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かりそめの妻でよかったはず、なのに  作者: しきみ彰


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 イライアスとシエナがひとまず、仲直りをした日の翌日。

 ヴィヴィアンヌへの報復を誓ったシエナが向かったのは、自身の姉のところだった。


「あらやだ! いらっしゃい、シエナ!」


 アデライン・フラメル。

 フラメル伯爵夫人である彼女は、突然の訪問にもかかわらず快くシエナを迎え入れてくれた。


(いえ、快く、というか、熱烈というか……)


 ぎゅうぎゅう抱き締められている。少し苦しい。

 そんな姉を宥めて引き離しつつ、シエナはようやく口を開くことができた。


「お久しぶりです、お姉様。突然の訪問にもかかわらず、ありがとうございます」

「いいのよ。むしろ、これ以上会えないようなら、アタシのほうから突撃しようと思っていたくらいだもの」

「それは……」

「まあ、お母様に止められたから我慢したけど」


(ありがとうございます、お母様……)


 どうやら、シエナの事情を慮り、配慮してくれたようだ。来ていたら、イライアスとのギスギスしたシーンを見られていたはずなので、本当に良かったと思う。この姉は、そういう雰囲気を見逃さないのだ。


 そしてもし見つかっていたら確実に、詰め寄られ、根掘り葉掘り聞かれた上で全てを暴露することになり、最悪妹を守るためという名目で攫われることになる。今の状態でそれは避けたい。


 ホッと胸を撫で下ろしつつも、シエナは姉に連れられてフラメル伯爵家の客間に通される。

 メイドにお茶を持ってくるように指示を出してから、アデラインは片眉を吊り上げた。


「それで? わざわざアタシのところに足を運んだってことは、キャンベル公爵令嬢の件よね?」

(さすがお姉様、本当になんでもお見通しだわ……)


 というのも、アデラインは社交界でも横の繋がりが多く、情報通だからだ。

 昔から社交界の華と呼ばれるくらい美しく、それでいて強かな女性だったが、王太子の側近であるフラメル伯爵に一目惚れして押しまくり、結果恋愛結婚することになってからは、その繋がりに拍車がかかった。アデラインは、愛する人のためならばなんでもできる情熱的な人なのだ。

 同時に、だからこそ、この状況で誰よりも頼りになる。


 アデラインの言葉に頷いたシエナは、話を始める。


「お姉様のことだし、私と彼女との間に起きたいざこざに関しては知ってるわよね」

「もちろんよ! アタシが定期的に教育して差し上げているのに、あの女は性懲りもなく……!」

「ま、まあまあ……」


 どうやら、シエナがいない間にも何か起きていたようだ。それでも反省も後悔もしていない辺り、ヴィヴィアンヌは本当にどうしようもない女性らしい。


 同時に、このままだとアデラインの怒りに火がついて話が脱線してしまうと思ったシエナは、矢継ぎ早に本題を口にした。


「実を言うと私、キャンベル公爵令嬢にそれ相応の報復をしたくて、今回お姉様に相談したのよ」


 瞬間、アデラインが目を丸くしてシエナの顔を見た。


「……え? シエナが? とうとうっ?」

「ええっと……」

「なになに? このお姉さまに任せなさい、なんでもしちゃう!」


 食い気味に迫られてしまい、相変わらずのゴーイングマイウェイに若干呑まれながらも、シエナは言葉を続けた。


「キャンベル公爵令嬢と王太子殿下との間に、婚姻のお話が出ていると風の噂で聞いたの」

「ああ……シエナの耳にも届いていたのね? そうらしいわ。図々しいキャンベル公爵からの取引に、国王陛下もかなり困っているみたいよ」

「そうなのね。でも、キャンベル公爵令嬢は未だに、イライアスを想っているみたい」


 アデラインは鼻で笑った。


「キャンベル公爵家の使用人からの話によれば、あなたの夫が王都に戻ってきてしまったことで彼女の恋心が再燃して、公爵はかなり迷惑しているみたいね。アタシとしては、人の夫に恋している傍迷惑な女のほうがどうかしてると思うけど」

「本当にね」


 頷きながらも、アデラインの情報網がキャンベル公爵家にまで回っていることに、シエナは少なからず驚く。

 それを察したアデラインは「王太子殿下も、この婚姻をどうにかしたいと思ってるみたいで、密偵を入れるのを頼まれたのよ」と答えた。


「あんな女、国母には相応しくないもの。国がめちゃくちゃになるのが見えている婚姻なんかやめて欲しいわ」

「それでも拒否しきれないのは、それだけキャンベル公爵家の権力が強いから、よね?」

「そうね。それに、公爵のほうもなかなか汚職の証拠を見せなくてね……」

「そうなの?」

「ええ。あの男、娘には甘いけれど、それ以外はたとえ執事であっても、自身の不在時に部屋に入れさせないようなの。だから決定的な証拠を掴めていないのが現状なのよ」


 アデラインが肩をすくめながらため息をこぼすのを聞き、シエナはにこりと微笑んだ。


「一人、その状況を打開できる人がいるわ、お姉様」

「え?」

「キャンベル公爵令嬢よ。そして、とある人のためなら取り返しのつかない愚かな真似だってスキャンダルだって起こしてしまうほど盲目的。……そのとある人が、私のそばにいるもの」


 それを聞いたアデラインは、瞬時に何を言いたいのか察して口を開いた。


「……イライアスのことね?」

「ええ。彼も相当怒っているの。だから自身を餌に、王太子殿下とキャンベル公爵令嬢の間に持ち上がっている婚姻を取り消す手伝いがしたいと言ってるわ。だからお姉さま、どうか王太子殿下に取り次いで下さらないかしら?」

「……なるほど。殿下とイライアスが接触していることがバレたらキャンベル侯爵が警戒するだろうから、極秘で顔を合わせたいということね?」

「ええ」


 さすがアデラインと言うべきか。少し話しただけなのに、こちらの言いたいことを全て理解してくれる。ありがたい限りだ。

 するとアデラインは、にっこりと微笑んだ。それはそれは素敵な笑顔だった。


「……あの女にそれ相応の罰を下せるのであれば、いくらでも協力しましょう。夫に話を通して、殿下に取り次いでもらうよう頼むわ」

「ありがとう、お姉様!」

「何、気にすることはないわ。あんな女が王太子妃になると考えただけで吐き気がするもの。アタシと夫との時間がこれ以上短くなったら、どうしてくれるのよ?」


 どうやら、アデラインにとって重要なのはそちらのようだ。

 相変わらずの熱々っぷりに苦笑するのと同時に、羨ましくもなる。


 そしてそんな頼もしい姉の助けもあり、その日の夜、シエナはイライアスと共に王太子との極秘の会談を行えることになったのだ。

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