女を騙すことなんてわけないさ。それよりも君の心の扉をこじ開けるほうが俺には大事だし、骨が折れる。君は頑固だからね」

「……イライアス」

「それに、これからイチャイチャするのは予定通りの話だろう? 新婚同様の姿を、社交界の方々に見せつけなくては」

「っ、」


 吹っ切れたからか、そんなことまで言ってくるイライアス。

 その態度にも困るが、一番困るのは。


(そんなふうに言われて、いちいち反応してしまっている自分に、よ……)


 彼の思い通りになっていることが悔しいし、どうしてもセレスティアへの想いが込み上げてきて、純粋に喜びきれないのも複雑だ。


 すると、タイミングよく馬車が止まる。

 イライアスは扉を開けて、先に降りた。そして、同じく出てこようとしたシエナに手を差し伸べる。


「それでは、俺の奥さん。行きましょうか?」

「……はいはい。分かったわよ」


 そう軽くあしらいながらも、手を掴もうとしたときだった。


 ぐいっ。


「きゃっ⁉︎」


 勢いよく手を引かれ、シエナはイライアスの胸に飛び込んでしまった。

 そんなシエナを易々と受け止めながら、イライアスは彼女を抱き上げる。


「それじゃあ、始めようか」

「っ!」


 不意打ちでちゅっと口付けをされ、シエナはびくりと肩を振るわせる。





 ――降りて早々、熱烈なやりとりをする社交界初心者の夫婦。

 そんな二人の様子に、ある人は顔を赤らめ、ある人はこんな場所で、と呆れた顔を見せたが、皆一様に思っていたのはこうだった。


『社交の場に出たのもクルーニー伯爵夫人だけだったので冷え切った仲だと思っていたが、どうやらただの出まかせみたいだな』


 社交界の面々にその感想を抱かせることが、今回のイライアスの狙いの一つだということに、シエナは気づかない。


 一方で、そんな二人の姿を、血走った目で見つめる令嬢が一人。

 それが、ヴィヴィアンヌ・キャンベル公爵令嬢だった。

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