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無才という絶望


──善良な一般市民が殺されるのは嫌だろう?


 それがどういう意味なのか俺には分からず返答に詰まっていると、あざみは昏い光の宿った目をすっと細めた。


「おや? 愛する妹のことなのに分からないのかい?」


「……アイツは、妹なんかじゃない」


「あははっ! 敏感だね、お兄ちゃんは。まぁ、答えるまで2.3秒の間があったのは触れないであげるよ。おねーさん、優しいからさぁ」


  一々小馬鹿にするような言動は、まるで俺をわざと怒らせようとしているかのようだった。

 俺が怒りを持つことで何か新しい力が目覚める──訳がない。もしそうだとしたら、アイツへの怒りでとっくの昔に目覚めているはずだ。つまり、これはただコイツの性根が捻じ曲がっているという証左に過ぎない。


「それで、さっきのはどういう意味なんだ?」


「そうだねぇ、アレの目的は分かるかい?」


「俺と二人でいることだろ」


 その為に、アイツは全てを殺した。自分の家族さえも。なんの罪悪感も抱くことなしに。


「半分正解、かな。アレが国やら協会やらに要求したのは『邪魔をしない』ということだ。何の邪魔か、それはキミたち二人の生活。……キミらさ、学校に通っているだろ? 朝起きて、ご飯を食べて、学校に行って、帰宅して、ご飯を食べて、シャワーを浴びて、寝る。その繰り返し。まぁ、毎朝無駄にバットを振り下ろすのは別としてだけど……。さてさて、一般的にそれを人は何と呼ぶ?」


 その語尾は疑問形ではあるものの、俺に答える要求してる訳ではないようであり、視線で言葉の先を促す。


()()、だよ。人は日々の営みの繰り返しをそう称する」


 日常。

 あんな狂った毎日をアイツは日常と認識しているというのか。


「彼女の望みは、少年と二人で日常を過ごすこと。そして、日常には他者は必要不可欠だ。道行く人々、無害な一般市民。それは日常を形成する要素ファクター。……しかし、少年を奪われたことでアレの『日常』は崩壊した。取り巻く環境は『非日常』と化した。愛するお兄ちゃんを取り戻さない限り、日常は、安寧は、返ってこない。さっき、私たちを見つけるまで一週間、と言ったよね。ただ、どうやって見つけるのか? 存在そのものを遮断できる蝶野ちゃんが連れてきたから、部屋に痕跡は残っていないだろう。そうなれば何処にいるのか皆目見当もつかない。なら、どうすればいい?」


 再びの問いかける視線。今度は、俺に答えを要求しているようだった。

 探しても見つからない。だとすれば。


「……俺たちが姿を現す?」


Exactly(その通り)! 自分で見つけることに拘るだろうから暫くは頑張るだろうが、万策尽きればそう考えるよ。探しても見つからないなら出てきてもらえばいい、と」


 確かに、単純な理屈だ。見つからないのなら出てきてもらえばいい。向こうからやってきてもらえばいい。誘い出せばいい。


 しかし。


「どうやって? わざわざ俺たちが出ていく必要性がないだろ」


「察しが悪いねぇ」


 あざみは呆れたと言わんばかりに肩を竦めて溜息を漏らした。


「アレは『日常』を手に入れるためならどんなことだって──そう、それこそ人類の天敵たる妖や、魔王とやらも殺した。……さっきさ、一般市民は日常を形成する要素だと言ったろう? だが、非日常下ではそうではない。()()()()()、彼らは。ならば、それを使えばいい」


「……まさか」


 無関係の一般市民を使()()。それが意味するもの。先程の、あざみの言葉。


「そう、殺せばいいんだよ。無差別に。理不尽に。厄災を振り撒けばいい。お兄ちゃんが私を止めに来てくれるだろう、なんて浅はかな考えで、さ」


「そんなこと……」


 その先を続けることは出来なかった。アイツは、やる。血の繋がった家族すらも手にかけたのだから、他人などいとも簡単に殺してみせるだろう。そこにはきっと、いや、確実に、罪悪感などというものは存在しない。

 アイツには、人の心なんてものは存在しない。俺への、異常な執着を除いては。


「さぁて、それじゃ訓練しよっか?」


 あざみの軽快な言葉に、俺は重い頷きを返す。これ以上、アイツの被害者を増やしてはならない。


「ねぇねぇ、アタシはー?」


 これまで完全に蚊帳の外だった蝶野が小首を傾げて片手を挙げる。


「蝶野ちゃんは要らないから、適当に遊んでてー」


 ちらりと蝶野を一瞥したあざみは淡々と答えながら追い払うように手を動かし、蝶野はしゅんと頭を垂れていた。

 しかし、その直後にくれないの出した糸であやとりをして遊んでおり、俺が冷めた視線を送っていると、その視線に気付くと満面の笑みで小さく手を振ってくる。

 当然ながら、俺はそれを無視した。



「ふむふむ、これは……」


 あざみは手を顎に当て、何度か頷きながら俺の姿を見ていた。


「てんで、駄目だねぇ」


 そして、下される評決。

 俺は下唇を噛むだけで何も返すことは出来ない。当たり前だ。

 俺の眼前、三十メートル先。そこには何処からかあざみが持ってきた案山子が建てられている。人を形どった技に無理矢理に白いシャツを着せ、頭に麦わら帽子を被せられている姿は牧歌的な風情を漂わせていた。


 俺のしている訓練は、案山子を標的にあざみから渡された拳銃で狙うこと。銃弾は通常のものを使っている。


 訓練は二日目。そして、その成果は先程の評定の通り。

 放つ銃弾は一向に標的に当たる様子はなく、数度案山子の端を掠める程度だった。


「足は肩幅か、それよりも少し広めに開く。体は後ろに反らさずに両手を前に押し出す。アイソセレススタンス、という基本の姿勢さ。グリップは両手でしっかりと掴んで、顔の正面に構えてアイアンサイトで標的を定める。狙うのは、頭なんていう小さなものではなく胴体。……ほぅら、こんな感じ」


 いつの間にか背後に立っていたあざみに、俺に体を密着させて艶やかさを感じさせる手付きで姿勢を整えさせられる。


「っ……! 離れろ!」


 ふぅ、と耳元に息を吹きかけられ、ぞわりとした感覚を覚えると同時に俺に這う肢体を振り払った。


「なんだよぉ、ド下手な少年におねーさんが手取り足取り教えてあげようと思ったのにさぁ」


「余計なお世話だ。自分でやる」


「ははっ! そんな調子じゃ何時いつまでかかることやら」


 悪びれた様子もなくたのしげに弧を描く口元。その視線が動く。その先を追うと、そこには勝手に訓練に参加している蝶野の姿がある。


 蝶野は同じ拳銃を右手に持って半身の姿勢で、別に用意された案山子を真剣な眼差しで見つめている。


「ひゃっはー!」


 そして、楽しげに世紀末めいた声を上げると共に連射──その全てが案山子の胴体、その中央へと吸い込まれていく。


 元々経験があった訳ではなく、俺と同じく今回初めて触ったらしい。


 それなのに、これだけの差。


「少年は真似しない方がいいよ? 片手撃ちなんて、普通は命中精度ガタ落ちなんだからさ。あれは蝶野ちゃんがおかしい。とはいえ、少年に才能がないのも確かだけど。……ほんとキミ、何を取っても平凡、いや、それ以下だね。いくら良い中身(弾丸)を用意したって、当てられなきゃ意味がない。そこんとこ分かってる? 本気でやってる? 真剣にやってるぅ?」


 あざみは、肩を竦めて俺を煽り立てる。俺は、本気だ。真剣だ。アイツへの殺意は誰よりも強い。

 けれど、何故。何故。俺にはこうも力がないのか。残された時間は、少ないというのに。


「まぁまぁ、安心してよ。……っと、一定の水準までは引き上げてあげるからさ」


 親しげに俺の肩を叩くあざみの手を、反射的に振り払う。


「後は、そうだな。アレが動き出したら多少は時間稼ぎをしてくれるヤツが出てくるよ、多分ね」


「……誰のことだ?」


「執行者、と呼ばれている。協会に害なすものを始末する存在さ。生き残りは少なく、協会自体も機能していないが、恐らく一人だけ動く。ソイツにはその理由がある。その名も……くくっ、ふふふっ……」



 お兄ちゃんを探す私の前に、一人の男が現れた。黒の着流しと、雑に後ろで結われた黒髪。年の瀬は二十代後半だろうか。その姿は薄汚れて、浮浪者と見間違えそうなほどだ。

 そして、その右手には持ち主とは正反対に研ぎ澄まれて鋭く輝く刀。


 その不審者を視界に入れた瞬間に、不可視の刃を飛ばし──それは一刀の元に切り伏せられた。


「……だれ?」


 私の問いかけに男は鋭い眼差しを向け、







「サムライニンジャだ」


 静かに、言葉を紡いだ。


「…………はぁ? サムライなの? ニンジャなの?」


 一瞬言葉を失うが、真っ先に出た疑問をそのまま口に出す。


「ニンジャだ。サムライであれば、ニンジャサムライであろうよ」


「ふぅん」


 当然の如く言い返された言葉に、私はソイツへの興味を直ぐに失う。さっさと終わらせてしまおうと小さく溜息を零し、その瞬きの刹那、男の姿が掻き消え──


 ──目の前に、鋭い刃がきらめいた。

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